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第12話 エリサ。

 夕食を終えた私たちはのんびりと過ごしていた。

 城下町に魔が出ているというのに、探しにも行かないということに若干の罪悪感を感じている。だが、体調を万全にとのことだったので、無理はしない。ユーリはメイドのエリサさんと先ほどからずっと話をしている。

 銀色の髪に赤い瞳をした彼女に、私はほんの少し違和感を覚えていた。髪の色と瞳の色から先入観もあるのかもしれない。けれど、そうでなくても何かがおかしい。気配が人のそれと違うのだ。人でもなければクレメラで会った精霊とも違う。


「エリサさん、貴女は何者なのでしょう」

「どうしたの、アル。いきなりそれは失礼なんじゃ」

「いえ、ユリウス様いいのです。お気になさらず」

「貴女の気配は人間とも精霊とも違います。それが気になって。失礼なことを言って申し訳ありません」

「いいんです。私は人間ではないのです。この世界でいうところの魔という存在になります」


 何を言っているのだろう。

 魔が人と暮らしているとでもいうのだろうか。

 冗談が過ぎる。

 他の土地には人間ではない種族というのがいるらしいので、そういうことかと思ったのだが、魔と言ってくるとは思わなかった。冗談ですよねと言おうとしたが、嘘や冗談を言っている目ではない。真剣だった。

 けれどエリサさんが魔だったとして、魔の禍々しい気配も空間の歪みも感じられない。それはどういうことなのか。もしも、エリサさんが魔ならば葬らなければならなくなる。

 だが、今日色々と世話をしてもらって、無抵抗なのに葬るのは気が引ける。


「魔にも話の通じる人がいるんだね。皆怖いのかと思っていたよ」


 すっかり仲良くなったユーリは、何の疑いもなくエリサさんが魔だということを受け入れたようだった。だが、私には魔だとは思えないし、どうしたらいいのか判断に困る。

 エリサさんは迷う私に、念を押すかのようにもう一度、魔という存在ですといった。私が杖を持っていることを知っていて近づいてきたのだろうかとか、私たちを喰おうとしているのではないかとか、色々考えてしまう。ユーリは不思議そうに私を見ていた。


「実は人間のそばで暮らしている魔は多いです。なかなか気づかれないだけで。この城にも私以外の魔が数人います」

「貴女が魔だとするならば、何故私たちを襲わない」

「何故といわれましても、襲う理由がありません。誤解されていると思いますが、魔が皆人間を襲うわけではないのです。むしろ、人を襲わない魔が大半です」


 そんなことあるわけがない。魔は人を襲うものだ。人を襲って殺すものだ。だから、クリスはあんなことになってしまったのだ。エリサさんは嘘を吐いている。この人は魔ではなくて、ただ私をからかっているだけなのだ。

 そうだ、そうに違いない。


「人を襲う魔は、力を得て他の者を支配しようとするのです。そのために人を殺します。人の命は特別な力になるそうなので」

「力になるそうとはどういうことですか。何故断言しないのです」

「私は人を殺したことがありませんから、どう力になるのかが分からないのです」

「そんな魔はいませんよ」

「いるのです。人間だって、罪を犯す者もいれば善良な者もいるでしょう。魔も同じことです。人を殺すことを罪と思わない者がいます。たぶん、それがアルベルト様の想像する魔なのです」

「違う。魔に善良な者などいない」

「ちょ、アル。言い過ぎだよ。エリサさんにはエリサさんの事情があるよ。いい人も悪い人もいるんだよ」


 ユーリはどうしたのだろう。

 何故私の味方をしない。

 もしかして、エリサさんが幻を見せているのか。やっぱり魔なのだ。魔は人を惑わせて殺すのだ。私はいつでも杖を手に出来るように身構えた。受け入れない私に、エリサさんは悲しげに目を伏せる。ユーリまで悲しげに私を見ていた。

