突然その場に倒れこんだシルヴィを、リリアが抱きかかえるように支える。
「シルヴィ……どうしたんですか!?」
「し、心臓が……」
「心臓!? 心臓がどうしたんですか!?」
シルヴィはリリアに抱きかかえられながら、急にフッと、何かを悟ったかのように穏やかな笑顔になった。
「ごめん、リリア……あたし、もう……長くないみたい」
「シルヴィ!?」
「あたしね……リリアのことが好きだった……」
シルヴィは虚ろな目でリリアを見ながら、呟くように言葉を続ける。
「リリアが……あの窮屈な家から、あたしを連れ出してくれたときから、ずっと……」
「し、心臓、心臓ってなに!? ダメ、手持ちの薬草じゃ……あぁ、誰か、誰か回復魔法を……!」
「今までありがとう……ごめんね、大好きだよ、リリア……」
「あ、あぁ……嘘……嘘でしょう……? 嘘だって言って、シルヴィ……!」
リリアがその碧眼からポロポロと涙の雫を落とす。
それを見てシルヴィは彼女の頬にそっと手を添え、涙を拭う。
「泣かないで、リリア……あたしたち、死んでも……ずっと……」
リリアはそう言うと、ゆっくりと腕をおろし……やがて目を閉じた。
「シルヴィ……?」
「…………」
「シルヴィ……お願い、目を開けて……シルヴィ……」
リリアの声が震える。
「シルヴィ……シルヴィィィィィ!!!」
絶叫するリリアを見て、さすがにこれはマズいと思い声を掛ける。
「あのー……リリア? あんまり大きい声を出すと、魔物が寄ってくるかもしれないから……」
「魔物……?」
リリアはこちらを振り向き、まるで信じられないものを見るような目で俺を凝視した。
「なんで、そんなに冷静なんですか……人がひとり、死んでるんですよ!?」
「いや、なんていうか……十中八九、死んでないと思うから」
リリアは俺の言葉を聞くと、くしゃりと顔を歪め、苦し気に呟いた。
「何も知らないくせに……」
「え?」
「シルヴィは普段の態度から軽く見られがちですが……人を心配させるような悪質な冗談は大嫌いなんです。それこそ、人の生き死にが関わるような嘘は……絶対につかないんです」
「そうなんだ」
じゃあシルヴィ本人はさっき、本当に死ぬと思ったのかもしれない。
「そうなんだ、って……」
「いやだって……シルヴィ今、薄目開けて君のこと見てるよ?」
しかも心なしか冷や汗をかいているように見える。
死ぬと思ったけど普通に死んでなくて、その割に話がガンガン進んでるから、起きるタイミングを見失って困っているのかもしれない。
「えっ!?」
バッとリリアが抱きかかえたままのシルヴィを見る。
するとシルヴィは今ちょうど気が付きましたと言わんばかりに、か細い声を出しながら目元をこすった。
「あれ……リリア?」
「シルヴィ! 無事でよかった……!」
リリアはシルヴィを抱き締めながら言った。
「私……あなたが死んでしまったかと……!」
……うん。
まあ、シルヴィはこういう嘘とかはつかないって話だけど、にしたって脈の確認とかもしないですぐ死亡判定するリリアもどうかと思う……天然なのかな?
