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第7話 カールレラ領主の依頼。

 私は塔の最上階の部屋に招き入れられた。

 飾ったところも気取ったところもない、質素な部屋だ。

 領主はルーカス・カールレラと名乗った。私に部屋の真ん中にあるテーブルにつくようにすすめると、自分は窓際の机に向かった。

 どうやらここが執務室であるらしい。

 もっと大きな部屋はたくさんあるが、広い部屋は性に合わないのだそうだ。

 メイドが静かに香りのいい紅茶を入れる。茶菓子はジャムを挟んだクッキー。どのくらい気を失っていたのか分からないが、お腹は空いている。

 けれど、そんなことより大事なことがある。私はメイドが部屋を出てからルーカスさんに尋ねた。


「ユーリは、金髪の少年はここに来ていませんか?」

「うん、来ているよ。さっき連れてくるように言ったから、もう少ししたら来ると思うよ」


 どうやらユーリはここにいるようだ。

 全身から力が抜けた。

 ルーカスさんは見たところ四十代後半くらいで、白髪交じりの黒髪を後ろで束ねた大人しそうな男性だ。どうぞどうぞとお茶をすすめられ、私は紅茶を一口飲む。

 ユーリの居場所が分かってほっとしていると、ルーカスさんは再び頭を下げた。さっきの土下座も驚いたが、どうやらこの人は偉い人には珍しく頭を下げることを厭わないらしい。


「本当に申し訳ないことをしてしまった。名前を聞かせていただけるかな?」

「私はアルベルトです。アルベルト・リンドロース」

「アルベルトか、いい名だ。間違いとはいえ牢屋に入れてしまって、本当に本当に申し訳ない」

「気にしないで下さい。何か事情があったのでしょう」

「事情があっても、許されないこともある。罪人扱いなど許されることではない」


 俯くルーカスさん。

 何でも、フィルップラから私たちを移動させた際に、ほぼ同時に移動されてきた罪人の男がいたらしい。私をその男を間違って投獄してしまったようだ。ユーリが私ではないと言って、間違いが発覚したのだそうだ。

 私は間違いだったのなら、それを責める気はさらさらないけれど、ルーカスさんは謝り続けた。あまり謝られ続けるのも何だかこう心苦しい。


「あまり謝られると、私も困ります」


 そう告げるとルーカスさんはそうだねとやっと腰を下ろした。

 その直後、ノックの音が響き、ユーリが顔を覗かせる。

 ユーリは私の顔を見ると、走って飛びついてきた。心配をしてくれていたようだ。まだ痛む後頭部を何度も撫で、よかったと呟いた。

 ユーリの顔を見たら何だか安心する。一人でいることが不安でもあったのだ。

 クリスと出会う前の嫌な自分に戻ってしまうようで。クリスがいない今、ユーリまでいなくなってしまったらと思うと怖い。


「さっき探していた子で間違いはないかな」

「ええ」

「領主さん、何で殴ったりするの。普通に来て欲しいとか言えないの」

「ユーリ。もういいんだよ」

「よくないよ。アルは木の棒で殴られて意識失ったんだよ。死んだかと思うじゃん」

「死んでなかったんだから良しとしよう。悪気はなかったんだよ。ルーカスさんもちゃんと謝ってくれたし」

「アルはお人好しなんだよ」

「ルーカスさん、この子は私の相棒でユリウス・ペルトネンです」


 ルーカスさんはまだ怒りの収まらないユーリに深々と頭を下げた。木の棒で殴ったことについても、ルーカスさんは謝る。どうやら、下の者への伝達が上手くいってなかったらしい。

 ルーカスさんは杖を持つ者を探して連れてくるようにと命じたそうなのだが、その理由を示さなかったため犯罪者を捜すようなことになってしまったようだ。ユーリは口を真一文字に結んだまま、私の向かいに腰を下ろす。

