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第3話 アイラクシネン村。

 村はお祭り騒ぎだった。

 私たちは村長にだけ魔を倒した報告をしたのだが、エーミルが村の隅々までふれ回ったのだ。滞在していた村唯一の宿には人が押し寄せて、皆感謝の言葉を口にした。

 当たり前のことをしただけなのに、溢れんばかりの笑顔で子どもたちにありがとうと言われると、どう反応したものか困ってしまう。けれど、悪い気はしなかった。

 宿の食堂には村人自慢の温かな料理が次々と運ばれてきた。

 いい香りのするスープや肉料理、川魚の料理に色々な山菜などの他に、パンやチーズも数種類並んでいる。色とりどりの料理がテーブルを埋め尽くした。こんなに料理を出されても食べきれないだろう。


「さあ、食べなされ、食べなされ」


 村長は森に行くのを止めた時のしかめ面はどこへやら、ご機嫌である。満面の笑みを浮かべて、私たちに料理をすすめる。お酒もすすめられたのだが、お祝いの席ということで一杯だけいただいて、後は丁重にお断りした。

 お酒が飲めない代わりに、ユーリと二人で新鮮なミルクを飲んだ。ユーリは育ち盛りだし、私もそれなりに食べる方だが、料理が減る気配はない。


「あの、アルベルトさんや。料理は口に合わんかのう」

「村長さん、とても美味しいですよ」

「しかし」

「あ、村長さん。アルはどんなに美味しい料理でも仏頂面で食べる癖があるんですよ。これがアルの美味しい表情です」

「そうかいそうかい。食べなされ」


 ユーリがフォローしてくれなかったら、村長さんや料理を作ってくれた人に嫌な思いをさせていたかもしれない。

 どうも、私は料理を不味そうに食べる癖があるのだ。私自身は美味しいと思っているのに、不味そうに食べていると言われてしまう。表情の所為か、仕草の所為なのかは分からない。ただ、不味そうなのは確かのようだ。

 ユーリは私とは反対に、この世で一番の料理を食べているかのように目を輝かせている。この子に食べさせるなら、作りがいがあるというものだ。

 料理を頬張っては美味しいねと繰り返す。そんなユーリを見ている自然と笑みがこぼれる。


「美味しいね、アル。こんな豪華な料理は久し振りだよ」

「そうだね。ユーリ、調子に乗って食べ過ぎないようにね。後でお腹壊しても知らないよ」

「失礼だなあ。そんなに無茶な食べ方はしないよ。アルこそ、さっき飲めないお酒無理に飲んでるんだから、体調には気をつけて」

「ほっほっほ。仲がよいですなあ」


 気をつけてと言われても、飲んでしまったものは仕方がない。体調がさっきから余りよくないけれど、断りづらかったのだ。

 村長さんはただにこにこと私たちの食事を眺めていた。

 腹八分目をだいぶ超えてきた頃、村長さんはデザートをすすめてきた。食べ過ぎな気もするが、生クリームのたっぷり乗ったシフォンケーキは美味しそうだ。私は誘惑に負けた。


「アルベルトさんは杖を持っておられるのか」

「ええ、持っています」

「ユーリ君も持っておるのかな」

「いいえ、お兄ちゃんは杖を持っていたみたいだけれど、僕は持っていないんです」


 村長さんは顔をしわくちゃにしたまま、そうですかそうですかと相槌を打っていた。

 ユーリは杖の話をされて少ししょんぼりとしている。私の前の相棒でユーリの兄のクリスティアンは陽光の杖と呼ばれる杖を持っていたのだ。

 ユーリは自分も戦えたらといつも言っている。

 しかし私はユーリが杖を受け継がなくてよかったと思っている。戦うということは危険に飛び込むことにもなるのだから。


「お二人は次に行くところは決めておられるのか?」

「いえ、まだ決めていないです」

「ならば、すぐ隣のラヴィネン王国を訪ねてみてはどうかな。あそこはここ最近よく魔が出ると噂になっていてのお。その被害は国が傾くのではないかというほどらしいんじゃ」


 私はユーリと顔を見合わせ、頷いた。そういう状況ならば、行かねばなるまい。

 しかし、それだけの噂がこの辺でしか囁かれていないということは、ラヴィネン王国の方で警戒しているということか。

 普通は困っていれば助けを求めるものだが、これが国単位や領地単位の規模になってくると話は違う。世間体も気にするし、何より自国が弱っているという情報が流れれば他国に攻め込まれかねない。

 色々と難しいのだ。


「そうですね、それなら杖も役立ちそうですね」

「ここから北西に向かえばすぐに国境の町があるでのお。ラヴィネン王国には?」

「私は以前訪れています。ユーリは」

「僕は行ったことないよ」

「そうかいそうかい。魔を倒したら観光するとよいぞ、少年。あの国は歴史も古く綺麗だからのお」


 次に向かう土地が決まったところで、私たちは休むことにした。村長さんは疲れているところを長々と申し訳ないと言って、何度も頭を下げていた。

 私たちは料理のお礼を言って、二階の部屋へ向かう。

 部屋はそう広くもなく、いくつかの家具とベッドが二つ置いてある。派手さはないが、落ち着いた綺麗な部屋だ。

 もう外は夜になっている。

 昼間結構歩いたので、ユーリはすぐにベッドに潜り込んだ。

 私は明かりをつけて足元に置かれた棚の上の鏡を覗き込み、後ろで束ねていた髪の毛をほどく。

 そして、髪が絡まないようにゆっくりととかす。鏡を見るのは正直好きではない。好きではないというか、嫌いだ。深い緑の瞳も、この赤毛も大嫌いだから。こんな髪の毛を褒めてくれたのは、今は亡きクリスだけだった。

 クリスが生きていた頃は、邪魔な髪を編んでくれていたけれど、今は束ねるだけ。切ってくれる人のいない髪は伸び放題である。


「アル、寝ないの?」

「もう寝るよ」

「ねえ、アル。もしかして、お兄ちゃんのこと思い出してた?」

「そうだね、クリスを思い出してたよ」

「ふふふ。アルが変に黙ってる時ってお兄ちゃんのこと思い出してることが多いんだよね」


 そうだろうか。私はそんなに日頃からクリスを思い出しては黙り込んでいるのか。ユーリは私がまだクリスの死を受け入れられていないことを知っている。弟であるユーリの方が辛いはずなのに、私の心配をして声をかけてくれる。

 私はユーリに甘えているようだ。

 クリスを見殺しにしてしまったと告げた時も、ユーリは私を責めなかった。それが、とても大人で優しくて、この子の凄さを思い知らされた。

 ユーリはクリスがいない間は近所の家に預けられていたから、幼い頃は大人とばかり過ごしていた。だから、子どもの振る舞いを知らない。大人のように空気を読んで、大人のように気を使う。それを無意識でやっている。

 最近、ようやく年頃の少年っぽく振る舞うことも覚えたようだけど、子どものそれとは違う。

 本当はもっとのびのびさせてやりたいし、わがままも言わせてやりたい。感情をぶつけることがあってもいいと思う。

 けれど、それには受け止める私の方が頼りなさすぎた。ユーリは一生懸命、つま先立ちで背伸びをして私を支えてくれている。私はそれに感謝するだけの情けない大人だ。


「アル、大丈夫。さっきから鏡見たまんまだよ」

「あ、うん。寝ようか」

「そうしよう。おやすみ、アル」

「おやすみ、ユーリ」


 私は明かりを消して、ベッドに潜り込んだ。

 明日は魔がよく現れるらしいラヴィネン王国に向かう。

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