攻撃は続く。
私たちは一旦町を離れるべきだろうか。それでは、間に合わないか。迷っている暇はなくて、私は混乱する。落ち着け。落ち着け自分。一つ間違えばたくさんの犠牲が出てしまう。魔法は高い位置から下に向けて放たれているようだ。どこか高いところに魔がいるのだろうか。
ふと、空を飛ぶ銀髪の子どもの姿が目に入った。
子どもは下を見ながら飛んでいるようだ。空を飛ぶとはどういうことなのか。魔法なのか、魔の特殊な能力なのか。じっと見ていると、その子どもと目が合ってしまった。
すると、私の目の前にゆっくりと降りてくる。子どもとは思えない禍々しい表情で私に笑いかけた。何か嫌な予感がする。
「お前のその手にあるのは杖だな。それは月光の杖かな?」
「それが、どうしたんだ」
「杖だ、杖が見つかった。杖が見つかったよ」
子どもはそう言って踊る。
「いいのかい。早く魔を探さないと、この町が滅びるかもね。面白い、面白いね。それも面白いね」
くるくると踊る子どもと、降り注ぐ火炎。あちこちで火の手が上がっているようだ。このままではまずい。しかし、この子どもは何なのだ。戸惑う私たちにエリサさんはぼそっと呟いた。
「使い魔」
「エリサさん、使い魔とは何です」
「使い魔とは力の強い支配者に使える者です。使い魔自体に大きな力はありませんが、主である魔は非常に力があります」
「ということは、ここの魔は強い魔だということですか」
「恐らく」
私もユーリも使い魔という者を初めて目にする。たまたま、子どもが仕えているだけなのか、使い魔は子どもなのか分からないが、使い魔はまだ鼻歌交じりに踊っている。この使い魔をどうするべきなのかが私にはよく分からない。エリサさんのように杖の力が効かない場合もあるし、この使い魔自体が悪いことをしているわけではない。でも、危険ですとエリサさんは言った。
「ここの魔は別に強くなんかないよ。ご主人様から比べたら下の下だね。ご主人様の命令だから仕方なく手伝ってやってるんだよ。偉い、偉い?」
使い魔はそう言って踊り狂う。
私は杖を構える。まだ、この使い魔は何もしていないかもしれないけれど、いずれ何かするかもしれない。
「あれー、杖構えちゃう構えちゃう。怖いよう、それ凄く怖いよう。怖いからやっちゃってー、カレルヴォ!」
カレルヴォ、大魔道士カレルヴォか。空を見上げると、カレルヴォさんと思しき三十代後半くらいの男が飛んでいた。使い魔が手を振ると降りてきて、攻撃を始める。
もしかして、操られているのか。魔に人間を操る能力があるなんて聞いたことがない。聞いたことはないけれど、戦わなければならない。早く魔を探さないと、大魔道士の力ならばこの辺りの景色を簡単に変えてしまうだろう。
「来たね、カレルヴォ。さあさあ、早くこいつらやっちゃってー。喜ぶよ、杖を持って帰ったらご主人様が喜ぶよー。凄い、ねえ凄い?」
「杖を、杖を」
「そうだよー。お前の仕事は杖を奪うことだよ。そして、この町を破壊することだよー。さー、思いっきりやっちゃってー」
カレルヴォさんの手から火球が発せられる。私に向かって飛んでくる火炎。最初の二発は避けたが、三発目の時足がもつれた。飛んでくる火球に思わず目をきつく閉じる。ごうっと大きな音がしただけで何も起こらなかった。
目を開けると、ユーリが私とカレルヴォさんの間で仁王立ちしている。ユーリが防いでくれたようだった。
「アル。アルは魔を探すことに集中して。カレルヴォさんの攻撃は僕が防ぐから。早く」
「だめだ。彼は操られているとはいえ大魔道士だ。力が違う。ユーリの力では」
「何とかするから。僕が何とかするから。僕を信じて」
「アルベルト様、他に操られている魔道士がいるようです。攻撃が」
迷っている暇はない。
