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第8話 加護

「え……えぇ!? 嘘でしょ!?」


「ん? なんで? やたら硬くて苦労はしたけど、倒せなくはなかったよ」


 やたら驚くシルヴィの代わりに、今度はリリアが口を開いた。


「……カーミネイトベアは岩のような硬い皮膚を持っていて、剣や弓矢では歯が立たないと聞きました。それこそ耐性が低い魔法攻撃でなければ討伐できないほどだと。あなたはどうやって倒したのですか?」


「ひたすら目と口に矢を射って倒したよ」


 あれは相当タフな魔物だった。

 両目と口の中に矢が複数本刺さっても俺を襲おうと暴れていたから、倒したときには達成感があったな。

 とはいえ動きが遅かったから正直、個人的には素早いオオカミ型魔物の方が厄介だけど。


「そんな方法で……? いえ、確かに先ほど見た技術なら、目のような小さい的でも正確に射抜ける……」


「お兄さん、すっごいね! あたし兄貴が二人いて、どっちも弓矢上手いから昔は教えてもらってたんだけど、なかなか上達しなくてさぁ。くぅ~、あたしもカーミネイトベアぐらいの大物を仕留めて『フッ、大したことなかったよ』とか言ってみたい!」


 いや、そんなことは言ってないけど……そういう風に聞こえたのか。

 そう聞くとちょっと恥ずかしい。


「ええと……まあでも別の個体っていう可能性もあるし、油断はしないでいこうか。他の魔物と遭遇するかもだし。ひとまず今さっき倒した魔物から魔石を回収して……」


「お兄さん、後ろ!!」


 話の途中で突然、シルヴィが切羽詰まったような声を上げた。

 次の瞬間、背後に気配を感じて後ろを振り向く。


 するとそこには、今まさに俺目掛けて飛び掛かった形で宙に飛んでいるオオカミ型の魔物がいた。

 恐らくさっきの生き残りで、俺の首を狙っているのだろう。

 この距離だと腰に下げたナイフを抜く時間もない。


「くっ!」


 咄嗟に右腕を振り下ろし、縦に握った拳を魔物の頭に叩きつける。

 直後、魔物は鈍い衝撃音と共に頭蓋骨を陥没させ、地面にめり込んだ。


「びっ……くりした! ギリギリ間に合った! いやー、ありがとう! 危うく嚙みつかれるところ……あれ、どうしたの?」


 シルヴィとリリアが地面にめり込んだ魔物を見ている。


「えぐっ……嘘でしょ……? 魔物、頭潰れて地面にめり込んでるんだけど……」


「とてつもない怪力……いえ、体は細く見えますから、力の使い方……? いずれにしても、凄まじい……」


 なんだかドン引きされてるようだった。


「え、お兄さん、ホントに何者……? 魔物が化けてるとかじゃないよね?」


「シルヴィ……あなた本当に失礼。ごめんなさい、素手で魔物を撃退したのが少し……いえ、かなり衝撃的だったもので」


「いや、全然気にしてないよ。はは……初めて見ると驚くかもしれないけど、俺の故郷だとこの程度はそんな大したことじゃないんだ。ちょっとコツがあってね」


 本当は十中八九、女神様の加護とやらで力が増しているんだろうけど……そういうことにしておこう。

 アンファングさんに聞いたところによると、転生と同じく加護についても一般的じゃないらしいので、正直に話したら更に怪しまれそうだ。





 色々と話をしながらオオカミ型の魔物から手分けして魔石を回収した後は、シルヴィとリリアの二人に隣町へ案内してもらうことになった。

 せっかくの機会だし、アンファングさん夫妻に聞けなかったことは二人に聞いておくのがいいだろう。


 ちなみに魔石は三人で分けようと思ったのだが、魔物から助けられたし、ほとんどを俺が倒したからという理由で全部俺が貰えることになった。

 懐には多少の路銀しかないため、非常に助かる。


「へぇ~、じゃあお兄さんはその、ニホンって島国から旅してきたんだ?」


「そう。だからこの国についてはあまり知らないんだ。色々と教えてもらえると助かる」


 そして森から街道に戻って隣町へ向かう道中。

 俺はあらかじめ考えておいた出自についてのカバーストーリーを説明していた。

 転生を旅と考えるなら、言ってることは実際ほぼ嘘じゃない。


「いいよ~! いい酒場とか美味しい料理を出すお店とか、ここぞってときに行くレストランとか、なんでも聞いて!」


「飲み食い系ばっかりじゃないですか……」


 シルヴィの言葉に呆れた様子のリリア。


「いやいや、ありがたいよ。食は大事だからね、本当に」


「お? お兄さん、わかってるね~。リリアはそのへん割と無頓着だからなぁ。栄養になればいいと思ってる節あるし」


「シルヴィがうるさいだけでしょう。私はそこまで気にしないというだけで、味を軽視してるわけじゃないですから。普通です、普通」


「え~、だってこの前、携帯食のパンだって、硬くてマズい方を選んでたじゃん。安いからって」


「あれは安いうえに日持ちするから選んだんです。携帯食なんだから味より重要視することがあるでしょう」


 そんな会話をしながら街道を進んでいると、いつの間にか黄昏色から薄暗く変化していた日の光が完全に落ち始めた。


「もう真っ暗だねぇ。どうするリリア? 今日はこのあたりで休んでおく?」


「そうですね、戦闘でかなり消耗しましたし……ケイさんもいいですか?」


「うん、問題ないよ」


 個人的には余裕があったのでまだ歩を進めたい気持ちがあったが、疲れている様子の二人はこのあたりで休んだ方がいいだろう。

 むしろ俺からもっと早めに休憩を提案してあげた方がよかったかもしれない。


「見張りはどうしよっか? あたしとリリアは二人だったから交代だったけど、三人いるから二人寝て一人だけ警戒が効率いいかな?」


「いいんじゃないかな。俺はまだ当分眠くならなそうだから、一番最初に見張り役するよ。もし二人がよかったらだけど」


 この身体になってからは、なぜか寝ようと思わなければ眠気を感じないし、多少寝なくても元気なままなので、疲れている二人はこう言って長めに休ませてあげた方がいいだろう。


「ホント? あたしとリリアそこそこ疲れてるから助かるかも。リリア、いいよね?」


「……私は、二人一組で見張りをした方がいいと思います。一人だと万が一、寝てしまったときに大変なことになるので。疲れてるからこそ、なおさら」


「えー、大丈夫だと思うけどな~」


「そう言ってこの前、見張りのときに居眠りしてたのは誰ですか?」


「……わかった! それなら最初はお兄さんだけ見張りしてもらって、交代した後はあたしとリリアの二人で見張ろっか!」


「それだと一人だけ不公平に……」


「あ、俺は大丈夫だよ。全然元気だし」


 ほぼ初対面の女の子と二人きりになったところで、何を喋ったらいいかもよくわからないし。沈黙が場を支配するぐらいだったら一人の方が気楽だ。


「二人は疲れてるだろうから、ゆっくり寝てよ」


「だって! ほら、お兄さんのご厚意に甘えちゃお」


「ダメです。私は起きてるから、シルヴィが最初に寝てください」


「えー? なんでそこまで……あ、わかった。こっち来て」


 シルヴィはリリアの手を引っ張ると、俺から少し離れた場所に連れて行った。

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