 それでも、紅茶を口にすると少し落ち着いたようだった。


「実は、私は杖を持つ人を探していたんだよ。急いでいたから、上手く伝えられなくてこんなことに」

「杖を持つ人を探していたんですか?」

「ええ。魔を倒すには杖を持つ人がいなければならないということを本で読んだのだよ」

「本で勉強したってことは、どこかに魔が出るっていうこと?」

「魔がクレメラに出ているらしいんだ。まだ、被害者は少ないが放っておけば多くの人が犠牲になってしまう。その前に何とかしなければと思ってね」

「花の町クレメラですか」


 カールレラ領の北に位置する花の町クレメラには以前クリスと訪れたことがある。ちょうど今くらいの時期だっただろうか、町が花祭りで盛り上がっていたのを覚えている。

 町中の花、それに驚くクリス。

 とてもいい思い出だった。そんなクリスとの思い出の町に魔が出るなんて。私は大切な思い出が汚されたような気がして腹が立った。ユーリは私を見つめたまま動きが止まっており、もしかしたらとんでもない表情をしていたのかもしれない。

 ルーカスさんはやわらかな表情を少し歪めて、クレメラですと言った。

 私にとって思い出の地であるように、クレメラはルーカスさんにとっても思い出の地らしい。どんな思い出かは知らないけれど、それはきっと大切なもので、汚されたくはないのだろう。私と一緒だ。


「本当はこんな個人的な感情ではなく、一領主としてお願いしなければならないんだけどね。クレメラを救ってくれませんか。お礼は致します」

「お礼などいらないです。クレメラは私にとっても大事な地ですから。私でお役立てるのならば喜んで。いいかい、ユーリ」

「その町はお兄ちゃんも行ったところ?」

「そうだよ。クリスと二人で行ったんだ」

「僕もお兄ちゃんと同じ景色見たいな」

「今は魔がいるから町はどうなっているか分からないけれど、行くかい?」

「行くよ。僕にはお兄ちゃんとの思い出ってあんまりないから、少しでもお兄ちゃんと関わりのあるところには行っておきたいんだ。それに、僕でも力になれることはあるよね」


 私たちは正式にルーカスさんの依頼を受けた。すぐにここを発てば、三日もあればつけるだろうなどと思っていたけれど、ルーカスさんは城内にある空間転移陣を使うようにという。私は背筋が寒くなるのを感じた。

 空間転移の術は転移陣同士を繋ぐもので転移陣のないところには飛べない。大きな町には有料の転移所があり、専門の転移術士がいる。

 転移といってもどこまでも飛べるわけではなく、限界距離がある。限界距離は術士の能力に左右されるのでチェックしておく必要がある。しかし。


「クレメラには転移所はありませんでしたよね」

「観光地だから、最近整備したよ。たくさんの人に見てもらいたい土地だからね」

「せ、整備したんですか」

「よかったね、空間転移の術ならすぐに着くよ」

「そ、そうだね」


 実は、私は空間転移の術が苦手である。苦手というより嫌いだ。空間転移による浮遊感で空間転移酔いを起こす人は結構いる。

 私もその一人だ。

 それも、結構症状が重い方なので出来るだけ移動では使わないようにしている。ユーリには悪いけれど、かなりキツい道のりでも徒歩だ。それも私のわがままで。そろそろ克服しなければならないのか。


「アルベルトさん、もしかして空間転移酔いですか」

「そうなの、アル」

「はい、そうです。出来れば、空間転移は避けたいですが、仕方がないですよね」

「アルが空間転移酔いするなんて知らなかったよ。それで、急いでいる時も歩きだったんだ」

「ごめんね、ユーリ。でも、今回は人の命がかかってる。空間転移するしかないね」

「大丈夫かな?」

「ええ、私が酔う程度ですから。人の命の方が大事です」


 私は覚悟を決めた。

 ルーカスさんは応援することしか出来ないけれどと困ったように微笑んだ。なるべく早い方がいいだろうし、覚悟が決まった今でないと踏ん切りがつかない。私たちはルーカスさんに礼をして、メイドの案内で城内の転移陣へ向かった。

 クレメラを救うために。

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