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第16話 願い

 俺はリリアの問いに一瞬、適当なことを言って誤魔化すことを考えたが、彼女の真剣な表情を見てそれは無駄だと悟った。


「やっぱり、気が付いてたか」


「はい。シルヴィは明らかに平常ではなく、魔眼の効果を受けています。にもかかわらず、あなたに逆らえなくなるような症状は一切ありませんでした。ただ、彼女が言っていた『早くしないと取り返しのつかないことになる』という言葉に嘘は感じられませんでした。つまり、魔眼の効果は『服従』ではない形で今も進行している……そう考えました」


「そこまでわかるんだ」


 確かにシルヴィは動揺しまくりだったので、そういう意味ではわかりやすくはあったが、あれだけの言葉で嘘と本当の部分までこれほど正確に見抜いているとは。

 俺が感心していると、リリアは少し寂しそうに笑って言った。


「親友ですから」


「そっか。なら、わかってもらえると思うけど……俺の口から魔眼の効果を言うことはできない」


「シルヴィに口止めされているから、ですね?」


「……リリアはもう明らかに魔眼の効果が違うことに気が付いているようだから、それに関しては変な誤魔化しをする気はない。けど、その効果自体を俺が言ってしまうのは違うからな」


 リリアは思いのほか察しが良いようなので、もうほぼ意味はないかもしれないが……約束は守る。


「わかりました。では、私は私の考えを言います。いいですか?」


「肯定も否定もしないけど、それでもいいなら」


「問題ありません。……結論から言ってしまうと、私は魅惑や魅了など、心を惹きつける系統の効果だと思っています」


 いきなりドンピシャじゃん。


「理由は?」


「シルヴィが胸を押さえて倒れたことがあったでしょう。あのときはあまりに大袈裟すぎて、症状と頭の中にある知識が結びついていませんでしたが……あなたの目を見た瞬間、胸が締め付けられて苦しくなったというのはもう、典型的な物語によくある恋する乙女でしょう」


 あぁ……やっぱり、この世界にもそういうのはあるのか。


「シルヴィは本を全然読みませんし、劇もあまり好きではないので自分では気が付いていないのでしょうが……ケイさんと目を合わせたくないと言っている割にはその姿を目で追ってますし、喋ると顔が赤くなりますし、あからさまです。認めたくないのか、口では反発していますが」


「そうか……いや、俺からは何も言えないけど」


「ケイさん、それを踏まえて私からお願いがあります」


 リリアは改めてこちらに向き直り、俺の目を見て言った。


「もしすぐシルヴィに掛かっている魔眼の効果が解けず今後、彼女がどのような行動に出たとしても……彼女に手は出さないでください」


 当然と言えば当然のことをリリアは願った。

 シルヴィは言ってしまえば今、正気ではない状態だ。


 そんな彼女に手を出すのは人道にもとる。

 彼女が望んでいるように見えても、魔眼が効いている以上、それは彼女自身の意志ではないのだ。まっとうな大人として手を出していい訳がない。


 シルヴィは間接的に『人生がメチャクチャになった』というようなことを言っていたから、もちろん魔眼の効果が切れた後、何かしらの責任を取れと言われたら取るつもりではあるが……それは後々の話だ。


「元から出す気はないけど……わかった。指一本触れないと誓うよ。仮にもし向こうから触れてきたとしても、絶対に抵抗する」


 まっすぐにリリアの目を見返して答える。

 それに対し彼女はしばらく無言で応えた後、穏やかに微笑んで言った。


「……ありがとうございます。その言葉を信じます」


「元は俺が原因で招いた事態だから、お礼を言われるようなことじゃないんだけど……」


 むしろ報復されないだけマシまである。


「ケイさんの目を勝手に見た私たちにも非はありますから。でも、あなたがそう言ってくれる人で良かった」


「こちらこそ……ん?」


 ふと何か気配を感じて左方向を見る。

 直後、浴槽に続くドアに若干あった隙間がバタン! と勢いよく閉まった。


「あれ……今のもしかして、シルヴィか?」


『石鹸! 石鹸取りに来ただけだから!』


 ドアの向こうからシルヴィの言い訳が聞こえる。

 ……リリアとの会話は聞かれていたのだろうか?


 俺自身は聞かれて困ることを話してはいないが、シルヴィはリリアに色々と悟られていると知ったらショックかもしれない。

 ただ、それとは別に少し気になることがある。


「シルヴィが風呂に入ってからそこそこ時間経ってるよな……」


 今になって石鹸を取りに来るとかあるのか?

