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第31話 ダイニングルーム(9)

「それから勝則は母さんの個人用のメールをハッキングしたわ」と麻衣。


「何ですって!」と真知子。


「お母さんのパソコンのブラウザに登録してある、ウェブメールのやつよ」と麻衣。


「そんな……」と真知子。「パスワードはどうして知ったの?あの子の前で操作したことないのに。」


「アイドルの名前と誕生日でしょ」と麻衣。「簡単に破られてるわ。」


「馬鹿な」と達也。「メールアドレスすら知られてないはずじゃなかったのか?」


「残念だったわね。パソコン内の文書に書いてあったわ」と麻衣。


「母親のメールを盗み見るなんて、やっちゃいけないことの一線を越えてるだろう」と達也。


「越えさせたのは父さんよ」と麻衣。


「真知子、ちゃんとメールはその都度消しているんだろうな」と達也。


「何で消すのよ」と真知子。「全部大事に保存してあるわよ。」


「俺が送ったメールもか?」と達也。


「ええ、私たちもすべて見せてもらったわ」と麻衣。


「プライバシーの侵害だ!」と達也。


「さっきと言ってることが違うわ」と麻衣。


「親と子供では立場が違うだろう!」と達也。


「大人には大人の事情があるのよ!」と真知子。


「母さんの情事の相手とか、行きつけのお店とか、ラブホテルとかのこと?」と麻衣。


「ひどいわよ!」と真知子。「そんなことあなたたちが知って何になるのよ!」


「お前たちは母さんを貶めたいのか!」と達也が怖い顔をした。


「そんな話はしてないわ」と麻衣。「離婚調停の話よ。父さんと母さんの。」


「メールに書いたことはもう無効だ」と達也。「離婚はしない。」


「私が言っているのは勝則がどう思うかということよ」と麻衣。


「どういうこと?」と真知子。「意味が分からないわ。」


「勝則をどちらが引き取るかで、もめたときのことよ」と麻衣。「二人で押し付け合いをしてたでしょ。」


「押し付け合いじゃないわ」と真知子。「どちらで引き取ったほうがあの子のためになるかを話し合っていたのよ。」


「勝則と私をお母さんが引き取る場合の条件が、勝則を全寮制の高校に入れることだったでしょう」と麻衣。「あの子が家出する前から、転校させることになってたんじゃない。ひどいわよ。」


「仕方ないだろう」と達也。「あいつが新しい家庭になじめるとは思えない。」


「だから追い出す理由を探していたのでしょう」と麻衣。


「父さんと母さんはあいつの居場所を探していたんだ」と達也。


「そうでしょうね」と麻衣。「父さんは、自分には武という出来のいい息子がいるから、勝則はいらないとはっきり書いていたものね。」


「あれは物の弾みで出た言葉だ」と達也。「本心じゃない。」


「勝則にそう言ってみれば?」と麻衣。


「父さんが悪かった」と達也。「勝則にうまく言ってくれないか。」


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