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第20話 飢えた野獣

 アンファングさんは小さく咳をすると、真剣な表情で俺を見据えて言った。


「謝ろうと、思ってな」


「…………え?」


 責められたら土下座するつもりでやや前傾姿勢になっていた上半身が、予想外の言葉を聞いてピタリと止まる。


「まあ、その、なんだ……なあなあで押し切ろうとしてた件について。な?」


 アンファングさんが横向いてジエナさんに同意を求めると、彼女は目を伏せて頷いた。


「はい。私たちはケイさんの気持ちを考えもせず、こちらの都合で勝手に事を運ぼうとしていました。まさか逃げられるとは露ほども思わず……」


 ジエナさんは声を震わせながらそう言うと、顔を伏せて何処からともなく取り出したハンカチで目元を押さえた。

 話の内容を聞く限り、これどう考えてもアンファングさんとジエナさんが結託して、その……俺を複雑な家族関係の一員にしようとしたことを言ってる、よな。


「それもこれも、私が私の美貌を過信していたのが原因です。お恥ずかしい……」


「ええと、ジエナさんに問題があるというわけでは、まったくなくてですね……」


 自分で『私の美貌』とか言っちゃうのも頷けるぐらいには、ジエナさんは美人だ。しかも年齢も、聞いてはいないから正確にはわからないが多分、前世の俺とそう大差ないだろう。全然アリどころか、むしろ普通の出会いだったらこっちからお願いします、って感じである。

 ……そう、普通の出会いなら。


「私に問題がない……のであれば、問題ないのでは!?」


「おっ……おいジエナ、落ち着け。ケイが完全に引いてるぞ」


 身を乗り出しそうになったジエナさんをアンファングさんが慌てて押さえる。

 ジエナさんの勢いが凄い。まるで飢えた野獣のようだ。


「ご、ごめんなさい……では、何が問題なんですか?」


「これは俺が原因なんですが……お二人が魔眼に掛かっている状態が問題です」


 もし長期間、魔眼に掛かり続けた結果、副作用のようなものがあったとしたら。

 仮に副作用がなかったとしても魔眼自体、一定期間で効果が消えるようなものだったとしたら。

 魔眼の効果が消えたとき、二人が俺に対してどういう印象を持つか……どういう行動を取るかわからない。実際のところ、この魔眼に関して重要な部分はまだ、ほとんどわかっていないに等しいのだ。


 そんな現状で魔眼に掛かった二人の言うことを聞くわけにはいかない。

 ……いや、魔眼に掛かった状態じゃなくても正直、勘弁願いたいんだけど。

 こればっかりは、いくら異世界に放り出されて食うに困っていた俺を助けてくれた恩人夫婦といえど話が別だ。


「なので、まずは第一に魔眼の効果を解いて……」


「魔眼の効果が解けたら良いってこと!?」


 ジエナさんが食い気味に言う。

 その勢いたるや、アンファングさんの屈強な腕をあと少しで振り解いてしまうんじゃないかってぐらい。


「いえ、そうではなくて、まずは解いてから話を……」


「確か今探してるのは魔法銀という話だったわよね! それがあれば魔眼の効果が解ける!? わかりましたミルラン商会の総力を挙げて今すぐにでも確保しましょう! ええ、そうしましょう!」


 ジエナさんは突然立ち立ち上がり自分の問い掛けに自分で答えたかと思うと、機敏な動きで退室の礼をして部屋から出て行った。


 やばい……ジエナさん、全然話にならなかった。

 あれは相当、魔眼が効いてしまってる。

 キマッてると表現しても過言ではない。


「あいつ、マズいな……」


 アンファングさんが愕然としながら、ジエナさんの出て行ったドアを見て呟く。

 彼も俺と同様の感想を抱いているようだ。


「アンファングさん、もし今回探している魔法銀で魔眼の効果が解けなかったら……」


「皆まで言うな。そんときはお前の好きなようにしてくれ。お前が言う、まずは魔眼の問題をどうにかすべきだって話はもっともだ。あいつは明らかに正気じゃない。程度の差はあれど、オレもそうなんだろうが。……それに、情けない話だがオレはあいつを止められねえ。負い目があるからな」


 いや止めてくださいよ、という言葉が喉まで出掛かるが、でもその負い目とかも俺が現れなかったら発覚しなかったことだしな……。

 でも負い目の話はともかくとして、アンファングさんはジエナさんが正気じゃないことを認識している。そう考えると、彼は相対的にかなり正気を保っているように思う。


「いやまあ……負い目があるから止められないってだけじゃないんだけどな。オレも、お前の子供だったらさぞかし可愛いだろうなぁって思うし。これは魔眼の効果がなくてもそう思うぜ。間違いねえ」


