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第11話 専用装備

 シルヴィに魔眼についての諸事情をすべて話した後。

 リリアのところに戻ってから、ほぼ同じことを魅了に関してだけは言及せず、彼女にも説明した。


 ただシルヴィは転生うんぬんに関して比較的すんなりと受け止めてくれたのに対し、リリアは明らかに疑念を抱いている様子だった。


「転生特典で魔眼を貰った? ……信じ難い話ですね」


「あたしは魔眼の効果が解ければその辺りはどうでもいいんだけど……今回は前みたく、時間で解けるものじゃないみたいなんだよね……」


 戻ってくる最中に聞いたが、『前』というのは魔法で精神に悪影響を与えるサルみたいな見た目の魔物と戦ったときのことらしい。

 シルヴィがすぐ魔眼の効果を魔法的なものだと認識できたのは、そのときの感覚に似ていたからだという。


「リリアはこれ、解く方法とか知ってたりしない? っていうか人間の魔眼って他に知ってたりする? あたしは知らなかったんだけど」


「いえ、私も魔物はともかく、人間に魔眼がある例は今回初めて知りました。解く方法もすぐには思い当たりませんが、工房に戻って色々と試せば……あるいは」


「そっか……できるだけ早く解きたいんだけど、いい?」


「それはもちろん構いませんが……」


 リリアは何かを逡巡しているように、言葉を飲み込んで少し視線を逸らした。

 それを察したのであろうシルヴィが問い掛ける。


「なに?」


「その……魔眼の効果について、まだ内容を聞いていません。工房で色々と試すにも、何も知らない状態では……」


「……洗脳、的な感じ。このままいくと多分、そのうちこの人の奴隷にされる」


「俺!?」


 シルヴィがこちらを親指で示しながら人聞きの悪いことを言うので、反射的に声を上げてしまった。


「あたし間違ったこと言ってる?」


「言ってる! 奴隷とかにしないから俺!」


「でも、あたしがそういう状態になったらお兄さんがどう思っていようが、同じことだよね?」


「いや……」


 そもそも前提からしておかしい。

 アンファングさん夫妻の例を見ても、俺の魔眼は『魅了』であって、服従とか奴隷状態にするようなものではない……と、そこまで考えたところで思い出した。

 シルヴィが言っていた『絶対に、魅了とか言わないで。言ったら殺す』という言葉を。


「なに?」


「……仰る通りです。はい」


 シルヴィの目が『頷け』って言ってたので、素直に頷いておく。

 しかし、『魅了』と『服従』じゃ内容が違うけど、そのへん効果を解く段階になって問題になったりしないだろうか。

 人の精神に影響を与えるってところは同じだけど。

 そんなことを考えていると、俺とシルヴィのやりとりを見ていたリリアが口を開いた。


「少し引っかかる部分はありますが……わかりました。それではその方向性で魔眼の効果を解く手立てを探りましょう」


 そうして話がまとまった後。

 俺たちはリリアが普段、魔女として薬やお守りを作ったりする仕事場である工房へと向かうべく、街道を進み始めた。


 道中、リリアが魔眼について細かいことを色々と聞いてきたが、アンファングさん夫妻の例をそのまま話すと効果が魅了であることがバレてしまうため、『好意』の部分は伏せて内容を説明した。


「なるほど……絶対ではないものの、ケイさんを優先的に考え、逆らいづらくなる効果ですか。それは確かに洗脳、緩やかな奴隷化と言えますね。ただそう考えると、ひとつ疑問があります」


「疑問?」


 内心ドキッとする。なんだろう。

 何か話の中で矛盾している点でもあっただろうか。


「話を聞く限り、私たちと出会う前からケイさんはその魔眼を解く方法……ないし、制御する方法を探していたのですよね?」


「うん、そうだけど」


「なぜです? その魔眼はあなたに得はあっても、損はないように思えるのですが」


「え……?」


 そっか……アンファングさん夫妻の『暴走』部分を伏せると、確かにあまり損はないように思える。

 誰しも自分の言うことを聞きやすくなるだけで、別に他人を人形のようにしてしまうわけではないのだから。


 でも、実際はあるんだよなぁ……損。

 アンファングさんはともかく、その奥さんであるジエナさんは最終的に、それとなく遠ざけようとする俺の意志とか関係なしに色々と事を起こそうとしてたし。

 それに……損は暴走だけじゃない。


「ケイさん?」


「ああ、いや……ごめん、少し考えてた。そうだな、この魔眼がなかったら早々に野垂れ死にしてたかもしれないって考えると、確かに得だったとは思うけど……」


 アンファングさん夫妻の笑顔を思い出す。


「……たとえばさ、自分に親切にしてくれる人たちがいて、その人たちの笑顔とか言葉が全部、魔眼の効果だって思ったら」


 偽物だったんだ、と思ってしまったら。


「単純に、嫌だな……って。この力がある限り、誰と目を見て話しても、その言葉が本物だとは思えない。……君の場合は例外だけど」


「私ですか?」


 リリアの方を向いて言うと、彼女は一瞬何の話かわからなかったようで、キョトンとした顔で俺の目を見た。

 しかしすぐ理由に思い当たったようで、胸元からペンダントを取り出して握りしめる。


「ああ、私は魔眼が効きませんからね。お守りのお陰で」


「そうそう。……あ! そのお守りをシルヴィが身に着けたら、魔眼の効果が解けたりしないかな?」


「それは……残念ながら、これは私の魔力に合わせて作られたものなので、私以外が身に着けてもなんの効果もないんです」


 なるほど……専用装備みたいなものなのか。


「……ねぇ、近い。もっと離れて」


 リリアの左隣を歩いていたシルヴィが突然、虫を追い払うように俺に向けて手のひらを振る。


「いや……もう十分距離はあると思うけど」


 俺は位置的に言うとシルヴィの反対側を歩いているが、実はリリアの『右隣』と表現できるほど近くにはいない。

 シルヴィがさっきからリリアの腕を掴んでグイグイ街道の端に寄っていくので、俺が特に何もせずとも距離が空いていったのだ。


 大体3メートルぐらいだろうか?

 ここが街中だったら連れだとは思われないであろう程度には離れている。

 しかしリリアは普通に俺と会話しているので、非常にシュールな絵面だ。


「シルヴィ……もういい加減にしてください。これ以上引っ張られると街道から落ちます。というより、あなたがもう街道から落ちてます」


「リリアがあいつの毒牙に掛かるよりはマシ」


「毒牙って……私は魔眼が効かないんですよ?」


「そんなのわからないでしょ? もしかしたらお守りが耐えきれなくなって、効いちゃうかもしれない」


「ハァ……」


 リリアがため息をつきながら額に手を当てる。


「普段は楽観的で慎重さの欠片もないのに、もう……そんなことは気にしないで大丈夫です。そもそも、ケイさんは魔眼を悪用しようとするような悪い人じゃないでしょう?」


「まだ会ったばっかりなのに、いい人か悪い人かなんてわからないよ」


「いや、元々はあなたが言ったんじゃないですか、悪い人じゃなさそうって」


 リリアが呆れたように言う。

 それに対してシルヴィは、リリアの両肩を正面から掴みながら懇願する。


「前言撤回する。するから、お願いだから、あいつに近づかないで」


「なんでそこまで……?」


「なんでって……」


 シルヴィが俺の方にチラリと視線を向ける。


「っ!!」


「シルヴィ!?」


 直後、シルヴィは胸を押さえてその場に倒れこんだ。

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