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第15話 貴族社会的には

「リリア、お話の元になった家って、どっち側なんだ?」


「どっち側? ……あぁ、なるほど、確かに悪徳領主の方だったとしても素直には見れない話ですね。その発想はありませんでした」


「ってことは、悪徳領主を懲らしめた弱小貴族の方か」


「ええ。といっても、今はこの辺り一帯の領主であり、辺境伯でもあるので弱小貴族ではないですが」


「領主!?」


 ってことは、シルヴィは領主の娘!?

 驚いて勢いよくシルヴィを見ると、彼女は超反応で俺と目が合わないように横を向いた。


「ちょ……急にこっち見ないでよ! また目が合って心臓が痛くなったらどうするの!?」


「ご、ごめん……シルヴィが領主の娘だっていうのが驚いて」


「もぉ……っていうか、あたし領主の娘じゃないし」


「……ん?」


 あれ、想像していたのとは違った。

 ってことはつまり……?


「お父さんは隠居してて、お兄ちゃんが後を継いだから」


「あー……そういうことか」


 つまり、シルヴィは領主の妹ってことだ。


「いや、それでも凄いな……そんなちゃんとした家なのに、シルヴィは大丈夫なのか? 冒険者なんて危険な仕事して」


「うちの家なんて、どさくさに紛れて領主家になっただけで歴史もないし、そもそも長男は領主継ぐの嫌がって次男が継いだような家だから、別にちゃんとしてなんかないし……」


 若干頬を染めながら小さな声で答えるシルヴィの横から、リリアが口を挟む。


「元は分家だったというだけで、血筋的にはちゃんとした領主家の一族じゃないですか」


「領主家の一族……あれ? そういえば、元は弱小貴族って話じゃなかったんだっけ?」


 確か悪徳領主を懲らしめた弱小貴族側、って話だったと思うけど。

 懲らしめた側も領主家の一族と聞くとかなり印象が変わる。


「あまり元になった現実の話はしたくないんですが……そこは劇になったことで観客受けが良い形に改変された部分ですね。本家から見れば分家は弱小と言えなくもない……かもしれませんが、実際のところ平民から見れば領主家の一族というだけで全然弱小ではないですから、劇では関係のない他家に変えられています。貴族とはいえ、やっぱり成り上がるなら弱小からというのが王道ですから」


「そういうことか……ん? ってことは、シルヴィの冒険者家業は……」


「はい。ちゃんとした家の、ちゃんとした領主様の妹なので、まったく、これっぽっちも大丈夫じゃありません。彼女は家出同然です。どんな手段を使っているのか、何度連れ戻しても半ば軟禁しても結局は外に出てしまうので、今となっては無理やり連行されることはなくなりましたが……事あるごとに領主家の使いが来て、泣きながら家に戻ってくるようお願いしてきます」


「リリア……そんな言い方ってないじゃん。一番最初にあたしを家から連れ出してくれたのは、リリアなのに……」


「分別もつかない幼子時代の話を持ち出されても困ります。ただ、あの頃の私であっても、将来シルヴィが不良になってしまうとわかっていたら、絶対に連れ出したりはしませんでした。シルヴィが不良になった原因が私にあるというのは認めていますので、冒険者家業には付き合っていますが……」


「不良って言い方もやめて……」


「冒険者って、この辺りじゃ不良扱いなのか?」


 最初の村ではそんな話、特に聞いたことはなかったけど。


「別に平民がなる分には不良ではありませんが、貴族子女、しかもよりにもよって領主様の妹が言うことを聞かず、強引に家を出てなるのは不良ですね」


「あぁ、そういう意味か」


 貴族社会的には不良ってことね。


「もうやめてよ……あたしだって領主の妹になんてなりたくなかったんだから。っていうか、なんでこんな話になったんだっけ?」


「劇の話ですよ。あなたが『ノートルディアの星降る夜』をデタラメで恥ずかしい劇と言うから、そこからあなたが何故そう思うのか、という流れで領主家の話になったんです。史実を元にしたというだけで劇は劇なんですから、気にせず楽しめば良いのにと思うのですが」


