「シルヴィ? どうしたんですか?」
様子がおかしいシルヴィの肩にリリアが手を乗せる。
するとシルヴィはハッと何かに気が付いたように自分の胸を手で押さえ、リリアを振り返った。
「リリア……?」
「はい?」
シルヴィはリリアを見た後、再び俺の目を見た。
するとその顔がどんどん赤く染まり、紅潮していく。
まずい。魔眼の効き目には個人差があると予想はしていたが、彼女はかなり即効性が高いっぽい。こうなってしまったら、事態がこじれる前に魔眼について説明した方がいいだろう。
「ごめん、信じられないかもしれないけど……」
「……やったな」
シルヴィは目を伏せ、ボソッと呟きながら腰の剣を抜いた。
「え……うわっ!?」
そしておもむろに俺の胸元を掴むと、そのまま馬乗りになって首に剣の先を突きつけてきた。
「やりやがったな! てめぇ!」
「ちょっと、シルヴィ!?」
急に態度が急変したシルヴィを後ろからリリアが掴んで止めようとする。
だがシルヴィは微動だにせず、剣を突きつけながら俺を怒りに打ち震えた凄まじい形相で睨みつけていた。
「解け! 今すぐ解け! 解かないと殺す!!」
「待って! 待ってシルヴィ! 意味がわかりません!」
シルヴィは自分を止めようとするリリアを振り向こうともせず、俺を凝視しながら言った。
「コイツ! あたしに魔法を掛けやがった!」
「え……魔法? いつ?」
「目を合わせた瞬間……そうだよな、このクソ野郎! 早く魔法を解け! 殺すって言ってるだろ!」
今までの彼女とは打って変わって、まるで親の仇を見るような目で俺を睨みつけるシルヴィ。
剣の切っ先が首に食い込み始める。今にも刺さりそうだ。
「ま、待ってくれ! 説明させてほしい! それは魔法じゃなくて……」
「説明なんていらない! 早く解け! 解かないと殺す!」
「と……解けない!」
そう言うとシルヴィが目を見開き固まったので、慌てて補足する。
「それは魔眼の効果で、目を合わせたら勝手に発動するんだ! 今はまだ俺も制御が効かない! だからすぐには解けない!」
「目を合わせたら、勝手に発動……?」
シルヴィは言葉を繰り返すと、フラフラと俺から離れ、剣を地面に落とした。
「そっか……だから、目を合わせなかった……ハハ……なんだ、あたしが勝手に……」
「シルヴィ?」
リリアがふらつくシルヴィを受け止めるように支える。
「そうだ、リリア……リリアは大丈夫なの? 最初に、目を合わせて……」
「私は……なんともありません。……もしかして、これのお陰かも」
リリアはそう言うと、胸元から銀色のペンダントを取り出した。
円形のそれは小さな文字が渦を巻く模様のように刻まれており、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。
「災厄から身を守ってくれるっていう、大婆様から貰ったお守り」
「……そう、なんだ。なんともないなら、よかった」
「シルヴィ、魔眼って……」
「ごめん」
シルヴィはリリアの言葉を遮って言った。
「先にこの人と、二人だけで話をさせて」
「二人だけ? でも、それは……」
「大丈夫。もう落ち着いた。……少なくとも、この人がわざとやったわけじゃないって、わかったから」
「シルヴィ……」
「お兄さん、ついて来て」
そう言って歩き始めるシルヴィ。
俺は慌てて立ち上がり、彼女の後を追いかける。
それからしばらく歩いて、リリアの姿が見えなくなった頃。
シルヴィは立ち止まって呟いた。
「この辺りでいっか」
「あ、あの……」
「やだなーお兄さん、もう怒ってないからそんなビクビクしなくてもいいよ」
シルヴィはこちらに振り返り、笑顔で言った。
ただ目は笑ってないし、セリフにいたっては明らかに棒読みだ。
今さっき昨日までとは別人のような豹変ぶりを見たこともあり、言葉を素直に受け取れない。