 これでは私がおかしいみたいだ。

 そんなことはない。そうだ、魔がここにいることをヘルレヴィさんに伝えなければ。魔は城内にまで入ってきている。


「人を支配したい魔は人間を襲いにくるんだよね。じゃあ、エリサさんはどうしてこっちの世界に来たの?」

「私は逃げてきたのです。力を持つ者は人間だけでなく魔も殺しますので」

「エリサさんが魔だってことを知ってる人っているの?」

「ヘルレヴィ様はもちろん、国王陛下もご存じです」

「国王陛下も?」

「はい。あと、周りの仲のいいメイドも知っています」


 国王陛下もヘルレヴィさんも受け入れているなんて、信じられるものか。私は行き場のない感情に押し潰されそうになっていた。何の疑いもなく受け入れるメイド仲間が、ユーリが分からない。

 私は部屋を出た。

 空はオレンジからブルーへと変わっていく時間。窓の光はやんわりと廊下を照らす。城内なんて分からないのに、私は止まることなく歩き回る。今止まったら死んでしまいそうだ。

 しばらく歩いていると、仕事中のヘルレヴィさんと出会った。ヘルレヴィさんは何かを察したらしく、持っていた書類を人に預けると私に声をかける。


「私の部屋はすぐそこなのです。少しお話ししませんかね?」


 部屋は本当にすぐ近くで、そこそこの広さの部屋にどっさりと本や書類が積んであった。そろそろ暗くなるねと、ヘルレヴィさんはランプに明かりを灯す。魔法の明かりではなく、火を点けるようだ。その明かりのやわらかさに少し心が落ち着いた。

 部屋の隅の応接セットに座るように言われたが、そこも書類の山だった。ヘルレヴィさんは応接セットの書類を雑に拾うと、真ん中奥の机に積み上げる。片付けは得意ではないらしい。


「汚いところで申し訳ない。一杯やりますか?」

「いえ、飲めないんですよ」

「下戸ですか。酒など飲めない方がいいです。余計なことに巻き込まれやすいですから」

「ヘルレヴィさん」

「エリサのことですか?」

「ええ。彼女は自分のことを魔だと言いますが、私には信じられないのです。魔の気配もしませんし、私たちを殺そうともしません。しかも、魔であることを国王陛下やヘルレヴィさんも知っているというのです」


 ヘルレヴィさんはグラスに琥珀色の液体を注ぐと、一口飲んでテーブルに置いた。それから、すぐ横の棚に並んでいる瓶をいくつか撫でると、一本の瓶を手に取ってラベルを確かめ、グラスに赤紫の液体を注いで私にすすめる。

 私は本当に酒が飲めないのだけれど、ヘルレヴィさんは大丈夫という。飲んでみるとそれはブドウジュースだった。


「エリサの言うことは本当です。彼女は魔なんですよ。魔と言っても色々です。一般的に魔の気配だと思われているのは魔の殺気ですよ。人を殺す気のないエリサに殺気などありません」

「魔を受け入れたのですか?」

「魔は結構前からこの城に存在します。私も国王陛下もそれは知っていますし、国の重要な職に就いているものもいますよ」

「国王陛下も認める魔がいるということは分かりました。けれど、何故その魔を私たちの世話係に?」

「単純な話をすると、仕事が出来るからです。問題なく仕事をこなすでしょう」

「ええ。ですが」

「魔となると話は別、かな。でも、魔はそばにいますよ」


 頷くと、でしょうねと少し困った顔をした。

 王都の外れで死にかけていたまだ幼い子どものエリサさんを、ヘルレヴィさんが助けたのだという。体に異常はないかと医者に見せると人間とは違うようだと言われ、魔であることに気づいたそうだ。魔はもう何人も城にいたので、回復の方法を教えてもらった。

 そして、元気になったエリサさんを子どものいない知り合いの夫婦に預けたのだ。助けたこと後悔していないし、怖いとも思わないという。

 私はそんな身の上話を聞きたいのではない。


「私の元の相棒はユーリの兄のクリスです」

「クリス君、覚えているよ。弟の手紙によく出てきたからね」

「殺されたんですよ、魔に。私はそれを見ているしか出来なかった。だから、魔は許せないです。エリサさんが悪人でないことは分かります。でも、受け入れることは出来ません」

「そうだね。すぐには受け入れられないでしょう。でもね、人間に色々な人がいるように、魔にも色々いるのだということを学んで欲しかったんだよ」


 ヘルレヴィさんの言ったことは私にはよく分からなかった。魔には魔の事情がある。けれど、私には私の事情があるのだ。魔に相棒を殺されたという事情が。私はエリサさんを受け入れるわけにはいかない。

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