晴天が続いている。
丸二日ほど歩いて国境の町フィルップラに辿り着いた。ここからはラヴィネン王国の領土ということになる。
国境の町ということもあって、警備が厳しいかと思ったが、大きな石造りの門のそばに二人の兵士が立っているだけだった。どこから来たのか、何者なのかを尋ねられることもなく、拍子抜けした。
以前来た時はもっと厳しかった気がするのだが、国の方針でも変わったのか。それとも、その国自体が何らかの原因で麻痺しているのか。不審に思いながら門をくぐると、石畳の大きな広場に出る。
私たちはそこで足を止めた。
誰もいない。
町の入り口の広場には本当に人が一人も見当たらない。普段なら露店が出ていたりする活気のある町なのだけれど、人っ子一人どころか犬猫すらもいない。それはそこそこ大きな町としては異様ともいえた。
がらんとした広場で立ち尽くす。何かがおかしいのだが、尋ねようにも人がいない。仕方なく、私たちは門まで戻って兵士に事情を聞いてみることにした。
もっとも、兵士が事情を話してくれるかどうかは分からないけれど。
「あの、すみません。そこの広場には誰もいないんですが、何かあったのですか?」
「何があったのかって、俺も知らないよ。呪われてるんだよ、この町は。この町だけじゃなく、この国もだな。もう終わりだよ」
「おいおい、そこまでにしておけ。こんなこと言っているのがバレたらクビになるぞ」
「いいんだよ、もう。こんな町でやらなきゃならない仕事なら、今すぐ辞めて故郷の農家を継ぎたいよ。もう嫌だ、こんなところ」
「ああ、悪いな旅人さん。こいつ最近おかしいんだ、気にしないでくれ。それと、悪いことは言わないから、早くこの町を出た方がいい。出来るアドバイスはそれだけだ」
「分かりました、ありがとうございます」
ユーリはまだ聞きたいことがありそうな表情だったが、私はそんなユーリを連れて広場まで戻る。
やはり、人は一人もいない。
広場を貫くメインストリートの西側の道を覗き込むが人影はなく、反対側を覗いて見ても同じことだった。まるで、ゴーストタウンのようだ。
石造りの家や色々な店が並んでいるのに、息を殺しているような町。
太陽が明るく照らしているから、その寂しさはより際だつ。春の陽が暖かいこんな日に、息を殺さねばならないとは。
皆、魔に怯えているのだろうか。
「ねえ、アル。もしかして、ここ魔が出るんじゃないかな」
「私もそれを考えていたよ。何か問題がないとゴーストタウンにはならないし、兵士も怯えていたようだったからね。原因になるとしたら、魔が出ることくらいだろうと思うけれど、町の人から事情を聞くのは難しそうだね。兵士たちもあれ以上は話してはくれないだろうし」
「本当に、難しいね。誰もいないんじゃ、何も聞けないよ。どうしたらいいんだろう」
「困ったね。人から事情を聞くのが一番なんだけど」
「魔の気配はしないの?」
「魔の気配かい?」
ユーリに指摘されて初めて、私は神経を研ぎ澄ませた。どこがというわけではないが、何となく町全体の空気が淀んでいる感じがする。
これは魔が現れた時に感じられるもので、間違いなく魔はいるのだろう。
だが、どうも場所の特定が出来ない。魔の気配が弱すぎるのだ。どんなに探ってもぼんやりとしていて、はっきりとしない。仕方なく私たちは町を歩き回りながら、その場所を特定する事にした。
まずは町のメインストリートを西の方へ向かう。
パン屋の前を通って奥に向かうと食堂がある。お腹が空いているので食事をしたい気分だが、こんな状態では店もやってはいないだろう。残念だ。
端まで行ったところで回れ右をして、今度はまっすぐ東側へと向かう。
その時、背後で魔の気配ではなく人の気配がした。振り返ると、近くの家の陰で赤いスカートが揺れた。ユーリは気がついていないようだ。
「あの、何故私たちをつけるのですか?」
声をかけると真っ赤なワンピースをまとった少女がひょっこりと顔を覗かせた。年の頃はユーリより一つか二つくらい上だろうか。
茶色の髪をポニーテールにした愛らしい少女である。
少女は私たちのところまで歩いてくると、笑って頭を下げた。その笑顔は少し淋しそうである。何かあったのだろうか。
「ごめんなさい。ミルヴァお姉ちゃんとシルヴァお姉ちゃんを探していたの。急に二人ともいなくなってしまって。もしかして、誰かが連れて行ってしまったんじゃないかと思ったんだけど」
「もしかして、僕たちがその犯人だって思ったの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい。町の人はずっと閉じこもっているから、犯人はきっと旅人なんだって思ってて。貴方たちは違うわよね」
「違いますよ。私たちは人をさらったりしていません」
「本当にごめんなさい。お詫びをしたいから、私の家に来ないかしら」
私たちは顔を見合わせた。魔の気配を追っている途中で寄り道なんてしてもいいものだろうか。
しかし、現在何も情報がないのだ。
もしかしたら、この少女が何か知っているかもしれない。魔については聞けなくても、町の様子は聞けるだろうし、無駄にはならないだろう。
そう結論づけて、私たちは少女の家にお邪魔させてもらうことにした。
少女はマイヤという名で、町の北東の住宅街に住んでいるのだそうだ。マイヤは少し頬を紅潮させて、家まで案内する。やがて見えてきた白い石造りで赤い屋根の家、これがマイヤの家らしい。
家の中に入ると、何か美味しそうないい匂いがして、私とユーリのお腹が同時に鳴った。
「スープを温めていたのを忘れていたわ。二人とも、お腹が空いているのね。ご飯食べる?」
マイヤの笑顔での誘いを断る気力は私たちにはなかった。
本当にお腹が空いているのだ。
マイヤは今用意出来るのはこのくらいだけど、と温かいスープとパン、他にチーズを出してくれた。十分すぎるおもてなしである。
私たちはこの巡り合わせに両手を合わせて感謝して、料理をいただくことにした。
「この町はね、おかしいの。誰も外に出なくなっちゃった。きっと、魔が出た所為なのね。皆、怖がっているみたい」
「貴女は怖くないんですか?」
「怖くないと言えば嘘になるわ。でも、閉じこもっていたからといって、魔に狙われないわけじゃないし。だから、私は普通に外に出るわ。外に出たって、誰もいないけれど」
「魔はどの辺に出たのかな。知ってる?」
「ううん。最初に出たのが広場っていうくらいしか知らないわ」
得られた情報は広場に出たということだけ。
けれど、何もないよりは幾分マシだ。広場周辺を狙っているのかもしれない。
スープを飲みながら考えを色々と巡らせていると、ユーリがチーズを乗せたパンを美味しそうに頬張っていた。
本当に、ユーリの美味しそうな表情には癒される。
マイヤは私の表情を見て、美味しくなかったかしらと首を傾げた。
ユーリがこれが私の美味しい顔だと説明すると、マイヤは変わってるわねといって笑う。私は少し恥ずかしくて俯いた。