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第17話 あの有名な

「実家……」


 シルヴィが小さい声でボソリと呟く。

 俺は聴力が強化されているせいか聞こえたが、リリアは聞こえなかったようでシルヴィに聞き返した。


「はい? 今なんて言いました?」


「だから……その……秘技、実家に頼る……っていう……」


「えっ……」


 リリアは驚愕に目を見開いた。


「あれだけ実家に迷惑を掛けて家出して、領主家の方からのお願いも一切聞かず、領主様が直々に来ても暴言を吐いて追い返したシルヴィが……実家を、頼る?」


「そ、そんな言い方しなくても……まぁ事実だけど……でも、勝算はあるから!」


「……嫌な予感がしますが、勝算とは?」


「魔法銀を買ってくれたら、大人しく実家に戻るって言う」


「…………それ、本当にそうするつもりですか?」


 リリアがジト目で聞くと、シルヴィは目を逸らして髪を指でいじりながら言った。


「戻るよ? 戻る…………しばらくの間は」


「シルヴィ……」


「でも、仕方ないじゃん……他に方法がないんだから。劇の指南役? とかで、ひと月……下手したらふた月以上とか、絶対そんなのダメだから」


 リリアはシルヴィの言葉に眉をひそめて目をつぶり、ひとしきり悩んだように唸ると、最後は覚悟を決めたかのように頷いた。


「……わかりました。確かにシルヴィの言う通り、短期間でどうにかする方法はそれしかないと思います」


「よかった、リリアがわかってくれて……」


「ですが、もし実家を頼った後に領主様との約束を反故にするのであれば、もう私たちはこの町にいられません。もちろん、領主様の館がある隣街もダメです」


「え……なんで?」


「なんで、じゃないですよ。今までシルヴィは散々、領主様の意向に従わず実家に迷惑を掛け続けてきましたが、今回の件で約束を反故にするのはさすがに度が過ぎています。いくら身内といえど許されないと思いますし、もし許されたとしても、あなたは結婚適齢期。家に戻り、貴族の女子として他の家に嫁ぐという責務を果たさず好き勝手やるのはいい加減に無理があります。あなた、これからも他の家に嫁ぐ気とかないでしょう?」


「ない。貴族の男とか絶対無理。死んでもごめん」


「であれば事が終わったら町を出て旅に出ましょう。地元に残って変に期待を持たせるから、領主様も諦めないのです。あなたが貴族の責務を放棄するならば、実家とは袂を分かち、新たな拠点を探すのです」


「えぇ……面倒……」


 シルヴィがそこまで言った瞬間、リリアの表情が真顔になった。


「……じゃなくて、そんな、リリアまで巻き込めないよ」


 慌ててシルヴィが訂正し、思ってもなさそうなことを言うと、リリアはニッコリと笑って人差し指を立てた。


「大丈夫です。この家は元々、新薬の素材探しで旅に出ている母の持ち家ですし、母が留守の間も管理してくれる方の伝手はあります。それに私もそろそろ実家を出て、独り立ちしたいと思っていたんです。魔女として見識を深めるため、他の国も見てみたいと思っていましたし。ただ……」


「……ただ?」


「もしシルヴィが実家との約束を反故にしてなお、この町に残るというのであれば……仕方ありません。私一人で旅に出ようかと思います」


「や、やだなぁ……あたしもついて行くって」


「シルヴィならそう言ってくれると思ってました」


 リリアは笑顔で言うと、次の瞬間いきなりスン、と真顔になって手を叩いた。


「さあ、そうと決まったらすぐに準備しましょう」


「いきなり真顔になるの怖いからやめてよ……」


「もし魔法銀の入手が上手くいかなかった場合、それはそれで旅に出る必要があります。つまり上手くいっても上手くいかなくても、最終的にこの家は出ます。私は先んじて母が戻るまで家を管理してくれる伝手の方に連絡してきますので、シルヴィとケイさんは旅の荷物をまとめておいてください。すぐ出るわけではないので、今はある程度で大丈夫です」


「ああ、わかった」


 とはいえ、俺はほとんど着の身着のままなので、まとめる荷物はないんだけど。


「あ、あたしもリリアについて行く!」


「シルヴィも? なぜ……いえ、そうですね、わかりました」


 リリアはチラリと俺に視線を向けると、何かを察したように頷いた。

 シルヴィの発言はほぼ間違いなく、俺と一緒の留守番を避けるためだと思われる。


 確かに魔眼の効果を考えたら、不用意に二人で留守番などはしない方がいい。

 リリアもシルヴィの言葉を聞いてそう思ったのだろう。 


「ではシルヴィは私と一緒に行きましょう。色々と旅に必要な買い物などもあるでしょうし、ここにある荷物をまとめるのは帰ってからにするとして……」


 そうして、リリアとシルヴィは家を出て行った。

 一人留守番を任された俺は、リリアに読んでいいと言われた『ノートルディアの星降る夜』の小説版を片手に持ち、居間のソファへと腰掛けた。


「ちゃんと読めるのが不思議だよな……」


 加護のおかげか、習ったこともない異世界の文字が日本語並みにすらすらと読める。しかもこの世界の文化特有の比喩表現とかも読んだ瞬間、意味も合わせて理解できる。女神様の加護すげぇ。


