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第18話 クレモルダン

 舞台監督が帰り、しばらくした後。

 家に戻ってきて支度を終えたリリア、シルヴィと一緒に領主家がある隣街へと向かうことになった。


 隣街とはいえ最初の村からこのノートルディアへ来たときみたいに徒歩だとそれなりの距離があるものだと思っていたが、実は違うらしい。


「隣街って、本当に『隣』なんだな」


 リリアの家を出て右に曲がり、城壁沿いに歩いていって町の西門を抜けると、そこはすでに領主家がある街、クレモルダンだった。


「はい。元々は少し離れた場所にある小さな村同士だったのが、それぞれが大きくなりやがてくっ付いたらしいです」


 正確にはクレモルダンがどんどん発展して、ノートルディアの城壁まで土地を広げた形だという。どちらも同じ領主家が治める土地だったからまだいいものの、もし管轄が違ったら大変だったでしょう、とのこと。


「なるほどな。じゃあシルヴィは家出しつつも、実質かなり家の近くで活動してたわけだ」


「そうなりますね」


 それは家族から『戻ってこい』って言われても仕方がないな。

 そんな俺たちの会話を聞いて、シルヴィがリリアを挟んだ向こう側から抗議してくる。


「違っ……くはないけど。でもこの近辺で他に冒険者ギルドがある町なんてないし、仕方ないじゃん。そもそも、あたしはリリアと同じノートルディアの生まれだから、地元に戻ったってだけだし。当時、実家が領主家になったからクレモルダンに引っ越したってだけで」


「……そっか」


 地元に戻ったと言ってもお隣だから、ほぼ変わらない気もするけど、あまり掘り下げると可哀相なのでやめておく。

 そんな話をしながら、だいたい一時間ぐらい歩いた頃だろうか。

 リリアは広い庭がある、立派な洋館の門前でこちらを振り向いた。


「着きました。ここが領主様の館です。シルヴィ、お願いします」


「……うん」


 シルヴィが門に近づこうとしたとき、ふと気が付いた。

 あれ? 俺って今回、必要か……?


「ちょっと待った。今さらで悪いんだけど、俺っていない方がよくないかな?」


 現状、俺はフードを目深に被った目も合わせられない不審者であり、『シルヴィが実家に戻るという条件と引き換えに、魔法銀を手に入れてもらう』という交渉にどう考えても不向きだ。


「それホント今さらじゃん……だから、もし交渉が決裂したら説得のために、兄貴に魔眼を掛けてもらって事情を説明するって言ったでしょ?」


 シルヴィが肩をすくめ、呆れたように言う。

 俺、そんなこと聞いたっけか……?


「シルヴィ……それ、私たちだけで話した内容で、まだケイさんには伝えてなかった気がします」


「え? ……あ」


 リリアの言葉を聞いたシルヴィは今思い出したというような反応をすると、顔を赤くして小さく咳払いした。


「んんっ……まあ、人間誰しも忘れることはあるから、ね……」


「俺も今の今まで気が付かなかったから、それはいいんだけど……いざとなったら兄貴に魔眼を掛けて交渉するって、いいのか? その……」


 魔法素材屋では、赤の他人に魔眼を掛けて人生をメチャクチャにするぐらいなら治したくなんかない、的なことを言ってたのに。


「あくまで交渉が決裂したときの保険だから。だって、他に説得できそうな方法がないんだから仕方ないじゃん。それで治す方法が見つかれば問題ないわけだし」


「もし見つからなかったら?」


「兄貴には治るまで、あたしと同じになってもらう。身内だから別に遠慮とかいらないし。あたしの大変さを思い知れって感じ」


「…………」


 いや、まあ、うん……シルヴィがそれでいいなら、俺はいいけど……。


「あっ……その、別に身内だからどうでもいいとか、蔑ろにしていいとか思ってるわけじゃなくてね? 兄貴とあたしの間には今まで蓄積された確執というか、そういうのがあって……あたしは元々、家族は大事にする方なんだけど、兄貴だけは例外っていうか……」


 シルヴィのよくわからない言い訳を聞いていると、衛兵らしき人物が前方の門を開き、その向こうから黒の燕尾服を着た老人が歩いてきた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


