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第13話 城下町。

 朝食の時間、私は欠伸ばかりしていた。

 結局昨日は色々考えてしまって眠れなかった。夜によく眠れなかった所為か、朝起きると眠くて仕方がない。美味しいであろう朝食も、口に押し込んで飲み下すという作業になっている。

 真っ白い皿が眩しい。太陽と同じくらいに眩しい。そのくらい眠かった。

 けれど、私たちはこれから魔と大魔道士カレルヴォの捜索をしなければならない。それが仕事なのだし仕方がないが、何にせよ眠い。


「もう、アル。いつもより寝起き悪いんじゃない?」

「昨日あんまり眠れなかったんだよ」

「エリサさんが頑張ってくれたのに起きないんだから」

「ごめん」

「ご飯食べ終わったら、もう一度冷たい水で顔を洗った方がいいよ」


 私が起きられないのはいつものことだ。ご飯を食べ終わると、本当に冷たい水をたたえた洗面器が出てきた。私は仕方がなく顔を洗う。水の冷たさに身が引き締まるようだ。これで少しはぴりっとした。気合いを入れて捜索をしなければ。

 しかし、エリサさんに起こされていたのか。

 エリサさんが魔だという現実は受け止められたが、もやもやしていて受け入れることは未だ出来ない。こうして魔に世話をされるのが本当は嫌で仕方ない。

 けれど、昨日のように感情を表に出すことは避けていた。ユーリですら受け入れているのに、私がただ駄々をこねているだけのように思えたからだ。実際、そうなのだろうけど。

 エリサさんが悪い人ではないと分かっているし、理屈をこねて意地を張っているだけ。分かってはいるのだ。


「城下町はどんな状態なんだろうね」

「あまりいい状態ではない気がするよ」

「エリサさん、城下町の地図とかあるかな。ここ初めてなんだ」

「私が案内しますので、地図は必要ないかと」

「エリサさんが案内してくれるんだ。地図を見るよりわかりやすくていいね、アル」

「そう、だね」


 多分、これもヘルレヴィさんの指示なのだろう。ユーリの身支度を手伝うエリサさんを見て思わず思い出す。

 銀色の髪、赤い瞳。

 繰り返したくない出来事。

 魔と一緒に魔を捜索するということで、私は緊張していた。もし、この穏やかなエリサさんが猫を被っているだけだとしたら。それに、町を襲う魔の味方をしないと言えるのか。我ながら、嫌な見方しか出来ない。


「参りましょう」


 城内を抜けて城下町に出ると、魔の気配が漂っていた。ヘルレヴィさんが魔の気配は殺気だと言っていたのを思い出す。確かに、鋭くていい気分のしない気である。

 メインストリートを歩くと、白い壁の家や店がずらりと並んでいて、非常に綺麗な町である。

 だが、一歩路地にはいると何人もの人が倒れている。その目は虚ろで、身動き一つしない。魔に心を喰われてもう人間としてはいきられない者たちだ。私は左手を天にに掲げ、月光の杖を受け取る。


「どうするのですか?」

「浄化します」


 杖を持つ者の仕事は魔を倒すだけではない。こうして魔に心を喰われて抜け殻と化した者を浄化するのも仕事のうちだ。浄化というのは体を昇華させること。

 私は杖で地をつくと、祈った。

 やんわりとした光が放たれ、抜け殻になった人々を包み込む。全てを洗い流すような光は、抜け殻になった人々を天へのぼらせた。光が引くと、そこに人々の陰はない。


「これが、杖の力ですか」

「そうですよ」


 あれ。浄化の光を浴びてもエリサさんは何ともないのか。普通の魔ならダメージを受けるはずなのだが。

 何故だろう。

 私はエリサさんの顔をまじまじと見た。ダメージを受けている様子はない。浄化の光が弱かったのか。いや、人々はちゃんと昇天している。おかしい。もしや、杖の光がおかしいのではなく、エリサさんがダメージを受けない体質なのか。私の戦ってきた魔とは違うということか。