「無茶言わないでよ……突っ込みどころが多すぎて楽しむどころじゃないし、最後の展開なんてあれ……」


「あーあーあー! ダメです! 言わないでください! 私は美しい物語としての『ノートルディアの星降る夜』が好きなのであって、その元になった現実が実はどうだった~とかは、極力知りたくないです!」


 リリアが耳を押さえながら立ち上がり、一方的にまくし立てる。


「いや、リリアもうほぼ事情、知ってるじゃん……」


「大まかには知ってますが細部までは知らないですし聞きたくないんです! 特に主人公格の二人に関しては!」


「はいはい……あたしだって、身内の恥みたいなものを嫌がられてまで話したいわけじゃないし。もう劇には関わらないんだから、この話は終わりね」


「シルヴィ、それなんだけどさ。魔法銀の代用に、魔法鉄……だっけ。もしそれがダメだったら、どうするんだ? 確か魔法銀はいつ入荷するかわからないって話だったと思うから、下手すると劇の指南役を受けて、あの舞台監督って人に魔法銀を譲って貰った方が早いかもしれないけど」


 俺の疑問を聞いて、シルヴィは苦々しい表情でため息をついた。


「ハァ……ダメだったときのことを今から考えたくはないけど……その場合はなんとかするから、大丈夫」


「なんとかって?」


「言いたくない」


 顔を背けて言うシルヴィ。

 それを見てリリアが少し怒ったような顔をした後、フッと微笑んだ。


「シルヴィ、いくらなんでもその態度はどうかと思いますが……でも、安心しました」


「……安心って、何が?」


「ケイさんに絶対服従、というわけではなさそうなので。つまり、まだ魔眼の効果が顕著にあらわれているわけではないということでしょう? いつもとは多少、違う感じはしますが」


 リリアの言葉にシルヴィが一瞬固まる。

 今の今までその話を忘れていたのかもしれない。


「ま……まぁ、うん。まだ、逆らえないってほどではない……かな。でもこう、心理的な負担は凄いから、早くしないと取り返しのつかないことになるから。本当だから!」


「そこまで念を押さなくても本当なのはわかっています。あなたがそんな嘘をつくはずがありませんから」


「わ、わかってもらえたなら……いいんだけど」


 シルヴィがボソボソと、俯きながら返事をする。

 それに対しリリアは無言で、何かを見定めるかのようにシルヴィを見つめていた。


「あ……あたしお風呂入ってくる! リリア、そいつ見張っといて!」


「わかりました。行ってらっしゃい」


 シルヴィが浴槽に繋がるのであろうドアを開け、中に入っていったところで俺はリリアに聞いた。


「この家、お風呂があるんだ」


「はい。狭いですし、綺麗さでも貴族の家にあるようなものには遠く及びませんが、質の良い火魔石を使って独自に改良してあるので、機能面では引けを取らないと自負しています」


「おぉ……」


 アンファングさんの家ではお湯で濡らした布で体を拭く感じで、お風呂なんてものはなかったから、あるだけでも贅沢だ。


「……あのさ、最後でいいから俺もお風呂に入らせてもらってもいいかな?」


「いいですよ。入り方の説明は必要ですか?」


「あ、もしかしたら俺が入ってた風呂とは仕組みが違うかもだから、できれば教えてもらえると助かるかも」


「わかりました。……話は変わりますが、ケイさん」


 リリアはさっきシルヴィが入っていったドアの方に視線をやり、カップに入ったお茶を一口飲んでから、その言葉を口にした。


「シルヴィはあなたの魔眼がもたらす効果を、あなたに逆らえなくなる、つまり服従に類するもの……と言っていましたが、あれは嘘ですね?」

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