「ところで、山の別荘はどうなったの」と沙耶。
「ああ、あの山小屋のことか」と達也。「不動産屋に言わせると、二束三文の物件だそうだ。抵当に入れられなかった。だからあそこは今でもオレの名義のままだ。」
「それなら、私たちはその山小屋に住むわ」と沙耶。「しばらく生活できる食料とお金を置いてあるから。」
「学校はどうするんだ?」と達也。
「休むわ。来月から夏休みだから、欠席は一か月だけよ」と沙耶。
「山小屋に泊まるのは、夏休みが始まってからでもいいでしょう?」と真知子。
「今日からでないとだめ!」と沙耶が勝則の肩を抱きかかえながら言った。
勝則が麻衣を見た。
「気が付いてるんでしょ?」と麻衣。「沙耶の気持ちはガチよ。」
「兄さん、嫌なの?」と沙耶。
「うれしいよ」と勝則が笑った。
達也と真知子が立ち上がった。
「あなた達の好きなようにしなさい」と靴を履きながら真知子が言った。
「お父さんとお母さんは出かけるからな」と達也。「おじいさんとおばあさんに伝言役を頼んであるから、お前たちもちゃんと連絡しろ。」
「わかったわ」と麻衣。
達也と真知子は会議室から出て行った。
しばらく間があって、麻衣と伽耶が立ち上がり、続いて沙耶と勝則が立ち上がった。四人はそろって工場を出た。しばらく歩いて、分かれ道で四人は向かい合った。
「私たちはおじいさんの家に行くから、ここでお別れよ」と麻衣は沙耶と勝則に言った。
「夏休みが始まったら、私も山小屋に遊びに行くわ」と伽耶。
伽耶と沙耶は何も言わず、しばらく目を合わせた。
「避妊するのよ」と麻衣。
「大丈夫。ちゃんと用意してあるから」と沙耶。
「あなたらしいわ」と麻衣。
「それじゃあ」と言って沙耶は勝則の手を引っ張って右方向の道に歩き出した。
勝則は麻衣と伽耶に手を振った。麻衣は手を振って勝則に答えた。
麻衣と伽耶は並んで歩きはじめた。
「姉さん、これでよかったの?」と伽耶。
「まさか」と麻衣。「こうなるだろうと思って、今朝、勝則とやっておいたわ。だから、勝則は私のものよ。」
「さすが、偽りの女狐ね」と伽耶。
「あなただって怪しいわ。話し合いの間、ずっと沙耶とハンドサインを交換してたでしょ」と麻衣。
「やっぱり気付いてたか」と伽耶。
「どんな取引したの?」と麻衣。
「夏休みが始まったら交代よ」と伽耶。
「勝則が驚くんじゃない?」と麻衣。
「私だって命張ったんだから当然の権利よ」と伽耶。
「ひどいわね。勝則は純情なのに」と麻衣。
「姉さんがそれを言う?」と伽耶。
「ふふふ」と麻衣。「勝則は私が守るわ。」
「善人ぶってひどいわ」と伽耶。「互いに気が付かないふりをすれば問題ないって言いたいんでしょ。」
「それが勝則のためになるのよ」と麻衣。「そもそもあの子に、私たちから一人を選べるはずがないのだから。」
「それもそうね」と伽耶。「そしてこれなら私たちも納得できる。」
「そうよ。これで丸く収まったわ」と麻衣。
二人は顔を見合わせて笑った。