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第14話 ノートルディアの星降る夜

「リリア、ひとつ聞きたいんだけど……その『ノートルディアの星降る夜』っていう劇はどれぐらい有名なのかな?」


「え、ケイさん知らないんですか!?」


 リリアは信じられない、というような顔で驚いてから、「あ……そういえばケイさんはこの町の生まれじゃないですもんね」と自分で納得したように呟き、話を続けた。


「『ノートルディアの星降る夜』はこの町に住む人間なら誰でも知っている物語で、史実を元にした悲劇です。簡単に説明すると、とある正義の心を持った弱小貴族が悪徳領主に苦しめられる民衆を救うため、ミルラン商会の少女と一緒にその領主がおこなった不正の証拠を集めて打倒するも、入れ違いで領主に雇われた刺客に殺されてしまう……というお話です。概要だけ聞くと勧善懲悪によくある悲劇の組み合わせに思えますが、見るべきは他に類を見ない凝った演出と台詞回しの秀逸さでして、特に劇終盤の、主人公と少女が協力して刺客を倒した後、二人がもう助からない深傷を負いながら死後も永遠の愛を誓い合う場面なんか、何度見ても涙が止まらなくて、もう控えめに言って最高で……」


 その後もリリアは劇の内容について熱く語り、話が長かったので後半はあまり頭に入ってこなかったが……最終的にわかったことは、この劇に関わることができれば『この町で暮らす場合、職に困らないレベルのステータス』を得ることができるということだった。


「なるほど……」


 当初、魅了の魔眼問題が解決できないうちは人と関わる仕事はなるべく避けて、魔物退治などで生計を立てようと考えていた。

 しかし解決の糸口として弓矢の指南役をするならば……それは必要なリスクだし、加えて今後の生活基盤にもなると思えば、中々どうして悪くないかもしれない。


「俺にとっては悪くない……いや、むしろ良い話だな。シルヴィはどう思う?」


「っ!?」


 リリアの後ろに隠れながら、いつの間にかこちらに視線を向けていたシルヴィはバッと俺から顔を背けると、何事もなかったかのように淡々と答えた。


「……なんの話?」


「え……いや、だから、俺が劇団で弓矢の指南役をやる代わりに、魔法銀を譲ってもらうって話」


「期間は? どれぐらい?」


 シルヴィの言葉を受け、俺が中年男性の方に向き直ると、彼は少し考えるように天井を見上げた。


「そうだなぁ……稽古の進み具合にもよるが、最短でひと月、最長でふた月ってとこだな」


「ダメ。長すぎ。行くよ二人とも。他を探そ」


 シルヴィはそう言うと、返事を待たずにスタスタと店の出口へ向かって歩き出した。一瞬、理解が追いつかなくて固まってしまったが、慌てて彼女の腕を掴み引き止める。


「ちょっと待った」


「なっ……何するの!?」


「いや、理由を聞きたくて。何で指南役の期間が長いとダメなんだ? 俺がひと月かふた月ぐらい居なかったとしても、魔法銀を使って解呪……いや抗呪の方か知らないけど、それをするのは基本シルヴィとリリアがいれば問題ないって話だろ?」


 店長と中年男性には聞こえないよう、シルヴィに小さな声で耳打ちする。


「近いっ……近いってば」


「ごめん、でも理由がわからなくて」


 確かどっちかの工程で俺の血が必要……みたいな話を、買い物の途中にリリアがしていた。だが、それにしたって別にずっと俺がいなきゃいけないって話じゃなかったはずだ。

 つまり報酬として魔法銀を譲ってもらい、俺の血が必要な作業のときだけ指南役を休ませてもらうか、もしくは休みの日に合わせて俺の血を取ってくれればいい。


 あとは指南役の仕事前や、仕事後……なんなら隙間の時間にやるとか、いくらでも方法はある。断る理由がわからない。


「痛いよ……離して」


 シルヴィの震える声を聞いて自分の手に力が入っていることに気が付き、彼女の腕を離す。


「ごめん……」


「……理由は簡単」


 彼女は俺に捕まれていた左腕を右手でさすりながら、静かに言った。


「危なすぎるから。一度でも誰かと目が合ったら、その人の人生がメチャクチャになるんだよ? お兄さんはこっちに負い目があるから多少、危険でも仕方がないって思ってるかもしれないけど……あたしは、誰かの人生をメチャクチャにしてまで、『これ』をすぐに治したいとは思わない」


