そういえば最初の村にいたとき、アンファングさんが『帝国の皇帝は魔法で空から星を降らすこともできるらしい』的なことを言ってたような気がする。
「マジか……」
これ、俺らの陣営としては絶対に止めなきゃいけない魔法だったのでは……?
にしてもテオドラ……いきなり跳躍してそのまま魔法で飛ぶとか、ズルすぎるだろ。そんなのこっちが詠唱に気が付いても止めようがない。
「フッ、我ながら素晴らしい魔法を作ったものだ。美しい……そうは思わんか?」
「いやそんなこと言ってる場合か!?」
地面に降り立ってドヤ顔で言うテオドラに、すかさずツッコミを入れる。
隕石衝突はどう考えてもヤバすぎるだろ。
「あんなデカブツが落ちてきたら俺たち全員死ぬ……いや、下手したら周囲の国も壊滅なんじゃ……!」
「遥か彼方の宙から加速させたならともかく、あの程度の距離から落としただけでは近くの帝国にすら衝撃波は届かん。せいぜいこの荒野が消滅するぐらいだろう」
「この荒野が消滅したら俺たちも死ぬだろ!?」
「落ち着け。あちらにいる者たちは婆が守るだろうし、そなたは余が守る。誰も死ぬことはない。それはともかくとして、やはり婆が敵に回った状態でそなたと真っ当に戦うのは難しいな。先に婆を含めた他の連中を排除するか」
テオドラが胸の前で腕を組みながらブツブツ呟いている間に、燃え盛る隕石はとうとう巨大ゴーレムに向かって落ちてきた。距離が近づいたからわかったが、隕石は巨大ゴーレムよりもやや大きいぐらいのサイズ感だ。
巨大ゴーレムは両手を上げて止めようとするが、勢いが付いた隕石は止まることなくその腕ごと巨体を押し潰す。
間髪入れず、眩い光に視界が覆われ——
「ほら、死ななかっただろう?」
——気が付けば、俺たちが立つ場所以外の地面が見渡す限り消滅していた。
周囲は半透明の光に囲まれ、テオドラがバリア的なもので守ってくれたのであろうことがわかる。
「他のみんなは……」
「心配するな。この程度ならば婆にとっては余裕だ。まず間違いなく……む?」
「ど、どうした?」
テオドラが目を細め、真剣な表情で消滅した地面を見る。
月明かりがあるとはいえ、底は相当深いのか下は真っ暗だ。
「フ、フフ……婆め、ここまで読んでいたか」
「読んでいた?」
なんの話かサッパリわからない。
下は真っ暗で何も見えないし……あれ? でも今、何か動いたような。
「ケイ、真下からくるぞ。浮遊魔法を解くゆえ、落ちるなよ」
「真下からって、何が……おわぁ!?」
言い終わる前にテオドラが跳躍し、今まで彼女がいた地面から、先が針のように尖った木が生えてきた。
直後、足元がグラリと揺れ、地面が落下していくのを感じる。
あ……なるほど、『落ちるなよ』ってこういうこと?
見えてなかったから気が付かなかったけど、俺たちが立ってた地面は部分的にテオドラが浮遊魔法を掛けてたんだな。
でもこれ、気が付いたところでどうしろと?
俺、浮遊魔法とか使えないんですけど。
このままだと底知れない奈落みたいな闇の中へ一直線だ。
「——いっ!?」
本格的に焦り始めたところで、尻に衝撃を受けて落下が止まる。
なんで止まったのかと下を見ると、そこには両手を広げても尚足りないほど大きい、巨大な木の幹があった。
「うわっ……」
気が付けば木の幹は足元だけじゃなく、周囲を覆い尽くす勢いで縦、横、斜めと縦横無尽にひしめき合っていた。
これも巨大ゴーレムと同じく、大婆様が地下で準備していたという魔法なのだろう。上の方では無数の木が先端を鋭い針のようにして、テオドラを襲っている。
「フッ……婆よ、余の目を欺いてさんざん準備して、この程度か? 欠伸が出るぞ」
『そう逸るでない。おぬしの悪い癖じゃぞ』
テオドラの言葉に答えるよう、何処からか大婆様の声が聞こえてくる。
その姿は見えないが、やはり無数の木を操っているのは大婆様であるようだ。
聞こえてくる大婆様の声は落ち着いており、なんら動揺した様子がない。まるでここまでの展開は予想通りといったぐらいに普段と変わらないように思える。
確かにテオドラが言っていた通り、大婆様は余裕そうだ。ということは他のみんなも無事なのだろうか?