 ……いやダメだ。全然正気じゃない気がする。

 これは魔法銀で魔眼の効果が解けなかったら、別の方法を見つけるまで逃亡一択だな。



 〇



 俺たちが話していた応接間とは別の場所で待っていたシルヴィとリリアに合流し、帰り道。

 二人に細かい経緯は省きつつ、アンファングさんとジエナさんも俺の魔眼に掛かっていることや、彼らも魔法銀の入手に協力してくれることを説明した。


 話を聞いたときリリアもだが、シルヴィはより一層驚いていた。

 そりゃ身内、しかも兄とその妻が両方魔眼に掛かってるとか、どんな偶然だよって話だもんな。


 そして全員でリリアの自宅に帰り、さあ魔法銀が見つかるまでにゆっくり旅立つ準備でもしようか、なんて話していたその日の夜。

 なんとジエナさんが魔法銀を手に入れて俺たちのところまで持ってきてくれた。


 どうやら舞台監督が買った例の魔法銀を、立場に物を言わせてほぼ無理やり強奪してきたらしい。

 もちろん後で違う魔法銀を買って補填はするらしいが……だったらあの魔法素材屋で俺たちがした交渉はなんだったんだと脱力した。


 それから急ピッチで魔法銀を素材にリリアが抗呪のペンダントを作っていき……三日後の夜。工房の一画にて。


「ダメ、ですね……」


 リリアが星形に作った抗呪のペンダントをシルヴィの首に掛けて効果を確認するも、変化は何もなく。残念ながら早期に魔眼の効果を解きたいという、シルヴィの期待に沿えない結果となってしまった。


「…………」


「で、でも! これですべての策がなくなったわけではありません。他にも解決策はあります」


 明らかに落ち込んだ様子のシルヴィを励ますように、リリアが魔眼の効果を解く新たな解決策を話す。

 リリア曰く、彼女には自分より優れた魔女として母親と、その師匠である大婆様と呼ばれる人物がいるらしい。


「母の現在地は不明ですが、大婆様は帝都にいらっしゃると思いますので、彼女を頼るのが次の解決策です」


 悠久の時を生き、自分や母よりも遥かに優れた魔女である彼女であれば、魔眼の効果を解く知恵を借りることもできるのではないか、とのこと。

 リリアの説明にシルヴィは小さな声で質問した。


「どれぐらい、掛かるかな」


「どれだけ馬車などで移動できるかによると思います。私たちだけで馬車を借りるほどの余裕はありませんから、基本的に商人や他の乗り合い馬車を見つけて乗り継ぐ形になるでしょうが、それらが見つからない場合や資金の兼ね合いもありますから……数か月は考えておいた方が良いかと」


「数か月……」


 シルヴィは天井を見上げボーっとした様子で呟くと、相変わらず目は合わせずに俺の方を向いて言った。


「……アン兄とジエナさんのことは、どうするんだっけ?」


「どうもしない。俺はシルヴィとリリアについて行く」


 つまり夜逃げだ。シルヴィたちが領主様との約束を反故にして、ここを無断で旅立つのに便乗する形になる。


 そうでもしないとアンファングさんはともかく、ジエナさんはどういう行動に出るかわからない。あの様子だと次は俺を拉致監禁とか企ててもおかしくない気がするからな。


 シルヴィとリリアには、アンファングさん夫妻がなぜ俺を追ってきたか、なぜ魔法銀の入手を協力してくれたかの詳しい理由を話していない。

 ただ俺が濁した詳細を改めて聞いてこないあたり、ロクでもない理由であることは容易に予想がついているだろう。


「そう……」


 シルヴィは俺の胸辺りをジッと見ながら言うと、自分の胸元に下げた抗呪のペンダントを握りしめた。

 抗呪のペンダントに魔眼の効果を解除する効果はなかったが、それとは別に精神系の魔法に対するお守りとしての効果はあるらしいので、そのまま付けておくことになったのだ。


 ただ魔法陣の発動時と同じく、そのペンダントにも俺の血が使われているのだが、それはいいのだろうか。俺だったら他人の血が使われたお守りとか、ちょっと気持ち悪いというか……気が引けるんだけど。

 そんなことを考えていると、リリアが場の空気を変えるようにパン、と手を叩いて言った。


「改めて、方針は決まりましたね。では予定通り家を出ましょうか。領主様には結果が出るのは来週、と伝えてはありますが、旅立ちは早ければ早いほど気が付かれにくいでしょうから」


 結果がどうであれここを出ると決めた日から少しずつ準備を進めていたおかげで、あとは旅立つだけとなっている。

 領主様にも『実家と袂を分かつ』という内容を書いたシルヴィの手紙が来週届くようにしてあるので、準備は万端だ。


「では、夜逃げの開始です!」


 こうして、俺たち三人は数日を過ごしたリリアの工房を後にした。

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