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第26話 好意

 後日。リリアが作った抑制剤を食事に混ぜて食べさせることにより、シルヴィは異常な行動を取らなくなった。お陰で特に問題なく帝国へ向かう旅ができるようになり……更に数週間が経った頃。


「こりゃいかん、馬が疲れとる。休憩させんと」


 穏やかな日差しが心地よい昼間の平原にて。

 ゆっくりと進む馬車の中から周囲を警戒していると、御者のジイさんが俺たちにも聞こえるよう声を上げた。


「またか」


「困りましたね……」


 リリアと顔を見合わせ、お互いため息をつく。

 二日前に滞在していた町で、『知人に会うため隣町へ行く』というジイさんの護衛依頼を受けたまでは、良かったのだが。


「こうも頻繁に休憩されるとは思わなかったな」


 どうも彼の馬車を率いる馬が老齢らしく、少し進んでは休み、また少し進んでは休みと、まるで牛歩のような進行速度だったのだ。

 ちょうど帝国方面へ行く馬車の護衛だったから、冒険者ギルドで依頼を見つけたときは嬉々として受けたのだが……まさかこんな時間的なロスを食らうことになるとは思ってもみなかった。これなら自分たちで歩いた方が早いぐらいだが、曲がりなりにも護衛依頼だから放棄するわけにもいかない。


「まぁまぁ、最近はかなり順調に進んでたから、たまにはゆっくりもいいんじゃない?」


 俺とリリアの話を聞いていたシルヴィが、ニコニコしながら宥めるように言う。


 シルヴィは以前と比べ、随分と変わった。

 リリアが食事に抑制剤を混ぜるようになってからというもの、シルヴィは異常な行動を取らなくなっただけではなく、魔眼を見る前の彼女とほぼ変わらないぐらい、精神的な落ち着きも取り戻していた。


 いや、トレントに襲われた後ぐらいから既に大人しく素直にはなっていたので、その辺りに抑制剤は関係ないのかもしれないが……とにかく、以前みたく俺にやたら突っかかってくるということはなくなった。

 それに関係しているのか、最近は道中を急ぐということも全然ない。

 むしろさっきみたいに、俺たちを宥める側に回るぐらい余裕がある。それ自体は良いことだ。


 ただ……リリアが新たに作った改良型の抑制剤は、ずっと使い続けられるものじゃないらしい。副作用らしい副作用はない優れものだが、使い続けていると身体に耐性のようなものができて、効果がなくなってくるという。

 それを知っている俺とリリアは、抑制剤の効果があるうちに旅を終えたいという共通認識があるため、今回の牛歩馬車に焦りを感じているというわけだ。

 でも焦ったところで今さらどうすることもできないから、シルヴィの言う通りこれを機にゆっくり休むぐらいの気持ちでいた方がいいんだろうな。


「そうだ! ちょうどいいじゃん!」


 シルヴィが胸の前で手を叩いてから俺に近づき、腕の袖を引っ張る。


「ねぇねぇケイ、馬車が止まってる間、弓矢を教えてよ」


「弓矢?」


「そう。いざってときはケイがあたしの剣を使って戦ったりするでしょ? だから、そのときはあたしが弓矢使えたら援護できるじゃん」


「なるほど……」


 確かにシルヴィの言う通りだ。実はトレントと戦った後、魔石を売った金で俺が使う用の長剣を買うことも検討した。しかし長剣は低価格帯でも割と高価だということもあり、結局は購入しなかったのだ。大抵の魔物は弓矢でなんとかなるし、なんとかならない相手はシルヴィの長剣を借りれば事足りるからな。