そう考えていると、近くにあった幹から分かれた枝のひとつに裂け目が出来て、そこからコソコソと小さな音量で大婆様の声が聞こえてきた。
『ケイ、これから全員で仕掛けるからの、ゼロでテオドラ目掛けて飛べ』
「え……え?」
『さん、にぃ、いち、ゼロ。……こら飛ばんか』
「どわぁ!?」
指示が唐突すぎて固まっていると、足元の木がいきなり炸裂し、俺をテオドラの方へと弾き飛ばした。遅れて自分のやるべきことを理解し、空中で剣を構える。
そんな下方向から飛んで迫る俺に、テオドラがチラリと視線を向けたその時。
俺とは反対方向、テオドラの頭上にあった木の枝から、黄色い霧みたいなものが噴射された。
「む……」
「ちょっ、見えないんだけどぉ!?」
これだと一撃を加えるどころじゃない。
空中で方向転換することもできず、俺はそのまま黄色い霧に突入した。
すると霧の中で腕を掴まれる。
「ケイ、何をやっているんだ?」
気が付けば霧の外へと離脱し、テオドラの隣で木の幹に膝をついていた。
どうやら彼女が俺を木にぶつからないよう助けてくれたらしい。
一応は俺、テオドラと戦ってるから敵の立場なんだけど……彼女はそんなこと全然気にしてないようだ。
うーん、大物だ。強いし頼もしい。できれば味方陣営にいてほしかった。
「なんか、大婆様にいきなり飛ばされ……て……?」
テオドラに答えながら立ち上がろうとするが、足に力が入らず立てない。
あれ……おかしい。感覚が変だ。
「む……これは……」
『麻痺毒じゃ。油断したのぉ』
何処からかお婆様の声が聞こえたかと思うと、テオドラの背後にある木が大きく割けて、そこからシルヴィとリリアが飛び出してきた。
「とどめー!」
「食らってください!」
シルヴィは長剣を、リリアは杖の先に炎を灯して構え、テオドラに有効打を与えようとする。
しかしテオドラの背後に一瞬で現れた光球が、二人の剣と杖を弾いて飛ばした。その間、テオドラは後ろを見向きもしていない。
さっきの黄色い霧みたいなのが麻痺毒だったんだろうけど、全然テオドラには効いてないように見える。俺を人間大砲という名の囮にして食らわせたんだから、少しは効いてほしいところだ。
そんなことを考えていたら、俺の背後からミリアさんの囁くような声が聞こえてきた。
『
淡い光が俺を包み、身体の変だった感覚が元に戻っていく。
どうやらミリアさんに麻痺を解除してもらえたようだ。
そう理解したのも束の間、目の前に一瞬で現れた二つの光球が俺の背後に向けて放たれる。
後方で『いたぁい!』というミリアさんの声が聞こえて、心配になり後ろを振り向こうとした、次の瞬間。
『
足元の木からミリアさんの声が聞こえ、テオドラの両足が瞬時にして氷漬けになった。
「む……!」
『うふふ、引っ掛かっちゃった?』
からかうようなミリアさんの声が聞こえて、そこから息つく間もなく、見渡す限り全方向から鋭く尖った木の枝がテオドラに向けて襲い掛かる。
テオドラが即座に剣を振るい、足元から伸びてきた木を切り飛ばす。
それとほぼ同時に無数の光球がテオドラの周囲に出現した。
『
再び足元からミリアさんの声が聞こえて、光球が霧散するように消える。
それを見たテオドラは小さく笑い、胸の前で剣を構えた。
しかし、その剣はテオドラの手からポロリと落ちてしまう。
麻痺毒が効いたのだろうか。テオドラは目を見開いて驚いている。
『ケイ今じゃ! やれ!!』
「——うおおおおぉおぉ!!」
これは当たる。
そう確信して振った剣は、刹那、視界が一瞬ブレたかと思うと、空を切った。
「あれ……?」
テオドラが消えたぞ?
