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第47話 魂の片割れ

「ほげ?」


「あら~……ぁ」


 顎を打たれ、白目を剥いて倒れた大婆様に続き、俺の隣に立っていたミリアさんもほとんど間を置かずその場に崩れ落ちた。

 虚を突かれて反応できなかったが、一瞬クラリスさんが何かを投げているように見えたので、それによりミリアさんも気絶させられたのだろう。


「クラリス……なんのつもりだ。戦闘はすでに終わっている。貴様にそれがわからないはずなかろう」


「いえ、まだ終わっていません」


 クラリスさんはそう言って姿を消すと、次はシルヴィとリリアのいる場所に現れ、瞬く間に二人を気絶させた。


「正気か? これは余の命に背いたも同じことだぞ」


「主様のためです。ご理解ください」


「意味がわからん。こちらに来い。いま余には麻痺毒が掛かっている。解毒しろ」


「かしこまりました。……麻痺解除リパラル


 クラリスさんが両手をかざして唱えると、淡い光がテオドラを包み込んだ。

 その後、テオドラは右手のひらを握ったり、開いたりを何度か繰り返して感触を確かめるようにすると、おもむろにクラリスさんの首を掴んで持ち上げた。


「さて、改めて聞こうか。なぜ、こんなことをした?」


「ぐっ……主様を、第一夫人とするため、です……」


「理解できんな……なぜだ? なぜ、そこまでする?」


「ダリスティア帝国、皇帝として……第一夫人以外は、許され……」


「違うな」


 テオドラは言葉の途中でクラリスさんを投げ捨てた。

 足場となる巨大な木の幹に打ち付けられたクラリスさんは、ゲホゲホと苦しそうに咳をしながら片膝をつき、テオドラに頭を垂れる。


「貴様はそこまで石頭ではない。割と柔軟で、不真面目で、自分の欲望に忠実な、人間らしい人間だと余は知っている。無論、余への忠誠を疑うつもりはないが、単なる忠誠心だけでここまでバカな真似をするとは思えん」


「……今ここで妥協されれば主様は後々、必ず後悔なさいます。第一夫人以外、認めてはなりません」


「嘘……ではないか。だが本心すべてを言っているとは思えんな。言え」


「わたくしの本心など、そのようなものは……」


「わかった」


 テオドラが両目を閉じる。次の瞬間、背中がぞわっとするような、生物として本能的な恐怖を掻き立てられる気配が肌を撫でた。


「すべて話せるようにしてやる」


 そしてテオドラがゆっくり目を開くと、その二つの金眼は微かに赤い光を帯びていた。常人ならば、目を合わせた者すべてを従えるという支配の魔眼。それを発動させたのだろう。


「主様……」


「さぁ、これで……ん? おかしいな。魔眼に掛かってない……あ」


 テオドラは何かを思い出したように声を上げると、倒れている大婆様の方に視線を向けた。


「婆の魔眼対策か……おい婆、解除しろ。起きているのは知っている。このままだとクラリスが余に逆らう理由がわからん」


「…………まったく、人使いが荒いのぉ」


 大婆様がそう言いながら起き上がると、クラリスさんに向かって四方から木の枝が伸び始めた。クラリスさんは即座に逃げようとするが、テオドラが瞬時にその腕を掴み逃がさない。結果、クラリスさんは四肢を木の枝で拘束されることになる。