 あと実際取りに来ていたとしても、俺たちを覗く理由にはならないんだよな……。


 そんな風に考えていると、リリアもシルヴィの言い訳に何か思ったのか、大きくため息をついて額を手のひらで押さえた。


「はぁ……何を考えているのかは、よくわかりませんが……あきらかに平常ではありません。まだそこまで時間が経っていないのにこれは……急がないと……」


「……で、できることは、協力するから」


 手始めに、リリアが別作業の準備を進める間、俺は食事の洗い物を片付けることにした。



 〇



 翌朝。居間のソファで目が覚めた俺は、リリアに起こされ工房部屋に向かった。

 一足先に起きて作業を進めてくれたリリアのおかげで、解呪の準備が整ったらしい。


「シルヴィ、魔法陣の中に入ってください」


 リリアは先に居たシルヴィを工房部屋の隅にある、紫色の液体で描かれた魔法陣の中に立たせた。

 複雑な文様と呪文らしき文字がビッシリと円形の中に描かれている。

 昨日色々と進めた作業はこの魔法陣を描くため準備だったとのこと。


「ケイさん、先日お話しした件ですが……少し血をいただいても良いですか?」


「もちろん」


 リリアの言葉に快諾して指を差し出すと、彼女は小さなナイフで俺の指を切り、小瓶に垂れた血を入れた。

 指を切られても全然痛くなかったので驚いていると、使ったのは魔法が掛かった痛覚を麻痺させるナイフだという。


 麻酔いらずで凄いな……と感心していると、包帯を巻いてもらった指がズキズキと痛み始めた。どうやら痛覚の麻痺はそう長く続かないらしい。


「始めます」


 小瓶に入った俺の血を魔法陣の数か所に垂らし、リリアが呪文らしきものを唱えていく。すると魔法陣が薄っすらと輝き始めた。


 やがてその輝きはシルヴィも覆い、彼女を包んだ紫色の光がひときわ強く輝いた、次の瞬間。


「きゃ!?」


 バチッ、という電気が弾けたような音と共に光は消え、シルヴィが両目を手で押さえてしゃがみ込んだ。


「シルヴィ、大丈夫ですか!?」


「う……うん、だい、じょうぶ……ちょっと目の奥と頭がズキズキするけど……」


「見せてください」


 リリアがしゃがみ込むシルヴィの頬を両手で押さえ、目をジッと見つめる。


「本来であれば解呪に成功した場合、独特の魔力波が見えるのですが……すみません、ダメだったようです」


「失敗、ってこと……?」


「はい。しかも解呪の魔法陣で魔力の揺らぎすら見えないほど強固となると……残念ですが、魔法鉄を使った抗呪のペンダントを作っても、魔眼の効果を解くのは間違いなく不可能でしょう。もしかすると、魔法銀ですら怪しいかもしれません」


「そんな……」


 シルヴィは落胆したようにガックリと肩を落とした。

 しかしすぐ顔を上げ、リリアを問い詰める。


「で、でも! 魔法銀ですら怪しいかも……ってことは、逆に言えば魔法銀なら可能性はあるってことだよね!?」


「それは……」


 リリアは少し困ったような表情で眉をひそめるが、シルヴィの縋るような視線を前に首を小さく横に振って答えた。


「……いえ、そうですね。可能性はあります。少なくとも、やる前から諦めるほど可能性は低くありません」


「だよね、だよね!? よかったぁ!」


「ですが……素材となる魔法銀の調達はどうするんですか? もうこの町にはないようなので、もしあの舞台監督から譲り受けるのでなければ、他の町を探さなければなりませんが……」


「……そうなんだよね」


 シルヴィは再びガックリと肩を落とすと、両手両膝を床につきながら、大きくため息をついた。


「ハァ……でも素人のあたしたちが他の町を探しても、どれだけの時間が掛かるか……」


「そうですね……魔法銀は貴重なので、もし物があったとしてもお得意様にしか売らない、ということも普通にあり得る素材です。私もミルラン商店の魔法素材屋は母が贔屓にしていたということもあり、店長とは懇意にさせていただいていたので……」


「そうなると……『アレ』をやるしかない、のかなぁ……」


「何か宛てがあるのですか?」


 リリアが聞くと、シルヴィは苦々しい顔で目を伏せた。

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