「この杖が人々を救うのですね」

「そうですよ」

「私たちを救う杖でもあるのですね」

「ねえ、エリサさん。それはどういうこと?」


 私たちは魔の気配を探りながら話すことにした。


「私の家族は支配者に殺されました」


 支配者とは力を求める一部の魔のことであるらしい。魔が魔を殺すのかとユーリが問うと、殺人を犯す人間と同じですと答えた。そうか。魔も魔を殺すのだ。

 魔の世界は今戦乱の世の中で、支配者が多く現れているのだそうだ。力のある魔は、力のない魔を虐げ支配する。その力関係の構造は人間と何ら変わりない。エリサさんは家族を殺され、そんな魔の世界から逃げ出したのだという。力のない魔は一度こちらの世界に来ると帰れないものらしく、エリサさんは故郷を捨てざるを得なかった。


「こちらが被害を受けた住宅街です」

「エリサさん、大丈夫?」

「大丈夫ですよ、ユリウス様」


 魔の気配が濃くなっていた。エリサさんの額を汗が流れる。支配者に家族を殺されたエリサさんにとって、魔の気配に晒されるということは苦痛ではないのか。そう聞くと、エリサさんは大丈夫ですと、およそ大丈夫とはほど遠い表情で答えた。


「私は魔ですが、家族を魔に殺されました。助けてくれたのは人間です。私を育ててくれたのも人間。私は人間を守りたいのです」


 はっきりとした意思。私はその意思を尊重しようと決めた。そして、エリサさんを認めようと思った。エリサさんは人間を真剣に守ろうとしている。ヘルレヴィさんはこういうエリサさんを見て欲しかったのではないか。私はすぐに受け入れられなかった自分を恥じた。


「何だか魔にエネルギーを吸い取られているみたい。ちょっと疲れてきちゃった」

「ユーリ、私はこのまま捜索を続けるけど、城に戻って休むかい?」

「ううん。もう少し頑張るよ」


 私もユーリほどではないが、少し疲れている。魔の影響下にはいっているのは間違いない。

 今、町のどの辺を歩いているのかは分からないが、エリサさんは角が来るとすっと曲がる。その景色は衝撃的だった。建物があちこち壊れていて、一部瓦礫の山と化している。

 これが魔の仕業だというのか。


「ここが魔に壊された町です」

「アル、おかしいよ。魔ってこんな物理攻撃、滅多にしないよね」

「そうだね。何か理由があるのか。ちょっと分からないな」

「そうなのですか。ここでは魔は物理攻撃をしてきますよ。どこからか魔法のような力で攻撃してくるんです。だから、こんなに町が破壊されてしまったのです」

「でも、魔は魔法を使わないですよね」

「そこが分からないのです。とにかく、この攻撃に耐えるためにも大魔道士カレルヴォの力が必要なのです」


 なるほど、魔の謎の攻撃を魔法でブロックしていたわけか。その先頭に立っていた大魔道士カレルヴォがいなくなってしまった。それで、探して欲しいと依頼されたのだ。

 基本、魔は魔法では倒せないが、ダメージは与えることが出来る。そういう面でも大魔道士カレルヴォは貴重な存在だったと思われる。

 その時、魔の気配が急に強くなって、背筋が寒くなった。


「さっき杖を使ったので警戒されているのかもしれない」

「アル、どうしよう」

「大丈夫だよ、ユーリ」

「支配者にとって杖を持つ者は敵です。杖は支配者に対抗するため作られたのですが、殆どがこちらの世界に流れてしまったのです」

「杖は元々そちらの世界のものだったのですか?」

「はい。けれど、こちらの世界のものは支配者に破壊されてしまいました。支配者はこの世界の杖も狙っているはずです」


 突然、空から火球が降り注いできた。逃げまどう人々、強くなる魔の気配。空間の歪みの空気は感じられない。火球は私たちのすぐそばに降り注ぐ。狙いは私たちなのだろう。このままここにいては関係のない人たちを巻き込むことになる。

 私たちは町の真ん中にいる。

 町外れまで行くにも結構あるので、どうしたらいいのか。

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