魔眼の効果を解くためにはいくつか新たに素材が必要らしい。そしてそれらを購入するための代金はシルヴィが立て替えてくれることになったので、俺たちはその足でミルラン商会へと向かった。
「ここがミルラン商会です」
「へー、ここが……ん? どのお店が?」
リリアは多くの露店などが並ぶ商店街のような通りで立ち止まったので、どのお店のことを言っているのかよくわからなかった。
「この通りにあるお店すべてがミルラン商会のお店なので、町の人間はこの通り自体を総称してミルラン商会、と言うことが多いです。個別に言う場合はミルラン商会を略して本店とか、食品店とかって言うことが多いですね」
そしてミルラン商会は特定の店舗だけではなく、露店で通常よりも安く素材が売りに出ていることも多々あるため、今回は専門店だけではなくそういった露店も探していくらしい。
「魔法関連の素材は総じて安い買い物ではないですからね。専門店と違い探すのに苦労はしますが、抑えられるところは抑えないといけません。ましてや今回はシルヴィの立て替えですし」
「うっ……申し訳ない……」
「そういうのいいから。リリア、早くいこ」
シルヴィはこちらを振り返りもせず、リリアの腕を引っ張って歩き出した。
「ちょっとシルヴィ。あなたが先に行っても何を買うかわからないでしょう」
「あ、そうだった。それじゃリリア先に行って」
「そのつもりですが……あの、腕を離してくれませんか?」
「え~、離さない。このまま連れてって」
「急にどうしたんですか、いったい……もう、仕方がないですね。ほら、ついて来てください」
リリアが渋々、シルヴィに腕を組まれながら先を進み始める。
するとシルヴィは目をつぶった状態でこちらを振り返り、俺に向かって舌を出した。
……あっかんべーの亜種的な感じだろうか?
だとしても、ここで何故それを俺にするのか理由がわからない。
シルヴィの謎仕草の意図を考えながら二人の後ろをついていく。
リリアはあちこちの露店を見て回りながら、あれじゃないこれじゃないと、目的とする素材をしらみつぶしに探していった。
その際、手持ち無沙汰だったので途中でリリアにいくつか必要とする素材の特徴を教えてもらい、目的の物が露店にないかを俺も一緒に探し始める。
そしてミルラン商会通りを端から端まで進み、時に目的とする素材を見つけて買い集めながら、一通りの露店を見て回った後。
「幸いなことに、目的の素材は露店で大体買えましたが……」
「まだ魔法銀、っていうのは買えてない?」
「そうなります。なので、それは私の知っているお店に行きましょう」
来た道を戻り、リリアの先導で古ぼけた店舗に三人で入る。
一見すると中は小さな古本屋みたいに見えるが、ここが魔法関連の素材を売っている店らしい。
本が大量に並んでいるが、奥に入るとそれだけではなく装飾品や石、植物など様々なものが雑多に陳列されていた。
「ついこの間ここで魔法銀が売っているのは見たので、物自体は確実にあると思います。貴重ではありますが高い素材なので、そんなすぐには売れないはずですから」
「なるほど、じゃあ安心……これはっ!?」
「わっ……ど、どうしたんですか? 急に大きな声を出して」
「ご、ごめん……これは何かな、と思って」
俺は透明なケースの中にある、チェスに似たボードゲームっぽいものを指差した。
「あぁ、それはアルカン戦略盤ですね。無数の駒を魔法使いに見立てて相手の駒を倒したり、捕虜にしたりして、最後は相手の将軍を取る帝国発祥の盤上遊戯です」
「へ、へぇ……そうなんだ。盤上遊戯……」
この世界にきてからというもの、娯楽らしい娯楽に飢えていた俺のエンタメ欲というか、遊びたい欲みたいなものが顔を出す。
俺はボードゲームが好きだ。
中学、高校とボードゲーム部だったし、将棋に至っては社会人になっても地域のアマチュア大会に何回か出たことがある程度にはハマっていた。大会上位陣には全然敵わないレベルのエンジョイ勢ではあったが……筋トレ以外では唯一、趣味と言えるものかもしれない。
「これ、欲しいんですか?」
「え? それは……」
メッチャ欲しい、と喉まで出かかったのを我慢する。
待て待て、ほぼ素寒貧で素材代をシルヴィに立て替えてもらってる俺が言っていいことじゃないぞ、これは。
「……いや、ちょっと気になっただけ」
「あはは、そうですよね。明日の食べ物にも事欠くような状況で、まさか娯楽品が欲しいだなんて言うはずがないですよね」
リリアがニッコリ笑って、うんうんと頷く。だがその目は笑ってない。
彼女の隣で今のやり取りを静観していたシルヴィも、どこか呆れているような表情で俺を見ている。
……あ、あっぶねぇ。欲しいって言わなくてよかった。言ってたら説教コースだったなこれは。