早く魔を倒さなければならない。ユーリのことは気になったがカレルヴォさんを任せ、魔を探すことにした。元凶である魔を倒さなければどうにもならない。
町への魔法による攻撃が続いている。
町が燃えてしまいそうだ。エリサさんの言うように他に操られている魔道士がいるのかもしれない。私はエリサさんに城へ応援を呼びに行くように頼むと、走り出した。
「お気をつけて」
エリサさんの声がした。
魔の気配を辿って走る私と、それを追いかけるカレルヴォさん。それに、攻撃を防ぐユーリ。使い魔はいつの間にかいなくなっていた。カレルヴォさんの攻撃対象は私で、私が走れば走るほど周りを攻撃する。何とかカレルヴォさんだけでも黙らせたいところだが、それは無理なのだろう。一国の大魔道士を黙らせることなど出来るはずもない。
魔の気配を辿っていたら、繁華街に出た。魔の姿は見当たらない。呼吸も乱れ、一旦立ち止まる。集中しなければ魔の気配の細かい位置が分からない。呼吸を整える私の足下に、ユーリが吹っ飛んできた。
手を差し伸べようとすると、ユーリは早くと言って立ち上がる。
「さっきからアルばっかり狙って。僕だって怒るんだからね」
ユーリはそう言ってシールドを解いた。
そして、エネルギー弾を放つ準備をする。カレルヴォさんも火炎の塊を放つ準備に入る。これはまずい、ユーリはカレルヴォさんと真っ向勝負をする気だ。私はユーリを止めようとしたが、声をかけるのさえ躊躇われた。このままだと、ユーリの力とカレルヴォさんの力がまともにぶつかる。
何とかしなければ。
早く何とかしなければ。
私はユーリを失いたくはない。目の前で大事な人が死ぬのはもう嫌なのだ。魔はどこだ、魔はどこなんだ。
「魔よ、どこにいるんだ!」
大声で叫んだ。
家が壊れている、燃えている。人が倒れている、逃げている。このままじゃいけない。
ユーリとカレルヴォさんの力がぶつかって、私は衝撃で飛ばされてしまった。物凄いエネルギーと火炎のぶつかり合いに、私は何も出来ない。ただ見ているだけだ。
再び、光と衝撃が放たれ、私はまた飛ばされる。地面にはいつくばるようにして見ると、ちょうどカレルヴォさんが倒れるところだった。ユーリの力が勝ったようだ。
その時、魔の気配が急に濃くなった。
空間の歪みから漏れる空気が周囲の人々を惑わせる。
「ほう。大魔道士が子どもに負けるとは」
「お前がここの魔か」
半分、空間の歪みに隠れているらしく、姿は見えない。魔の笑い声が響いた。
「今度はこの子どもを私の人形にしてやろう」
「待て、そんなことは許さない」
「守られているばかりの者のくせに」
確かに、私はユーリに守られてばかりだ。
だから、今度は私が守る。
ユーリを操り人形になんてさせない。私が杖を構えると、ユーリがフォローに入る。私は必死で心を落ち着かせた。怒りは杖の力を暴走させる。ここで杖の力が暴走してしまったら、魔は倒せるが被害も増える。ゆっくりと祈りの力を込めていく。
その間、ユーリは飛んできた別の魔道士の魔法を弾いていた。空間の歪みの空気があふれ出すと、ユーリの動きが鈍くなる。惑わされかけている。まずい。この魔は惑わせた相手を操るのだ。
「お前の好きにさせるものか!」
私は銀色に輝く杖で大地をついた。
やわらかな光があふれて、魔を包み込む。そのまま力を込めて、町全体を浄化する。操られた魔道士たちも、これで魔の力から解放されるはず。元の人間に戻れるかは微妙なところだが。広範囲に浄化の光が届くようにすると全身の力が吸い取られるようだ。けれど、ここで頑張らなければ。ユーリも頑張ったのだから。
少しして、魔は跡形もなく消え去った。
光が引くとユーリがカレルヴォさんに駆け寄る。カレルヴォさんは乗っ取られていたわけではなく、操られていただけなので無事だったようだ。他の操られていた魔道士たちも攻撃をやめた。
町は一気に静かになった。