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第21話 戦うしかない

 月明かりが照らす森の中。

 ノートルディアの町を出て、申し訳程度の舗装がされた街道を三人で進んでいく。


 領主様も、まさかシルヴィが約束を反故にするだけならいざ知らず、実家と袂を分かち地元を離れるとまでは考えていなかったのだろう。

 町の門番にも引き止められることなく、スムーズに門を通ることができた。


「なあリリア、今から向かう帝国っていうのはどんなところなんだ?」


 俺たちがいたノートルディアの町はエルヴァニールという王国の一地方で、帝国はエルヴァニール王国の友好国だという話は事前に聞いたのだが、逆にいえばそれ以外の情報は全然知らない。


「そういえば話していませんでしたね。正式にはダリスティア帝国といって、世界でも数が少ない魔法使いを優遇し、多く召し抱える大陸一の大国です。皇帝も代々強力な魔法使いで、なんと今代の皇帝は空に浮かぶ星を地上に降らせることもできるのだとか」


「星を!?」


 とんでもないな。規模にもよるだろうが、そんな魔法使いのいる国と戦争なんてまともにできないだろう。話に聞くだけでも相当なインパクトだ。

 皇帝だけじゃなく他の魔法使いも多くいるっていうし、戦力に物を言わせて他国を侵略しまくっているのだろうか。


 帝国という名のイメージからそんなことを思ったが、話を聞くところによると帝国は皇帝をはじめ圧倒的な戦力を保有してはいるものの、積極的にそれを振るうことはせず、他国への武力による侵略もほぼ皆無に等しいという。


「むしろ他国との調停役に回ることが多いようですね。この間も長く戦争を続けていた二国を停戦させましたし。今代の皇帝は歴代の中でも史上最強と言われるほど強い魔力を持っているらしいですが、調停や交渉に関しても史上類を見ない結果を出しており、今の大陸は歴史上もっとも戦争が少ないことから、『テオドラによる凪の時代』とも言われています」


 ちなみにテオドラは現皇帝の名前らしい。


「一方、武力を背景に帝国が有利になる調停や交渉を半ば無理やり推し進めることも多く、その強引な手法と性格が有名な人物でもあります」


「へぇ……」


 まあ、それぐらいじゃないと『史上類を見ない結果』なんて出せないか。

 そんな風に感心しながらリリアの話を聞いていると、ふと気が付いたことがあった。


 そういえば、隣を歩くリリアとの距離が割と近い。

 ということはつまり、三人で歩くときは毎回のようにリリアの腕を引っ張り俺との距離を離していたシルヴィが、特に何もしていないということを意味する。


 相変わらずリリアの腕を掴みながら隣を歩いていたシルヴィに視線を向けると、彼女は素早くそっぽを向いて、不満そうな声を出した。


「……なに?」


「いや……元気かな、と」


「…………なにそれ」


 シルヴィは首から下げた星形のペンダントを握りしめながら、顔を背けて呟いた。よく見ると耳が真っ赤になっており、普通だったら聞こえないレベルの声量で「なにそれ……なにそれ……」と繰り返している。


 隣を歩くだけで距離を取られるような態度が軟化したのは良いことだと思うんだけど、多分これ魔眼の効果なんだよな。

 もし俺に魔眼がなかったら純粋に嬉しい反応なんだけど……複雑な気分だ。



 〇



 そしてノートルディアを出てから、二週間ほどが経った頃だろうか。

 一番最初に着いた町では運よく、次の町へ移動する商人の馬車に護衛として乗せてもらえたのだが、次の町では相乗りできる馬車が見つからず、俺たちは徒歩で街道を進んでいた。


「相変わらず森、森、森……ハァ……うんざりする……」


 日が暮れてきた頃。

 シルヴィが苛立たしげにため息をついた。


 今日は昼から町を出発したから肉体的な意味ではまだ、そこまで疲れてはいないはずなのだが……彼女は異常に消耗しているように見えた。


「シルヴィ……今日はここで休みましょう」


「もう……? まだ、ぜんぜん歩いてないじゃん……」


「あなたがもう限界です。……ごめんなさい、薬が合わなかったようです」


 リリアが申し訳なさそうに目を伏せる。

 薬とはシルヴィの強い希望で、進行する魔眼の症状を少しでも抑えるためにリリアが調合したものだ。今日の朝から服用していたようだが、リリアの見立てによると薬がシルヴィに合わず、それで消耗してしまっていたらしい。