 ——人生をメチャクチャに。

 その言葉は俺の胸に刺さった。


「…………ごめん」


「別に謝らなくていい。やるべきことをやってくれたら」


 シルヴィはそう言うと、今度こそ店の出口へ向かって歩き出した。


「ちょ……ちょっと、シルヴィ!」


 それを見てリリアもすぐ後を追い始める。

 残った俺はキョトンとした顔の中年男性に向き直り、謝罪した。


「……すみません、今回の話はなかったことにしてください」


「何が何だかよくわからんが……そりゃ残念だな。ま、気が変わったらいつでも来てくれ。町の中央にある元デティオール男爵家のすぐ横に劇団の拠点があるからよ。もしわからなかったら、そこら辺の人間を捕まえて『ノートルディア劇団はどこですか?』って聞けば教えてくれるぜ。さっきのお嬢ちゃんが言う通り、町の人間なら誰でも知ってるからな」


 中年男性はそう自慢げに言った後、にやりと笑いながらカウンターに肩肘をついた。


「しかし、まぁ……いずれにせよ、兄ちゃんとはまた会う気がするぜ」


「また会う、ですか? それはいったい、どういう……?」


「さて、どういう意味だろうな……っていうか、お嬢ちゃんたちを追わなくていいのか?」


「あっ……そうでした。ではすみません、また機会がありましたら」


「おう。またな」


 店長にも挨拶をして店を出る。

 すると店の前ではちょうど今しがた、シルヴィとリリアの間で何かの話が終わったようだった。


「仕方がありませんね……では魔法銀は一度あきらめ、工房にある魔法鉄で代用しましょう。成功率は下がると思いますが……」


「ダメだったらまた考えればいいから。とにかく、可能性があることはすぐ試したいの」


「わかりました。ではケイさんが来たら、その方向で……」


 そこまで話したところで、リリアが背後の俺に気が付いた。


「あ、ケイさん」


「……話は聞いたよ。いったん他の素材で代用する形で、工房に向かうんだって?」


「はい。そういうことになりました。ではさっそく向かいましょう。着いてからやることも沢山ありますから、まだ日が出ているうちに作業をしたいです」



 〇



 先を進むリリアについていき、途中で細く曲がりくねった路地に入り、しばらく歩いた後。俺たちは町の端にある小さな一軒家に辿り着いた。


 いい感じに古くて雰囲気があって、なんか魔女の家っぽい。

 そんな感想を抱いていると、リリアが横目で俺を見ながらやや自嘲気味に言った。


「……ボロくてすみませんね。でも魔法を掛けて丈夫にしてあるので、倒壊したりはしないですから」


「あぁ……いや、そんなボロいだなんて思ってないよ。いい感じに古くて、雰囲気があるなぁって思ってただけで」


「ふ……ケイさんは優しいですね。シルヴィが初めて見たときは散々に言われたものですが」


「あたし、そんな言ったっけ……?」


「…………」


「む、無言はやめてよ……ごめんってば……」


 そんなやり取りをしながら三人でリリアの自宅兼、工房に入る。

 生活感のある居間らしき部屋を抜け、中心に大きな釜が配置された薄暗い部屋に着くと、リリアはこちらを振り返って手を叩いた。


「これからまず試すのは解呪です。なるべく早く試したいとのことなので、二人にも作業を手伝っていただきたいのですが、よろしいですか?」


「ああ、もちろん」


「何をすればいいの?」


 リリアの指示に従い、俺は棚の高いところにある箱を取って机の上に出したり、その中に入っている得体の知れない、何かの骨らしきものを部屋の隅にあった小さな窯に入れて、火に掛けたりしていく。

 シルヴィはその間、ひたすら謎の葉っぱを石で出来たすり鉢のようなものに入れ、すりこぎっぽい棒でゴリゴリとペースト状にしていた。

 その後も細かい作業をいくつか経て、日が落ちてきた頃。


「今日はここまでにしましょう」


 リリア曰く、今さっき俺たちが作ったものは少し時間を置かなければいけないらしく、今日できることはもう終わったらしい。


 全員ひと息ついて少し休憩した後、リリアが白いシチュー的なものを作ってくれたので、それをカッチカチの硬い黒パンと一緒に三人で食べる。

 そして食後にやや癖のあるハーブティーのようなお茶を飲みながら、リリアが小さくため息をついた。


「はぁ……しかし、勿体なかったですね……」


「ん? 何が?」


「弓矢の指南役ですよ。『ノートルディアの星降る夜』に関わる絶好の機会だったのですが……」


 リリアがガックリと肩を落として言う。

 自分のことじゃないのに心底残念そうだ。


 確かに、リリアの語りは明らかに熱量が凄かったからな。

 相当好きなんだろうとは思っていた。


「ふん……あんなデタラメで恥ずかしい劇、関わらなくて正解だし……」


「デタラメで恥ずかしい?」


 シルヴィの呟きを聞いてなんのことだろうと疑問に思うと、リリアが横から答えてくれた。


「彼女はあのお話の元になった家の娘なので、素直に見れないんですよ」


「お話の元になった家の娘……ってことは」


 悪徳領主を懲らしめた弱小貴族?

 ……あ、いや、逆に悪徳領主側ってこともあるのか。

 どっちだ?

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