「っていうか勝手に自分の目を見た小娘に対してビビりすぎじゃない? そんなに怒ったあたし怖かった? そりゃさっきはあたしも頭に血が上ってたけど、よくよく考えたらお兄さんメチャクチャ強いんだから、簡単に返り討ちにできたでしょーに」
「いや……俺が悪いのに、そんなことできないよ」
「お兄さんが悪い? どうして?」
「魔眼のこと言ってなかったし、さっきも呆けてないでちゃんと気を付けてれば、こんなことにならないで済んだから」
「………………へぇ。あたしだったら勝手に目を見た相手のせいにするけど。お兄さん、いい人なんだね」
シルヴィは無表情になり、冷たい声で言った。
「クズ野郎だったら、殺して終わりにできたんだけど」
「う……ごめん……その魅了、魔眼が制御できるようになったらすぐ解除するから」
「その制御ってさっきも言ってたけど、何? 解除できるようになる根拠は? っていうかそもそも魔眼って何なの?」
「ええと……」
言葉に詰まる。
出身地に関してはカバーストーリーを考えてたけど、魔眼に関してはこんなことになる想定をしてなかったからまったく考えてなかった。
どうする。本来の事情は突拍子もなさすぎるから、他の話を考えるべきか。
「お兄さん……いい人なんだから、嘘はつかないよね?」
逡巡が見抜かれたのか、シルヴィは腰の剣に手を添えながら、ニッコリと笑った。
……ダメだ。上手に矛盾なく嘘をつける自信がない。
ここは下手に話を考えるより、全部正直に話した方がよさそうだ。
というわけでシルヴィには転生して女神様に魔眼を貰ったことまで、すべてを話した。
「お兄さん……嘘はつかないって、言ったよね?」
話し終えた後、シルヴィがゆっくりと腰の剣を抜き始める。
「い、いや、ありえない話だと思うだろうけど、本当なんだ。もっと信憑性がある話ができればよかったんだけど、思いつかなくて……正直に話した方がいいかなと思って」
「………………ハァ」
シルヴィは剣を鞘に納め、額に手を当てて大きくため息をついた。
「この……お兄さんが言うなら、本当なんだろうなぁっていうこの気持ち……これも魔眼の効果?」
「それは……前に魔眼を見た人でも転生うんぬんの話は『信じ難い』って言ってたから、その辺りは魔眼の効果とか、そこまで関係ない……かも。この魔眼はそこまで強いものじゃないみたいで、根本的な価値観とか、心の底から大事なものとかは変わらないみたいだから」
「へぇ……そうなんだ。…………ケンカ売ってる?」
「えっ!?」
シルヴィが急にイラつき始めてビックリした。
なんだなんだ? 何が気に食わなかったんだ?
「ハァ……ごめん、これはあたしの問題。とりあえず、魔眼に関しては理解した。あと、制御できるようになる見込みも、目途も立ってないってことも」
「それは……はい、その通りです……」
そもそも魔眼をどうにかする以前に、明日の生活をどうするかってレベルだったので……。
「これ、セリュ兄に知れたらどうなっちゃうんだろ……あぁ、嫌だ……本当に、心底嫌だけど、リリアに頼るしかないか……」
「えっと……それは彼女に頼れば、魔眼の効果を解けるようになる見込みがあるってこと?」
「わからない。けど、リリアは魔女の家系だから可能性はある」
シルヴィは俺に背を向け、元いた場所へと歩き始めた。
「行こ、お兄さん。リリアにも今までの話をして、何か知ってるか聞かないと。……あ、でもひとつだけ」
こちらに背を向けたまま、シルヴィは淡々と言った。
「魔眼の効果については、リリアに何も言わないで」
「うん……え? なんで?」
「いいから、何も言わないで。絶対に、魅了とか言わないで。言ったら殺す。わかった?」
「わ、わかった……」
反射的に返事をしてしまった。
しかし、人によって個体差がありそうだとはいえ、アンファングさん夫妻の例を考えると、隠し通すのは無理がある気もするが……どうなんだろう。