目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第15話 鎮火。

 大魔道士カレルヴォは意識を取り戻して、町を見回して涙を流した。ユーリの攻撃を受けているので、怪我だらけだが命に別状はなさそうだ。そのままでは辛そうなので私は怪我の具合を確認する。これなら私の魔法でも何とかなりそうだ。ユーリのように攻撃魔法やシールドは苦手だけれど、一応少しならば私も魔法が使える。


「大丈夫ですか。少しの間じっとしていて下さい」

「貴方は魔を倒した」

「ええ。魔力が低いので少し時間はかかりますが、楽にはなると思います」


 私は滅多に使うことのない回復魔法をかける。これがまた、集中力がいるし時間がかかるので、結構体力を使う。

 町全体を浄化したすぐ後なので少し体が辛い。ユーリは持てる力を使ってしまったのでふらふらだ。けれど、町の人とともに消火活動を開始していた。カレルヴォさんの体がほんのりと光り、傷が消えていく。出来ることならば、体力の回復もしたいところだったが、今の私の状態ではそこまでは無理そうだ。


「傷だけふさぎましたが、あまり激しく体を動かさないで下さい。私の今の力では完全には治せません。普通に動ける程度にはなっていると思いますが」

「癒しの力ですか、珍しいですね。うちの魔道士団でも一人か二人使える者がいる程度ですよ。杖の力と癒しの力、何か関係があるのでしょうか」

「どうでしょう。昔から使えたので関係はないのかもしれません」

「そうですか。ところで、水の魔法は使えますか?」

「少しなら。攻撃にはなりませんし、防御になるほど使えるわけではありませんが」

「いいんです。燃えている家に片っ端から水をかけましょう。バケツリレーより早いはずです」

「カレルヴォさんはあまり無理をしないで下さい」

「分かりました」


 私はカレルヴォさんと二人で家に水をかけて回る。それにユーリも加わって、三人で消火活動を進めていく。

 壊れてしまった家に、放り出されてしまった人々。

 魔に操られたカレルヴォさんや魔道士たちがやったのだが、記憶にはないのだろうか。完全に意識まで持っていかれていたのか。疑問に思ったが、そこについては聞くのをやめた。意識があったなら、心理的に物凄いダメージを受けているはずだ。

 カレルヴォさんは火を消しながら涙を流す。


「こうやって、破壊したのは私たち。少しでも、せめて消火だけでも早く終えたい」

「カレルヴォさん、意識があったのですか?」

「ええ、ずっと意識はありました。だから、申し訳なくてたまらないです。この町を壊したのは、町を守るべき私たち魔道士なのですから」

「カレルヴォさん」

「そうだ、私を止めてくれた少年は貴方の相棒でしょうか」

「ええ、そうです」

「魔力も高いし、魔法の才能があります。私を止めたのですから。修行をすれば、きっといい魔道士になるでしょう」


 いい魔道士に。なるのかもしれない、ユーリなら。私もさっきは驚いたのだ。ユーリがあんなに凄い魔法を使うなんて思わなかった。魔法が得意なのはわかっていたけれど、大魔道士と対等にわたりあうなど想像もしなかった。

 やがて、町の火が大体消えた頃、エリサさんが私たちに向かって走ってきた。エリサさんは息を切らしながら、私たちに城からの命令を伝える。私とユーリとカレルヴォさんの三人はすぐに城にくるようにとのことで、すぐにラヴィネン城へ向かった。






 魔が現れたことにより、城の中は大騒ぎだった。ばたばたと人が行き交う中、私たちは国王陛下の私室に招き入れられる。かなりい広い部屋で、白を基調にブルーが取り入れられたシンプルだが上品な部屋だ。謁見の間に通されるかと思っていたら、まさかの私室。

 室内には国王陛下とヘルレヴィさんがいて、他にお付きの者などはいなかった。初めてお会いした国王陛下は、三十代前半でユーリと同じ金色の髪をした細身の男性だった。細身だが、割りと背の高い方と言われる私よりも上背がありそうだ。

 国王陛下は眉間にしわを寄せて苦渋に満ちた表情をしていた。


「カレルヴォがまさか操られているとは。町はかなりの被害を受けてしまった。これはどうしたものだか」

「申し訳ありません。どんな罰でも受けます」

「どんな罰でも受けるなんて、簡単に言ってくれるな。たった一人の友人を罰しなければならないこちらの身にもなってくれ」


 国王陛下とカレルヴォさんは幼い頃からの友であるらしい。今度のことで国王陛下の立場としてはカレルヴォさんを処分しなければならず、友人としては何とか見逃したいという気持ちなのだろう。とうとう膝をついて頭を抱えてしまった。ヘルレヴィさんが国王陛下に立ち上がるよう促す。