内心ヒヤヒヤしながら、再びリリアを先頭に店内を進み始める。
すると、彼女は店の奥にある透明なケースの前で立ち止まった。
「確かこの前はここに……あれ?」
「ん? どうした?」
「前まで魔法銀があった場所に、見当たらなくて……まさか、売れてしまったのでしょうか。ええと……あ、店長!」
リリアの声に、カウンター越しに客らしき中年男性と会話をしていた初老の白髪男性が反応する。
「おお、リリアちゃん。いらっしゃい。今日は何を買いにきたのかな?」
「魔法銀なんですが、ケースの中に見当たらなくて……」
「魔法銀? なんと……」
「悪いなお嬢ちゃん、魔法銀はオレが先に買っちまった」
店長が答える前に、カウンターの前にいた茶髪の中年男性がニカッと笑いながら手に持った布袋を掲げて見せた。
「あと一歩遅かったな。ま、今日はオレがツイてたってことで」
「そ、そんな……よりにもよって今日売れたんですか……?」
リリアがガクッと肩を落とすと、店長が申し訳なさそうな顔でカウンターの下から何かの書類を取り出した。
「すまないねぇ、リリアちゃん。ミリアちゃん……お母さんにも贔屓にしてもらってる分、融通したいのは山々なんだが、もう魔法銀の在庫はなくてね……次に入荷したら取り置いておくことはできるが、予約しておくかい? いつ入荷するかはわからないが」
「それは……」
リリアが背後で難しそうな顔をしていたシルヴィを見る。
それを受け、シルヴィは首を横に振って言った。
「ダメ。そんなに待ってられない。……ねぇおじさん、その魔法銀、譲ってくれない? お金は多めに出すから」
「おお? そうきたか。なるほどなぁ。うーん、こっちも金には困っちゃいないんだが……」
中年男性は何かを考えるように唸ると、何故か俺の方に視線を向けた。
俺は慌てて俯き、被っているフードの裾を引っ張り目を隠す。
「兄ちゃん……弓矢を背負ってるってことは、狩人か何かか?」
「……ええ、そうですが。何か?」
「そう警戒すんなよ。別にそんな大した話じゃねえ。兄ちゃんがちょっとオレの仕事に協力してくれたら、この魔法銀を譲ってやってもいいと思ってな」
中年男性いわく、彼は劇団の舞台監督をやっているが、次回作の劇に必要な弓矢を扱える役者がおらず、困っているらしい。
「昔、多少弓矢を習ったことがあるって奴を中心に試行錯誤してるんだが、やっぱり素人集団だと微妙でな。本職にちゃんとした弓矢を教えてもらいてぇ。つーか、なんなら弓矢を扱う役者として劇に出てもらいてぇ。なんかアンタ、雰囲気あるしな。目ぇ隠してるけど、兄ちゃん多分顔もいいだろ? 口元見りゃわかる」
「すみませんが、彼は劇に出れません。人前が苦手なので。ですよね? ケイさん」
リリアが先んじて断り、俺に同意を求めてくる。
人前が苦手ということはないが、魔眼のことを考えるとリリアの言う通り劇などには到底出られない。
「ああ……うん。劇はちょっと……」
「なんだ、勿体ねぇ。『ノートルディアの星降る夜』最新作だぜ?」
「えぇ!? あの!?」
リリアが驚愕の声を上げる。
「おうよ。まあ、最新作って言っても過去作の焼き直しだが、とはいえこの町一番の人気がある劇だ。前回の公演利益で相当予算が使えるようになったおかげで、今回は魔法銀を使った小道具に大掛かりな背景装置、舞台の剣から弓矢や鎧まで一新することになったんだよ。弓矢を扱う役者を揃えたいのもその関係だ。前回までの公演では弓矢をただ構えるだけだったんだが、ここまでやるならちゃんと矢も放てるようにした方が見栄えもいいだろってな」
「す、すごい……今までも他の劇に比べたらかなり凝っていたのに、もっと豪華になるんですか!?」
「おっと、まだ公演前だから秘密にしといてくれよ」
興奮気味なリリアに対し、片目をつむって口元に指を当てる中年男性。
舞台監督らしいが、昔は役者だったのだろうか、仕草が様になっていてそれっぽい。
「ふぇぇ……絶対見に行きます! あ……でも、もし仮にその魔法銀を譲ってもらったら、魔法銀を使った小道具が足りなくなるのでは?」
「まだ準備期間で猶予はあるからな。譲る場合は多少手間だが、隣街あたりから取り寄せるつもりだ。ミルラン商会の伝手を使ってな」
「あ、なるほど……」
リリアは納得したらしく、再び俺の方を振り向いた。
「ケイさん、どうします? 役者は無理だと思いますが、一時的にでも劇団で弓矢の指南役として働くのは悪くないと思います。今後狩人として働くにしても、かの有名な『ノートルディアの星降る夜』に関わったことがある、と言えるのは相当強いですよ」
心なしかテンション高めでそう問いかけてくるリリア。
若干、彼女の私情が入っている気もするが、言いたいことはわかる。
さて……どうするか。