そう思ったら、全方向から迫っていた木の枝が細切れになって崩れ始め、少し離れた木の幹に腕を組んで立っているテオドラが見えた。
えぇ……?
何をやったのかは知らないけど、今のが当たらないのか。
じゃあもう、何やったって勝てなくない……?
そう思い降参も視野に入れてテオドラを見ると、彼女は苦々しい顔で目を逸らした。
……なんで?
「くふふ……やったのぉ、やってしまったのぉ、テオドラや」
俺の足元にある木の幹からミリアさんと一緒に出てきた大婆様が、トコトコとテオドラに向かって歩きながら、煽るように言う。
「……なんの話だ?」
「何を言っとる。使ったじゃろうが、次元斬を。手刀で」
「くっ……」
「それとも、手刀は剣じゃないから魔法剣は使ってない、とでも言うつもりか? それは苦しい言い訳じゃと、ワシは思うがのぉ……」
大婆様がテオドラを見上げながら、その周りをくるくると回る。
「まあしかし? 天下のダリスティア帝国皇帝陛下が? 反則となる魔法剣を使っていないと言うならば? ワシら庶民は従わざるを得ないんじゃが?」
「……………………わかった」
「んんん? 何がわかったんじゃ? ワシにはわからんのぉ?」
「そなたらの勝ちだ……」
「ということはぁ? テオドラのぉ?」
「そなたらの勝ちだ!」
テオドラが睨みつけるようにして言うと、大婆様はビクリと肩を震わせて後ずさり、それからコホンと小さく咳をしてため息をついた。
「ふぅ……まあ、ええじゃろ。あー、疲れた疲れた。まったく、ワシ相手にハンデをつけまくるからこうなるんじゃ」
「次はハンデなしだ」
「ええぞ。もう二度と戦わんがの~」
大婆様がそう言いながらテオドラに向けて手をひらひら振っていると、シルヴィとリリアが近くに生えている木の幹をよじ登ってきた。武器を弾き飛ばされてから見えていなかったが、どうやら今まで下の方に落ちていたらしい。
「よいしょ、よいしょ……あれ? もしかしてもう終わった?」
「どちらが勝ちですか?」
「それは当然、ワシらじゃ」
大婆様が胸を張るようにドヤ顔で言うと、テオドラはつまらなそうな顔で鼻を鳴らした。
「ふん……婆よ、クラリスはどうした?」
「さっきまでは大樹の根元に拘束しておったが、おぬしが負けを認め……じゃなくて、ワシらの勝ちを認めたと同時に解放したぞ。ほれ、物凄い勢いで登ってきてるじゃろ」
「む……これか。言われてみれば確かに。しかし、魔力を抑えて隠形しながら登ってきているな。まだ戦闘中だと思っているのか?」
「かもしれんな。じゃが、あやつは如才ないからの。ここまでくれば戦闘が終わっていることぐらい悟るじゃろ。もし間違えてワシらを攻撃でもしたら笑えるがな。今は魔法障壁も張っとらんから一撃で終わりじゃし」
そう大婆様が口にした直後。
ぬるりと大婆様の後ろに現れたクラリスさんが、短剣の柄で大婆様の顎をトンッと打った。