「わかった。でも、平原だから的がないな」


 森の中だったら手ごろな木を的にすればいいんだけど。

 そう思っていると、リリアが杖を片手に馬車から降りた。


「私がゴーレムを作って的にしますよ」


「それはありがたいけど、いいのか?」


「ええ。ゴーレムを動かさなければ消費魔力は大したことありませんから」


 リリアは止まった馬車から少し離れた場所で呪文の詠唱を始めた。


「大地よ、我が意に応えて形を作れ——ゴーレム・フォージ」


 平原の土が盛り上がり、見る見るうちに手足が太い等身大のゴーレムになっていく。俺はそれを見て、シルヴィを連れて馬車を下りた。


「ありがとう」


「いえ……では、私はケイさんたちとは反対側を警戒していますね」


 リリアはそう言って馬車の先頭方向へと歩いて行った。

 するとシルヴィが自分の剣と俺の背負っている弓矢を交換し、ゴーレムに近づいていく。


「弓は小さい頃に兄貴たちから教わったけど、昔過ぎてもう覚えてないんだよね。この弓だと、最初はどれぐらいの距離で射ればいいかな? これぐらい?」


「それぐらいでいいよ」


 今シルヴィがいる場所はゴーレムから5メートルも離れていないので、最初だとしてもかなり近いのだが、今回はお試しだから特に問題はない。シルヴィが俺の弓をちゃんと引けるのかどうか、まだわからないからな。

 俺の弓は引くのに人並み外れた腕力が必要な強弓、というわけではないが……男性と女性の違いとか、個人の適性とかもあるだろうし。


「こう? こんな感じ?」


「あー……それだとちょっと手が危ないかな。貸してみて」


 俺が弓矢を構えて手本を見せた後、もう一度シルヴィに渡してやってみてもらう。


「これでどう?」


「んー……それだと肘の位置が低すぎるかな」


 というか、本当は足の開き具合や姿勢、指の向きとか、何から何まで微妙だ。

 でも一度に言っても調整しづらいと思うので、まずは肘だけに言及する。


「これぐらい?」


「もっと高くていいよ」


「じゃあこれぐらいだ」


「いや、それじゃ高すぎるかな」


 それからなんとかして肘の高さを調整しても違う部分が微妙なので、それらもひとつひとつ調整してもらう。だがひとつ調整すると別の箇所がダメになったり、今まで問題なかった箇所の調整が必要になったりと、なかなか進捗が芳しくない。


 人に教えるのって、難しいな……アンファングさんは割と感覚派だったし、『見て覚えろ』的な感じだったから実のところ、俺は言葉で教えてもらったことがあまりない。

 アンファングさん曰く、俺は異常に習熟が早いという話だったので、もしかしたらその辺りも人との感覚にずれがあるのかもしれない。


 最終的には痺れを切らしたシルヴィに請われ、彼女の背後でそれぞれの手を掴み、俺も一緒に弓矢を引くような形で教えることになった。


「うん、いいね、この形。後は胸をもう少し張る感じにすると良いよ」


「…………」


「シルヴィ?」


「あ、うん……わかった」


 シルヴィは自分の背後にいる俺をチラリと見て、控えめに返事をした。

 その頬は赤く染まっており、表情は恥ずかしそうだ。


 ……まあ、身体は密着していないとはいえ、距離が近いし両手を触ってるからな。薬でかなり抑えられているだろうけど、魔眼の効果で俺を意識はしていると思うから、平常ではいられないのかもしれない。そう考えると、早めに終わらせて距離を取ってあげた方がいいだろう。


「あのさ……ケイ」


「ん?」


「ケイって……髪が長いのと、短いの、どっちの方が好き?」


「……ん?」


「だから……髪の毛が長い女の子と、短い女の子……どっちの方が好き?」


 改めて言い直すシルヴィ。

 聞き取れなかったわけじゃないんだけど……いや、耳を疑いはしたか。

 かなり唐突な質問だもんな。


「ねぇ、どっち?」


「えっと……長い方かな?」


 特に何も考えず正直に答える。

 綺麗で長い髪とか見ると、やっぱ目を惹きつけられるからな。

 女性としては手入れが大変なんだろうけど、サラサラのストレートヘアとか、それだけで美しいと思う。


「……そうなんだ」


「短めの髪も良いと思うけどね」


 シルヴィの髪はショートボブって感じで、どちらかといえば短めなのでフォローしておく。嘘を言っているわけではなく、短い髪の女の子もかわいいと思うし。どちらかといえば長い髪が好きってだけで。


「でも長い方が好きなんでしょ?」


「どちらかといえばね」


「ふうん……」


 シルヴィは再びチラリと俺に視線を向けた後、独り言のようにボソッと呟いた。


「……それなら、あたしも髪伸ばそうかな」


「…………」


 これは遠回しな告白か……?

 いや、告白だと思うのは早計だな。

 でも好意を向けられているのは間違いないだろう。

 ただ独り言っぽい感じだったから、返事は求めてない……のか?

 ……ダメだ。どう反応すれば良いのか、まったくわからない。

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