「奇跡、だね……あたし、なんとかギリギリ生きてるみたい……」
「ギリギリ……?」
俺視点だとさっきから終始、元気そうに見えてたけど。
そんな疑惑の念が籠った呟きが聞こえたのか、リリアが顔を上げて睨みつけてくる。
「ちょっと! さっきからなんですか!? シルヴィは今にも死にそうだったんですよ!?」
「そ……そうだよ? あいつの目を見た瞬間、心臓がギュ~って締め付けられて、苦しくなって……今はある程度落ち着いたけど、まだドキドキしてるし……さっきは本当に死ぬかと思ったんだから」
「心臓が……まさか、それも魔眼の効果でしょうか?」
「うん……きっとそう」
……そうだね、魔眼の効果だね。
そんなことだろうと思ってたよ。
「とりあえず、先に進もうか。シルヴィのそれが魔眼の効果なら、命に別状はないはずだから。元から心臓に持病があるとかじゃなければ」
「持病とかは、特にないけど……」
「じゃあ大丈夫」
多分。というかほぼ間違いなく。
〇
俺の言葉に半信半疑なリリアとシルヴィを何とかして説得し、街道を進んでいく。すると遠目に石造りの城壁と門が見えてきた。
門の左右にはそれぞれ衛兵らしき男が一人ずつ立っている。
「あの門を抜けると私たちが住んでいる町に入れます」
リリアの説明を聞いて、異世界人かつ魔眼のせいで人と目を合わせたくない俺は少し不安になった。
「俺、あの町には入ったことないけど……余所者でも普通に入れるものかな」
「大丈夫だと思いますよ。最近は盗賊とかの物騒な話も全然聞かないですし、隣の村から来たって言えば普通に入れると思います」
そして門の前に着いた後。
彼女の言う通り、門で衛兵と目を合わせない俺は多少怪しまれたものの、リリアとシルヴィが衛兵と知り合いだったらしく、二人が俺を隣村から来た凄腕の狩人だと紹介してくれたお陰で、最終的には歓迎と共に町中へと入れた。
町中は石造りの建物が立ち並び、思っていたより栄えているように見える。
「ここがシルヴィと私の生まれ育った町、ノートルディアです。私の工房は町の端にあるので、そちらに向かいましょう……あ、いえ、やっぱり待ってください」
門から道をまっすぐ進もうとしていたリリアが踵を返す。
「工房では主に解呪と抗呪を試そうと思っているのですが、今のままだと素材が足りません。なので工房へ行く前にミルラン商会に寄りましょう」
リリア曰く、ミルラン商会とはこの町で一番大きな商社で、そこでは需要が高いものであれば日用品から武具の類まで何でも手に入るらしい。
「あー……その、もちろん素材代は俺が全部払いたいんだけど、ごめん……今あんまり手持ちの金が多くなくて……」
「どのくらいですか?」
懐に入った硬貨袋をリリアに渡す。
「……絶妙ですね。物によっては買えるかもしれませんが、これケイさんの全財産ですよね?」
「はい……」
「すると買った時点で、今日食べるパンも買えなくなると……」
リリアは少し考えるように黙った後、何かを思い出したように手のひらを叩いた。
「そういえばケイさんはカーミネイトベアを倒していましたよね? その時の素材などはありますか?」
「今はもうないな……前に住んでた村で全部売っちゃったから」
そしてそれで得られた臨時収入は、割と質の良い弓矢とナイフに変わったというわけだ。
ずっと使うものだと思って、奮発しちゃったんだよな……判断自体は間違ってはいないと思うけど、こうなるとわかっていたらもう少し武器のランクを下げても良かったかもしれない。
「そうですか……素材の一部でもあれば冒険者ギルドで討伐報酬が得られたと思うのですが、何もないとなるとそれも難しいですね……」
「ってことは、まずは稼ぐところから始めないとダメかな」
「……あたしが出す」
リリアを間に挟んで黙っていたシルヴィが声を上げる。
ただ心臓の件があったからか、こちらを向いても俺と目が合わないよう視線は伏せている。
「これ早く解いてもらわないと困るから。ある程度の貯金はあるし、足りなかったら実家の名前でツケにもできるし」
「ごめん……ありがとう。魔物討伐とかで稼いだらすぐ返すから」
「べ、別にお礼を言われるようなことじゃないけど……でもこれ、借金みたいなものだからね。返すまで逃がさないから」
「いやもう、即行で返すから」
本当は借金とか絶対したくないタイプだから。
「ハァ!? そ、そんなにあたしから離れたいの!?」
「えぇ……」
どうしてそうなるんだ。
「借金って好きじゃないからすぐ返したいってだけで、別に他意はないよ」
「あっ……な、なるほどね? そっか……あ、でも借金は借金だから! 好き嫌いとかダメだから!」
「……はい」
借金に好きも嫌いもないと思うが……魔眼の影響かシルヴィの情緒が不安定なので、大人しく頷いておくことにした。