目が覚めると、薄暗い地下室のようなところだった。
空気が冷たい。
三方向を頑丈な石造りの壁が囲んでおり、一方は鉄格子。どこにも窓はない。寝心地の悪そうなベッドが一つだけおいてあり、一応トイレもあるにはある。だが、隠すものがないので用を足す姿は見え見えになってしまうだろうけれど。
非常に狭くて簡素な作りの部屋だ。
部屋というより、これは牢獄なのだろう。魔を倒して牢に入れられるのは初めてだ。
私は鉄格子の前へ行き、辺りの様子を探る。人の気配がしないことから、他の牢には誰もいないことが分かる。
ユーリはどうしただろう。殴られたりしていないだろうか。牢にはいないようだけれど、一体どこにいるのだろうか。私のことを心配しているだろうか。
「ユーリ」
名を呼んでため息を吐き、ユーリが辛い目に遭っていないことを祈りつつ、ベッドに腰をかける。ベッドは体重を預けるのが怖いくらいに軋んだ。長居はしたくないところだ。
──ここはどこだろう。
国境の町フィルップラで兵士に殴られて気を失ったけれど、うっすら記憶に残っていることもある。
確か、空間転移の術をかけられたはずだ。あの得も言われぬ浮遊感は空間転移の術以外にない。嫌いなことだから恐らく間違えることはない。
ということは、私はフィルップラから離れたところにいるということか。移動範囲を考えると、ラヴィネン王国から他の国に飛んでいるということもあり得るわけで、本当に今ここがどこなのか分からない。
飛んだ記憶はあるけれど、ユーリが一緒だったかどうかまでは覚えていなくて、離ればなれになっている可能性もある。
私だけが連行されたというパターンだ。
それならば、ユーリはフィルップラにいるわけで、動かないでいてくれれば会える可能性はある。
ユーリが別の場所に転移させられている場合は会える可能性は低くなる。
それ以前に、私がここから出られなければ、迎えにも行けないのだが。何故捕らわれたのかが分からない以上、出られる可能性はあるのかないのか微妙なところだ。
──薄暗いな。
私は魔を倒して牢に入れられたことはないが、それ以外の理由ならば何度か牢に入ったことはある。
まだ、クリスと二人で旅をしていた頃のことで、理由は大体喧嘩だった。喧嘩っ早いクリスが酔っぱらいとケンカになり、私が止めようとしたところで兵士が来て、二人まとめて捕縛。私は止めようとしていただけなのに、何故だか投獄された。
喧嘩で捕まるだけだから翌日には釈放になっていたが、今回はどうなのか。
捕まった理由が魔を倒したことなのだろうから、その罪の重さが分からない。そもそも、それが罪かどうかも私には分からない。
私は足元を眺め、猫背になる。
そういえば、クリスが言っていたっけ。姿勢が悪い、せっかくの身長がもったいないと。
クリスと会う前の私は足元ばかり見ていたのだ。太陽の光は私には似合わないし、水たまりですら光を浴びて輝いていて、それが嫌で嫌で仕方がなかった。
それまで、私にとっての景色は全てがモノクロで、どんな美しい花も水墨画のようでしかなかった。それを変えたのがクリスだった。花の彩りも、鳥の声も、空の青さも、全部教えてくれたのがクリスだったのだ。
それから私は変われた気分になっていたけれど、本質は変わりないのかもしれない。
ああ、こんな風にクリスを思い出すから、ユーリが笑うのだ。
猫背のまましばらく考え事をしていると、こつこつと足音が響く。
「お、目覚めたか」
鉄格子を見やると、兵士が一人立ってこちらを覗いている。フィルップラにいた兵士ではないようだ。兵士というのはどこも同じような格好で、その姿だけでは場所の特定にはつながらない。もう少し各国、各領地で特色があればいいのだが。
「ここはどこですか?」
「さて、どこだろうな。罪人は知らなくてもいいだろ。どうせ一生ここで過ごすんだ。今更場所なんか聞いてどうする」
「あの、私と一緒にいた十二歳くらいの金髪の男の子はどうしました?」
「そんなこと知ってどうするんだよ、罪人が。黙って大人しくしていろよ」
「それだけは、それだけは聞かせてもらえませんか」
「残念だが、そんな子どもは知らねえな。お前は最初から一人だよ。ここに来る前にはぐれたんじゃねえの?」
ユーリの居場所は分からないのか。もちろん、この兵士が質問に素直に答えていない可能性もあるけれど、兵士が嘘を吐くことには何のメリットもない。だとしたら、ユーリは離れたところにいるのだろう。
困った。
ユーリを託されたのに、離ればなれになってしまうなんて。情けない。これだから私は自分が嫌いなのだ。
唇をかみしめる私の表情を見て、兵士は悪戯っぽく笑った。
「安心しろよ。一生ここで過ごすってのは冗談だ。俺はあんたを解放しに来たんだよ。金髪の子どもってのは分からんが」
「私をここから出すんですか?」
「ああ、何だか分からんけどな。領主様が上でお待ちだ」
「領主様、どこの領主です?」
「カールレラ領だよ」
「カールレラ領、ですか」
カールレラ領ということは殆ど移動していないのか。カールレラ領はフィルップラのあるラヴィネン王国南端の地である。領主様が待っているということは、カールレラ城になるのだろうか。
歩いてもそんなにかからないところを、空間転移の術を使われたのか。本当に嫌になる。あれは何かあったときの最終手段としてしか使いたくないのに。
牢から出された私は兵士に連れられて城の中を進んでいく。城内は特に煌びやかでもなく、質素な感じだった。ごてごてしていなくて清潔感がある。
どこを歩いているのか、人とすれ違うことはあまりない。本当に領主のところへ連れて行くつもりなのだろうか。
「領主様は北の塔で待っていらっしゃる。失礼なことだけはするなよ」
「しませんよ。ユーリの扱いによっては怒りますけど」
「ユーリ?」
「さっき話した金髪の子ですよ」
「本当に分からん、それは。でも、領主様はそんな理不尽なことをする人ではないから安心しろよ」
いや、理不尽に投獄されたんだけれど。
それをこの兵士に言っても仕方がないので口をつぐんだ。
塔の螺旋階段をしばらく上ると、これまた質素な扉があった。兵士は扉の前に立つと、姿勢を正す。それから私を扉の前に立たせて、ノックをした。
扉が開くと同時に人が飛び出してきて、突然私の前で土下座をした。いきなりの土下座でどんな人かは分からないが、それなりの年の男性だと思われる。私はどうしていいか分からず、兵士に質問をした。
「この人は誰ですか?」
「領主様だよ」
私は慌てて膝をつき、領主を立ち上がらせたのだった。