「じいや……迎えに来るのが早くない? あたしが来るってわかってたの?」


「はい、存じ上げておりました。それも含めて、セリュー様よりお話があります。お供の方々もどうぞ、こちらへ」


 じいやと呼ばれた執事らしき老人はそう言って前を先導すると、門から入ってすぐの場所にあった馬車に俺たちを乗せ、自分は御者台に乗り手綱を握った。

 そして馬車を走らせ広い庭を移動し、館の前に着くと、再び俺たちの前を歩き案内してくれる。


「セリュー様、シルヴィア様とお供の方々を連れて参りました」


「……入れ」


 館の奥へ進み、とあるドアの前でそのようなやり取りをした後。

 老人はその部屋に俺たち三人を入らせ、自分は中に入らずドアを閉めた。


「久しぶり、兄貴」


「ご無沙汰しております、セリュー様」


 シルヴィとリリアがそれぞれ挨拶すると、書類が重ねられた執務机に向かう男性がペンを置き、目に掛けた眼鏡を中指で押し上げる。

 彼がシルヴィの兄……ここら一帯の領主様か。


 髪の色はやや暗めの茶髪で顔もあまりシルヴィとは似ていないように見えるが、若干の釣り目がちな瞳は赤色でそこだけは血の繋がりを感じさせる。


「ちなみにこの人は森で魔物に襲われてるときに出会った凄腕の狩人、ケイ。魔物から命を助けてもらったお礼として、彼が初めて来たノートルディアとかクレモルダンとかを案内してるところ。顔にひどい傷があって、そのせいで人と目を合わせられないけど、悪気はないから許してあげて」


 なるほど、そういう設定で進めるのね。


「……ケイです。初めまして」


 フードを目深に被ったまま挨拶する。

 貴族への挨拶方法なんて知らないので、田舎の寡黙な狩人を意識しながら口数少なくしてみたが……大丈夫だろうか?


「そうか」


 俺の心配は杞憂だったようで、領主様は一言そう口にすると、シルヴィに向かって続きを促した。


「それで? 何を言っても何度連れ戻しても家を出て行く不良娘が、今度はいったいなんの用だ?」


「今日はちょっと頼みがあってさ……」


 シルヴィが領主様に『説得用』の事情を説明していく。

 それは要約すると、『時間が経つと衰弱死する呪いを魔物に掛けられたから、それを解くための素材として魔法銀が欲しい』という内容だ。

 もちろん俺や、魅了の魔眼に関しては一切伏せている。


 領主様はシルヴィの話を一通り聞くと、静かに目をつぶって呟くように答えた。


「……話はわかった。すぐに魔法銀を手配させよう」


「っ! ありがと、兄貴。助かるよ」


「ただし条件がある」


 領主様は両手を顎の前で組み、シルヴィを真剣な表情で見ながら言った。


「呪いを解いたら家に戻り、然るべき家柄の貴族と婚約し、嫁げ。貴族の娘として生まれた責務を果たせ」


「わかった」


 シルヴィは即答した。言ってきた条件が想定の範囲内だったのだろう。

 あと、どっちにしろ約束は反故にして家とは袂を分かつ、という話だから気にしていないんだろうな。


「随分と早い返事だが、どういった心境の変化だ? あれだけ他家に嫁ぐのを嫌がっていたのに」


「さすがのあたしも、命が掛かっている状況じゃあね……それに、今回のことで危険なことは懲りたから」


 シルヴィは両手を小さく上げて降参しているようなポーズをした。


「……ふん。今度という今度は後々、家を抜け出そうとしても容赦しないぞ。首輪を付けてでも嫁がせてやる」


 領主様はそう言って椅子の背もたれに寄りかかった。

 今までの前例があるからか、シルヴィがすんなり約束を守るとは思ってなさそうだ。


 しかし今回のシルヴィはただ家を抜け出すだけじゃなくて、この地域から出て行こうとしてるからな……さすがにそこまでするとは予想していないだろう。


「どうぞご勝手に」


「ならばいい。そちらも手配も進めよう。……話は終わりだ。もう行っていい」


「はーい。……あれ? そういえば兄貴から話があるって、じいやが言ってたんだけど」


「先ほど話した内容とほぼ同じだ。問題ない」


「あれ、それだけだったっけ……まだ何か聞きたいことがあったような……?」


 悩んでいるシルヴィを横目に、ふと思う

 彼女が聞きたい内容と同じかは知らないが、あのじいやって呼ばれてた人がなぜ、俺たちが来ることを知ってたのか、それは興味がある。


「……うーん、思い出せない。まあいっか。じゃ、帰る」


 どうやら話は終わりでいいらしい。

 俺の疑問も些細なことだから、聞けないなら聞けないで特に問題はない。


「ほら、二人とも行くよ」


 シルヴィに促されたので踵を返し、俺は一番後ろにいたのでドアを引いて開けた。そのまま下がってリリアとシルヴィを先に通す。

 そして自分も部屋を出て行こうとした、その時。


「待て」


 領主様から制止の声が掛かった。

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