「でも……ただでさえ、馬車が見つからなくて遅れてるし……」


「ここで無理をして体調を崩せば、もっと遅れます」


「っ……」


 毅然とした態度で言うリリアにシルヴィは何も言えず、悔しそうな表情で唇を噛んだ。……ここはあともう一押しするべきだろうか。


「シルヴィ、ここはリリアの言う通りに……」


「——あんたが言うな!」


 シルヴィはそう怒鳴ると、いきなり腰の剣を鞘ごと振りかぶり俺に殴りかかってきた。突然の出来事に頭が真っ白になりながらも、それを反射的に仰け反って避ける。


「っ、避けるなぁああ!!」


 まさかの避けるな発言に驚く。でも避けないなら受け止めるしかないかと腕を上げようとするが、時すでに遅し。

 次の瞬間、ガツン、と結構な衝撃を額に受けた。


「いっ……た……」


 ドロリ、と額から生温かい液体が流れる。

 見るまでもなく血だ。メッチャ痛い。


 そんな額を手のひらで押さえる俺を見て、シルヴィは驚いたように後ずさりしながら、鞘がついたままの剣を地面に落とした。


「え……えっ……?」


「ケイさん!?」


 リリアがその場にうずくまった俺に駆けつける。


「あぁ……ごめん、防ぎ損ねた」


「なんであなたが謝るんですか!? こんなに血が……!」


「頭の出血は派手に見えるから……」


「それは知っていますが限度があります! 意識はハッキリしていますか? 目が見えにくかったりしませんか? 手足に力は入りますか? 痺れたりは? 吐き気は?」


 見るからに焦りながら、矢継ぎ早に問い掛けてくるリリアを見て少しおかしくなって笑う。


「なんで笑ってるんですか!」


「いや、メッチャ焦ってるから。でも大丈夫だよ」


 今のところ傷口が痛むだけで、特に異常はない。

 心配するとしたら後々に『実は脳出血してました』とかのパターンだろうが、この世界に来てからは加護のお陰か身体が持つ治癒能力も格段に上がっている。


 今思えばジエナさんにナイフで刺されたときもそうだった。

 翌日、彼女に包帯を交換してもらったら思っていたよりも傷口が小さかっただけではなく、数日経ってあっという間に傷口が塞がったものだから、随分と驚かれたものだ。

 前世では手のひらにナイフが刺さるなんて出来事は経験したことなかったのもあって、あまりピンときてはなかったが、後から振り返ると異常な治癒速度だった。


 だから今すぐ命が危ないレベルのケガでなければ、時間経過と共に治る……とはずだ。我ながら楽観的ではあると思うが。


 むしろ心配なのは薬の副作用で不安定になっているシルヴィの方だ。

 そう思いながらシルヴィに視線を向けると、彼女はビクリと肩を震わせて呟いた。


「ぁ……あぁ……あたし、なんで……なんて、ことを……」


「シルヴィ」


 大丈夫、大したケガじゃない——そう俺が言葉を続ける前に、彼女は脇目も振らず駆け出していた。


「うわああぁああぁあああぁあぁ!!」


「なっ……おい、シルヴィ!?」


 どこにそんな元気があったのかという速度で走り去っていくシルヴィを見て危機感を覚え、俺も立ち上がって走り出そうと足を前に踏み出した、その時。

 グラリと視界が揺れて、気が付けば俺は地面に倒れていた。


「あ、れ……?」


「ケイさん!?」


 鞄から包帯を取り出していたリリアが慌てて駆け寄り、抱き起こしてくれる。

 その間にもシルヴィは今までに見たことのない速さで走り続け、あろうことか街道に沿って曲がろうともせず、そのまま真っすぐ森の中へと入っていった。


「っ! あいつ……!」


 完全に錯乱してる。でなきゃ暗くなってきたこの時間帯、しかも知らない森の中に一人で入っていくなんて自殺行為はしない。


「あっ……待ってケイさん! 動いちゃダメ!」


 揺れている視界は、感覚は把握した。

 ならば、それも込みで走ればいい。


 立ち上がり、足を前に出して、視界が揺れて千鳥足になりながらも走り出す。

 後ろからリリアの止める声がするけど、今すぐ追わなければ見失ってしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 頭を打ってそこそこ出血したのが何か影響しているのか、走ってすぐに息が切れてきた。しかし悪い事ばかりでもなく、少しずつ感覚を取り戻し始めてきたようで、森の中に入ってから一度は点のように見えるぐらい遠ざかっていたシルヴィの背中が見えてくるほど、走る速度も上がってきていた。


 よし、このままいけば追いつける。

 むしろもう少しで減速しないと追い越すぐらいの勢いだ。


「シルヴィ!」


「こないで!」


 いや、そんなこと言われても余裕で追いつく。

 そう思いながら、さてそろそろシルヴィを捕まえるかと走りながら前に手を伸ばした。


 それと同時に何か嫌な予感がして、上に視線を向ける。

 するとそこには上斜めからシルヴィを薙ぎ払うような軌道で、太い木の枝がきていた。


「あぶなっ!?」


 思い切り加速してシルヴィの前に出る。そして前に出した右腕で、そのまま振ってきた太い枝を振り払うような形で弾き飛ばした。


「きゃあ!? なっ、なに!?」


 一瞬の出来事で何が起こったのか理解できていないであろうシルヴィが、足を止めて身をかがめる。俺はそんなシルヴィを背に庇いながら、前方でゆらゆらと木の枝を揺らす大樹を見上げた。


「さぁ……でも、なんか怒ってるっぽいな」


 大樹に空いている目と口のような穴が吊り上がり、俺たちを見下ろしている。

 なんだろう……根っこでも踏んづけちゃったのかな?


「まさか……うそでしょ、トレント!?」


 今日出発した町で聞いていた話によると、この辺りの森では木の魔物であるトレントが出現することがあるらしい。

 その脅威度は小さな個体だったらまだしも、長年の時を経て大きくなった個体は物理はもちろん魔法も非常に効きづらく、一流冒険者でも苦戦するほどだという。


「となると……」


 片や薬の副作用で混乱気味、片や頭強打で出血多量という状況の俺たちは逃げ一択だ。リリアもいないし戦うべきじゃない。


「シルヴィ、逃げるぞ……くっ!」


 小声で呼び掛けながら後ろに下がろうとするが、間髪入れず上から木の枝が叩きつけるよう降ってきて、シルヴィを抱えて横への回避行動を余儀なくされた。

 どうやらそう簡単に逃がしてはくれないらしい。


「そうか……なら仕方がないな」


 起き上がり、トレントを見上げる。

 ギシギシギシと、木が軋むような音が聞こえてきた。

 心なしかトレントがこちらを嘲笑っているかのように聞こえる。


「ハァ!!」


 前に踏み込み、全力でトレントの胴体に蹴りを入れると、ドゴォという鈍い打撃音と共にその部分が足形に凹んだ。


「ギィ、ギィィィィィ!?」


「逃げられないなら——」


 ——戦うしかない。

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