「こんなことができるんだったら、初めからこの世界の情報を一通り頭に入れておいてくれればいいのに……」


 もしかしたら情報自体は俺の頭に入っていて、この小説を読んだときみたいに何か切っ掛けがないと思い出せない、みたいな感じなのかもしれないけど。

 ……いや、そもそもそれができるんだったら魔眼について詳しい情報を頭に入れておいてくれよって話か。

 そしたら最初の村でアンファングさんとジエナさんを巻き込まずに済んだかもしれない。


「そういえば二人とも、元気にしてるかな」


 俺が離れていることによって、魔眼の効果が切れてたらいいけど……そうじゃなかったとしたら。


「俺のことを追って、二人ともこの町まで来てたりして……」


 確かあの二人はこの町が故郷だって言ってたから、その可能性はある。

 そう考えた次の瞬間。

 玄関のドアがコンコン、とノックされた。


「っ!?」


 驚いて姿勢を正し、小説を机の上に置いて耳を澄ませる。

 嘘だろ……まさか俺、フラグ立てちゃった?


『おーい、お嬢ちゃんたちと狩人の兄ちゃんよ。いるかい? 昨日の話、交渉しに来たんだが』


 玄関に移動してドアの向こうから聞こえてきた声は、魔法素材屋で会った舞台監督だった。悪い予想が当たらなかったことにほっと胸を撫で下す。


 しかしすぐに別の疑問が浮かんだ。なぜ彼がここに……?

 そう思いながら少し警戒しつつ、フードを目深に被ってドアを開けると、舞台監督は大袈裟に両手を広げて破顔した。


「おー! 兄ちゃんか! いきなり訪ねて悪いな。気が変わったら来てくれって言っといてなんだが、オレとしてはやっぱ、アンタが惜しくてよ。素材屋の店長に頼み込んでこの家を教えてもらったんだ。指南役の件、昨日はなんか期間的な長さが引っかかってたみたいだろ? その辺り、お嬢ちゃんたちも含めて交渉できねえかと思ってな」


「あー……すみません、今彼女たちは不在なんですけど、実は魔法銀に関しては当てができまして……」


 シルヴィは多少期間が短くなったぐらいじゃ、俺の弓矢指南役を許可しないだろう。彼女の指摘を受けた結果、今となっては俺自身も指南役はリスクが高いと認識を改めているし、既に別プランとしてシルヴィの実家を頼るという方針にもなっているから、ここは断っておくべきだ。


「マジか。ミルラン商会の伝手でもないと入手は難しいと思ったが……どんな当てだ?」


「実は……」


 シルヴィが領主の身内であり、その伝手で実家を頼ることになったと説明する。


「おいおい、マジかよ。ってことは、あのお嬢ちゃんがお転婆娘で有名な領主様の妹か」


 舞台監督は驚きながら頭をかいた。

 シルヴィ、有名なのか……いや、よくよく考えたら然もありなん、って感じか。

 幾度となく家を抜け出して冒険者やってるんだもんな。


「なるほどなぁ……それじゃあ残念だが、仕方がねえな。妹とはいえ、領主様の身内には逆らえねえ」


「わざわざ来てもらっておいて、すみません」


 領主様の身内に強引な交渉はできないだろうと踏んで伝手の件を話してみたが、案の定あっさりと引き下がってくれたようだ。


「そうか……いやしかし、本当に残念だな。オレは運命ってもんを信じるタチでね。狩人を探しているときにちょうど狩人のアンタと会ったもんだから、こりゃ絶対に運命だと思ったもんだが……まさか外れるとは。うちの劇団に来てくれれば、色々と便宜が図れたんだがなぁ……」


 舞台監督は顎に手を当てて心底残念そうに言った後、ニカッと笑って片手を上げた。


「ま、いつまでも過ぎたことを言ったって仕方がねえ。帰って代わりの人間を探すとするわ。お嬢ちゃんたちにもよろしく伝えてくれ。そんじゃ、またな」


 挨拶もそこそこに彼を見送り、俺はドアを閉めて居間に戻った。

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