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第10話 王都からの使い。

 カールレラに戻ってくると、私はまた空間転移酔いに悩まされていた。

 相変わらずの酷い症状である。今回は頭痛と目眩が酷く出ていて、頭を起こそうとすると、くらりと景色が歪んでハンマーで頭部を滅多打ちにされているような感覚に襲われる。とてもではないが、しばらくは起きられそうにない。

 私は真っ白い天井を眺めて、桜の精霊が言っていたことを思い出していた。

 銀髪の魔。思い出したくもない、出来れば一生封印しておきたいくらいの嫌な記憶。けれど、封印したままには出来ないのだろう。いずれ、その傷口に触れられる日が来る。

 ユーリはぼうっと窓際で外を眺めている。桜の木が切られてから、何だか様子がおかしい。何か思うところでもあったのだろうか。私はクリスのことを思いだしたけれど、ユーリもそうなのだろうか。


「ねえ、アル。クレメラで宿の女将さんがくれた薬あったじゃない。あれ、もらってくればよかったね。効いたんでしょう?」

「そうだね。あの薬はよく効いたよ」

「さっきもらった痛み止めは、効いてないみたいだね。何であんないい薬がカールレラ城下では普及してないんだろう」

「本当に。あの薬飲んで一眠りしたらよくなるだろうになあ」

「あ、転移陣使わせてもらって、クレメラまで行ってこようか。薬を買ってくるよ」

「そこまでしなくてもいいよ。多分、もう少ししたら起きあがれるようになるから」

「それならいいけど。あんまり辛いようだったら言ってよ」


 確かに、クレメラでもらった薬はよく効いた。あの薬が一般的になって欲しいと願うばかりである。

 ユーリにいらない心配をかけてしまって、本当に情けない。この体質はどうにかならないものだろうか。

 空間転移酔いを起こす人は結構多いと聞く。酔わないように移動する研究とか、酔い止めの飲み薬などの研究はされていないのだろうか。そういうものが実用化されれば世の中はもっと便利になるだろうに。


「アル、僕やっぱり領主様に言って薬買ってくるよ。あまりにも酷いもの。ほんの少しの間だから、我慢して待っててね」

「いいよ、ユーリ」

「ほら、空間転移が必要な場合もあるでしょ。その度に寝込んでいられないよ。アルも辛いだろうし、見てる僕も辛いよ。じゃあ、領主様のところに行ってくるね」


 ユーリはそう言って部屋を出ていった。私はそんなに具合が悪そうに見えるのだろうか。実際、具合は悪いのだけれど。もう少し経ったら起きられそうな雰囲気でもある。わざわざ、薬を買いに行くまでもないだろう。

 もしかしたら、私が寝込んでいるのでユーリは考えたくもないことを考えてしまうのかもしれない。いや、それは私の方か。私は先ほどから嫌な記憶が蘇ってきて胸が締め付けられる思いだ。


「ユーリ」


 考えてみれば、ユーリと旅を始めて三年近くになるけれど、私は一度もユーリをクリスが眠る地へ連れて行っていない。つまり、ユーリはクリスの墓参りをしていないのだ。いつかは連れて行かなければと思ってはいるのだが、なかなか踏ん切りがつかない。

 あそこは私にとっては人生最悪の記憶の残る場所で、行く気にはならないのだ。それが私のわがままでしかないことはよく分かっているが思い出すだけで辛いのだ。辛いから、封印しておきたい。

 それに、もしかしたらまだあそこには魔がいるのかもしれないと思うと連れては行けない。

 しばらくして、ユーリが戻ってきた。


「アル、領主様のところに行ってきたんだけど、あの薬のことは初めて聞いたみたい。すぐに部下に買ってこさせるから、待っていてくれって」

「ルーカスさんも空間転移酔いするみたいだから気になるのかもしれないね」

「そうだね。ラヴィネン城に呼ばれたら空間転移で行かなければならないんだろうし、使う機会は多そうだね」


 薬はすぐに届いた。

 本当にすぐに部下を行かせたたようだ。私は水もらって、薬を飲む。独特な匂いが鼻につくが、そこは仕方がない。よく効く薬だからそのくらいは我慢しなければならない。横になっていると、頭痛も目眩もおさまっていく。恐ろしいほどによく効く薬だ。

 具合がよくなってきて、私はユーリに尋ねてみた。


「ユーリはクリスのことをあまり聞かないね」


 そう、ユーリがクリスのことについて尋ねることは滅多にない。たまに私が思い出していたりすると少し話す程度だ。私が気づかないうちに嫌な表情をして拒否しているのかもしれない。聞きにくい雰囲気だとか。本当はユーリだってクリスの話をしたいはずだ。けれど、ユーリは私が考える以上に大人だった。


「聞きにくかったりするかい。私だと話しにくいとか」

「そんなことはないよ。だけど、お兄ちゃんの話をする時のアルは楽しそうでちょっと辛そうなこともあるから」

「そう、なんだね」

「でも、聞きにくいとかじゃないよ。お兄ちゃんの話は聞いていても嬉しいし。ただ、時々でいいよ。思い出すのも大事だけど、これからも見なきゃいけないでしょ。僕はアルとたまにお兄ちゃんのことを話しながら、旅を続けていきたいよ」

「うん。そうだね。ところで」


 その時、ドアをノックする音が響いた。

 ちょうど、クリスの墓参りについて聞こうと思った時だった。ユーリははーいと返事をしながらドアを開ける。何となく、クリスの墓参りの話をし損ねてしまった。話すなら今だった気もするのだが。


「アルベルト様、ユリウス様、領主様がお呼びです」


 私たちはルーカスさんの執務室に呼ばれた。メイドのあとについて北の塔を上る。

 わざわざ呼ぶいうことは、何か起きたのだろうか。別の町に魔が出たとか。執務室に入るとルーカスさんともう一人見知らぬ人が立っていた。私より少し上くらいの黒髪の青年だ。


「アルベルトさん、ユリウス君、この方はラヴィネン城からの使者だよ。大臣のヘルレヴィさんが二人に会って話がしたいとのことだ。なるべく急いでほしいと言っているんだが、行くかな?」

「私たちに何の用でしょうか」

「貴方が杖の持ち主ですね。今ここであまり詳しくは言えませんが、貴方の力が必要なのです。王都まで来てはいただけないでしょうか」

「アル、行くの?」

「そうだね、わざわざ迎えに来てもらって行かないわけにはいかないね」

「こちらの少年は?」

「私の相棒です」

「そうですか」


 あまりいい顔ではないな。それにはユーリも気づいているようで、小声で僕は残ろうかと言うが、私はユーリを置いていくつもりはさらさらない。魔は私一人で倒せているわけではない。ユーリの力もあってようやくの話である。

 なるべく急いでほしいということなので、また空間転移ということになるのだろう。出来れば避けたいが、今回は酔っても薬があるから心強い。部屋に荷物を取りに行こうかと思ったら、メイドが荷物をまとめて持ってきてくれたようだ。


「荷物も持ってきてもらったし、行きましょうか」

「アルベルトさん、これをお忘れですよ」


 ルーカスさんが渡したのはお金の入った布袋だった。報酬なしで引き受けたのでもらうわけにはいかないと言ったのだが、ルーカスさんは大事な地を守ってくれたのだからと譲らない。使者も待っているし、結局私が折れた。

 結構な金額が入っていると思われる。何だか悪いことをしてしまった気分だ。

 城内の転移陣に乗ると、ルーカスさんはにこやかに手を振ってくれていた。

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