「逃げたところで意味はないだろうに。婆よ」


「ほいほい。解除、と」


 大婆様が人差し指を振る。するとクラリスさんの両目が仄かに光った。

 その直後、テオドラは身動きできないクラリスさんの頬を掴んで、目を覗き込む。


「さぁ、本心を述べよ。偽ることは許さん。なぜ、こんなことをした」


 テオドラの金眼が赤い光を帯びて輝く。

 それを受け、クラリスさんの両目もまた赤い光を帯び、彼女はガクリと項垂れながら喋り出した。


「…………わたくしは気が付いたのです。主様の幸せと、わたくし自身の本当の望みに」


「ほう? 興味深いな。続けろ」


「あれは、わたくしが主様を喜ばせようと、お酒の解毒を口実にケイ様の胸を……」


「待て」


 テオドラがクラリスさんの頬を掴み、ひよこ口にして話を止める。

 それから近くに立っている大婆様に視線を向けると、真剣な表情で言った。


「婆、ケイの耳を塞いでくれ」


「なぜじゃ? 大事な話っぽいし、聞かせてやった方が……」


「…………」


「わ、わかった……わかったからガチの殺気を出すな」


 大婆様は足をガクブルさせながらこちらに近寄ってきたかと思うと、そのまま宙に浮かび上がり、肩車されるような形で俺の上に乗っかってきた。

 そしてその小さな手でペタン、と俺の両耳を塞ぐ。


「婆……」


「あー、わかった、わかった。防音の魔法障壁じゃな? ほれ」


 大婆様が人差し指を振ると、正方形の白い光が俺たちを囲み、周りが一切見えなくなった。


『ケイ、どうだ? 聞こえるか?』


「ん……? あれ? 聞こえてるけど」


 外の風景は見えなくなったが、テオドラの声は聞こえている。

 微かに反響というか、エコーが掛かっているように聞こえるが、防音とは程遠い。


『……よし。聞こえていないか』


「え? いや、聞こえてるけど? おーい」


「こらこら、黙っとれ。ワシらの声は向こうに聞こえんようにしとるが、テオドラは鋭いからの、どこから気が付くかわからん」


「え……」


 俺の額をペシペシ叩いてくる大婆様を見上げる。

 その顔はとても楽しそうで、ニヤニヤと笑っていた。


 うわぁ……この人、わざとあっちの音だけ聞こえるようにしてるのか。

 あれだけ脅されてたのに、よくやるなぁ……バレたらただじゃ済まないだろうに。


「言っておきますが、俺は何も聞いてませんからね」


 そう言いながら、自ら両手でそれぞれ耳を塞ぐ。

 しかし聴覚が加護でメチャクチャよくなってしまっているせいか、どんな風に塞いでも話し声が聞こえてきてしまう。


『すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……よし、落ち着いた。いいぞ、さっきの続きを話せ』


『はい。主様を喜ばせようと、お酒の解毒を口実にケイ様の胸を弄り回していた時でした。わたくしはまるで雷に打たれたかのように、天啓を得たのです』


『……どういうことだ?』


『愛と忠誠が交わり、至高の真理へと昇華した……そんな瞬間でした。目の前の霧が晴れ、すべてが繋がったのです。わたくしたちは血の繋がりだけではなく、本当の意味で姉妹だと気が付きました。そう、魂の片割れ同士だったのです』


『さっぱり意味がわからん。わかるように話せ』


『わたくしは勘違いをしていたのです。主様とわたくしは幼少期から様々な作品をオススメし合った結果、崇高なる共通の趣味があると思っていましたが、それは似て非なるものでした。正反対だったのです』


『正反対……ハッ!?』


『ご理解いただけたでしょうか? そうです! わたくしは最愛の人を奪われる側ではなく、奪う側が至高だったのです! つまり寝取りぶはぁ!?』


 パァン! という鋭いビンタの音がして、テオドラが叫ぶ。


『貴様、頭がおかしいのか!? 大声で言うなバカ! アホ! 変態!!』


『うっ……変態は主様も同程度では? むしろそちらの方が変態では? だって奪われて悦ぶなんて生物としてはおかしぶぎぁ!?』


 パァン!! と先ほどより鋭いビンタの音と共にテオドラが叫ぶ。


『創作物の趣味嗜好と現実を一緒くたにするな!!』


『ん……わたくしがケイ様を弄り回している後ろで、いいぞ、もっとやれと大興奮で囃し立てていたくせに何を今さらまともぶってぃ!?』


 パァン!!! と空気を割くような高速ビンタの音を響かせテオドラが叫ぶ。


『記憶を捏造するな! そんなことは一言も口にしていない!!』


『……わたくし、どちらかと言えば叩かれるより、叩く方が好きなのですが』


『私だって叩くより叩かれる方が——って変なことを言わせるな!!』


『今のは勝手にひでぶぅ!?』


 そして更にパァンパァンパァンと連続でビンタ音が響き渡る。

 ……クラリスさん、大丈夫か? なんか変な汗かいてきた。


「相変わらず、仲が良いのう……」


 俺に肩車されている大婆様が、目を閉じてしみじみと言う。

 ちょっと耳を疑う言葉だが、言われてみれば仲が良い……のか?


 テオドラの一人称が『私』に戻っているあたり、素になっている気はする。

 しかし……。


『ハァ、ハァ、ハァ……おい、まさか貴様が私の第一夫人にこだわるのはその、死ぬほどくだらないバカみたいな性癖がすべての理由だとか抜かすんじゃないだろうな……』


『他に理由などありません。あと、くだらなくもありません。第一夫人とそれ以降……正妻と側室では、立場の違いで興奮度合いがまったく異なりますから。それは主様だってよくわかってらぶぁ!?」


『よし! わかった! 貴様とはわかり合えん! クビだ! クビ!!』


『おっふ……なんと、お暇をいただけるのですか? それは嬉しいです。ではこれからは雇用契約など関係なしに四六時中、片時も離れず仕えさせていただきますね』


『なぜそうなる!? 私に付きまとってないでどっか別の場所で働け!』


『長年、皇帝陛下の筆頭使用人として働かせていただきましたので、お金は使い切れないほど貯まっております。それに先ほど申し上げました通り、わたくしと主様は姉妹であり魂の片割れ同士。今さらお傍を離れるなど考えられません。これからは仕事ではなく趣味でお仕えさせていただきます』


『き、貴様……魔眼で本音を喋らせているとはいえ、本当に頭どうかしてるぞ……』


 テオドラはドン引きしているようだった。

 ……うん、やっぱり『仲が良い』とはちょっと、違う気がするな。

 あまりにも好意が一方的すぎる。


『いや、待てよ……? そういえばさっき私は貴様に別の場所で働くよう命令したはずだ。なのに、なぜ貴様は私に口答えできるんだ? 魔眼が効いているはずだが』


『ああ、気が付きました? もうクビとのことなのでこれを機にバラしてしまいますが、わたくしには大婆様の精神防護魔法が掛かっていますので、表面上効いているように見えても実はその気になれば、魔眼の命令には抵抗ができます』


『魔眼の命令に抵抗ができる……?』


 テオドラが訝しげに言った瞬間、肩車中の大婆様がビクリと身体を震わせた。

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