「カレルヴォの処分だが、どうしたらいいだろうな」

「本来ならば死刑か流刑かで意見が分かれることでしょうな。ですが、重臣は陛下に判断を委ねました。陛下のお心のままに決めるのがよいかと」

「お心のままにが一番面倒くさい。処分をしろと上奏される方がいくらかましだ。本当に困ったことをしてくれたな」

「申し訳ありません」

「魔道士団長を解任した後、流刑。これが妥当か?」

「国王陛下、よく決断なさいました」


 カレルヴォさんの後ろにいるので、その表情は見えない。国王陛下は唯一の友人を流刑にしなければならないという苦しい立場になってしまった。何とかならないものだろうか。

 このラヴィネン城で本音を言える相手がいなくってしまうのではないか。奸臣もいるだろう。その中で、一人国王としての威厳を保たねばならない重圧。

 私に出来ることは本当に何もないのか。


「処分も決定しましたし、そちらの者たちに褒美を取らせてはいかがでしょう」

「褒美、そうだな。この王都の魔を払った者たちに褒美を取らせねばならないな。何か望みはあるか。人を生き返らせて欲しいとかいう、ふざけたものでなければ何でも叶えよう」

「望みを聞いて下さるんですね」

「何なりと言うがいい」

「それでしたら、大魔道士カレルヴォの処分の撤回を」

「処分を撤回だと。何故だ」

「カレルヴォさんは操られていただけです。空間の歪みの空気で惑わされて操られたのであれば、抵抗は出来なかったはずです。大魔道士といえど人の子であることに変わりはありません。その責任を追及するのは酷というものです」


 国王陛下は考え込んだ。カレルヴォさんを処分しなければ王としての立場がないのだろう。だが、一応この王都を救った私が望んだ褒美としてならば何とかならないか。そう思ったのだが、余計に国王陛下を悩ませてしまっただろうか。

 国王陛下は取り敢えず保留と言って、淡いグリーンの瞳をユーリに向けた。ユーリは考え込んでいるようだ。


「お前の欲しいものは何だ?」

「僕は欲しいものは特にありません。けど、もしカレルヴォさんを流刑にしないでもらえるなら、僕はそうして欲しいです。我に返ってすぐに消火活動をしていた人です。悪い人ではありません。処分する必要はないと思います」

「本当に二人ともそれでいいのか。金でも宝石でも、地位でも何でもいいんだぞ?」

「私たちは地位も名誉もお金もいらないです。ただ、この国にまた魔が現れたとき、大魔道士カレルヴォがいなければ大変なことになるでしょう。流刑にしたことを悔やんでも遅いということになりかねません」

「僕たちは旅をして魔を倒すけれど、ここにいてずっと守ってくれるのはカレルヴォさんです」


 国王陛下は頭を抱えて、かなり悩んでようやく答えを出した。


「先ほどのカレルヴォの処分を撤回する。カレルヴォは引き続き魔道士団長として任に当たれ」


 と、真面目なのはここまでだった。

 処分が撤回されると国王陛下は茶にしようと言い、何故だか一緒にお茶を飲むことになってしまった。

 国王陛下は先王の息子ではあるが、側室に産ませた庶子で、王になる予定ではなかったのだそうだ。だから、帝王学も学んではいない。

 本当はこんな堅苦しいことが大嫌いらしい。ただ、ここで頑張れているのも、親友のカレルヴォさんに愚痴をこぼせるからのようだ。


「カレルヴォを守ってくれてありがとうな。俺一人じゃどうにも出来なかったよ」

「陛下、お言葉が」

「カレルヴォと、カレルヴォを守ってくれた人しかいないんだ、いいだろ?」

「そういうわけには」

「頭が固いんだよ、カレルヴォは。それより、お前たちが戦ってる時に子どもの魔みたいなのが来て、この国はいずれシュルヴェステル様のものになるって言っていったんだが、何か知らないか?」


 シュルヴェステル。

 その名前はよく知っている。奴はラヴィネン王国にいるのか。使い魔の言っていた主とはシュルヴェステルのことだったのか。

 あの魔には近づいてはいけない。

 あの魔は私の持つ大事なものを奪った魔だ。急に不安と恐怖が襲ってきて、私の意識は途切れた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?