「わかった! わかりました! ちゃんとテオドラとも向き合うから! だからその、しおらしい顔で攻撃してくるのやめてくれ!」
「フフ、やっとわかってくれたか。ならいい」
テオドラはニヤリと笑って攻撃速度を少し緩めた。
やっぱり今までの顔はわざとやっていたようだ。
「ではこの戦い、そろそろ降参してくれないか?」
「は……はい? なんで?」
「そなたの実力はよくわかった。加護と婆の強化魔法があるとはいえ、中々どうして素晴らしい剣捌きだ。しかし余には勝てん。それを実力で示すことは可能だが、そなたは強いゆえにケガをさせぬ自信がない。だから降参してほしいのだが」
「……そういうわけにはいかない」
「なぜだ? そんなにも余が第一夫人なのは嫌か?」
テオドラがシュンとした顔で攻撃速度を上げてくる。
どうやら言葉と顔と剣撃による情報過多攻撃でこちらの脳を破壊しながら交渉することに味を占めてしまったらしい。
「そ、そういうことじゃなくて! 今はなんか話の流れで第一夫人とか第二夫人とかを決めることになってるけど、俺はそれを仕切り直したいんだよ! ちゃんと一人一人と向き合うために! そうするためにはテオドラが勝って終わるとやりにくいから、こっち側が勝ちたいって話!」
「んん? そちら側が勝つと仕切り直しがやりやすくなる理由がよくわからんが……ああ、いや、そうか。なんとなくわかったかもしれん。しかし、いずれにせよ今、この流れで決めてしまった方がよいと思うのだがな」
「なんでっ……だよ!」
「今日の流れで決まればある意味、みな納得するしかない決定方法だが、後日全員の頭が冷えた状態で第一夫人や第二夫人などを決めるとなると面倒だぞ? 我々、女性陣だけで決めるならまだいい。だがそなたの意見を考慮して結果が決まった場合は大変だ。誰かしらが不満に思うのは間違いないだろう。そうなったときは優しいそなたのことだ、間違いなく後悔すると思うぞ。『あのとき流れで決めておけばよかった……』とな」
「っ…………」
なんかリアルにその場面を想像できてしまって、言葉に詰まった。
……いや、違う。そうじゃない。そもそも、本来はそれ以前の話だ。
「テオドラが言うこともわかるけど、前提がおかしいだろ!」
「前提? 何がおかしいのだ?」
「誰が第一夫人とか第三夫人とか、なんで俺が全員と結婚するのが前提になってるんだよ!」
「……なに?」
テオドラは急に剣撃を止め、信じられないといった様子で目を見開いた。
「まさか、そなた……あれだけの美少女二人と、美人かつ世界一の家柄である余がこれだけ求めているのに、拒否するつもりか? 正気か? 帝国の男連中が聞いたら袋叩きにされてもおかしくないぞ」
「ち、違う違う! そういう意味じゃない! 今シルヴィは魔眼で魅了状態だから、解除されたらそもそも俺と結婚するっていう意思自体が変わるかもだろ!?」
決して俺が三人と結婚したくないとか、そういう話じゃない。
経験値ゼロからの初手結婚はハードルが高すぎると思うし、しかも三人とか言われると少し……いやかなり躊躇するけど、でもそれは嫌なわけじゃなくて、そもそもこれってシルヴィの魅了が解けたら流れる話だと思ってるから、本気で考えるのは自意識過剰ではという懸念があって、人間のやる気に関わる脳内神経伝達物質のドーパミンは何かを期待しているときが一番分泌されるという話だし、逆に期待が外れたときに一番減少するらしいから、そう考えると物事に対して過度な期待をするのはあまりよくない気がしてて、つまるところ俺は前世から引き継いでしまった異性に対する自信のなさを心の奥底から拭い切れないでいるヘタレなのであった。
「そなた、何を早口でブツブツ言っているのだ?」
「今の口に出てた!?」
「何を言っているのかよくわからなかったが、出ていたな。婆の魔法で頭が狂いでもしたのかと思ったぞ」
「言い方ぁ!」
ヤバい、テオドラの言う通り強化魔法が頭に悪影響を及ぼしているのだろうか。秘められたオタクが出てきてしま……いや違うな、オタクと言えるほどオタクでもなかったんだよな、前世の俺。
そうだ……俺は陽キャになれず、陰キャにもなりきれぬ、哀れで醜い、巨体の強面ゴリラだったんだ……。
「なんだか急に気分が落ち込んできた……」
「ケイ、大丈夫か? もう戦うのは止めた方がよいのではないか?」
テオドラが心配そうな顔で聞いてくる。
前世を思い出していた俺は顔を見られたくなくてつい、彼女に背を向けようとするが、そこでハッと気が付いた。
「いや、もう俺ゴリラじゃないじゃん……」
「ごりら? なんの話だ?」
「ゴリラ自体、知らないじゃん……」
まったく落ち込む必要ないじゃん。
というか、仮にゴリラだとして、美少女二人と美人一人にほぼ求婚されているような状況だったら、別にゴリラでもよくない?
……いや、よくはないな。ゴリラでいいわけがない。普通に人間が良い。
やっぱり今の俺はまともな精神状態じゃないな。
このままだとテオドラが本格的に俺の頭を心配しそうだ。
あれこれ考えるのはよそう。
今の俺に必要なのは思考の単純化だ。
目の前のやるべきことを全力でやる。
そして今やるべきことは、戦うことだ。
戦ってテオドラに勝つ。それ以外は何も考えなくていい。
「テオドラ、戦おう。本気でやってくれ」
「よいのか? これ以上は痛みを伴うぞ」
「構わない。俺は、俺が信じる理想のために戦う」
たとえその過程で痛みを伴ったとしても、戦わないで後悔するよりマシだ。
まあ理想といってもそんな大したことは考えていないんだけど。
「フッ……言うではないか。いいだろう。では余の本気を見せてやる。そなたがどこまでついてこれるか楽しみ……む」
「うわっ!?」
話の途中で地面が大きく揺れ、背後からゴゴゴゴゴゴゴと、地鳴りのような轟音が聞こえてきた。
「ちっ……婆め、こちらの攻撃に対処しながらも、地下で厄介なモノを準備していたらしいな」
「で、デカい……」
何事かと背後を振り返ると、大婆様たちがいる陣地あたりから凄まじく大きな岩で構成された超巨大ゴーレムが立っていた。
どれぐらい巨大かというと、それはもう一歩踏み出したらその幅だけで50メートルを超えるんじゃないかというぐらい。ゴーレム本体の大きさはデカすぎて最早よくわからないが、150メートルは優に超えているのではないだろうか。
「えっと……もしかして、俺たちが本気で戦ってどうこうって話じゃなくなってきた?」
「何を言う。元から5対2の戦いだろうに。しかし問題ない。余も準備は進めていたからな」
テオドラはそう言いながらその場で縦に跳躍し、そのまま宙に浮かび上がっていったと思うと、おもむろに上空で魔法の呪文らしき言葉を唱え始めた。
「
その光は救済に非ず、全てを終わらせる星滅の輝き——
テオドラが呪文を唱え終わった直後、遠くの夜空に巨大な黒い穴が現れた。
そしてその穴から同じく巨大な岩の塊が出てきて、こちらに向けて速度を上げながら落ちてくる。空気摩擦か魔法によるものか、巨大な岩の塊は落ちながら赤い炎を纏い始めた。