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第16話 お休み。

 気が付くと、ベッドの上だった。

 どうやら、お茶を飲んでいる最中にばったりと倒れてしまったようだ。精神力を使い切っていたためだと思われるが、シュルヴェステルの名前を聞いたショックも大きかったと思われる。まさかあんなところでシュルヴェステルという名前を聞くとは思わなかった。聞きたくもない名前だった。

 シュルヴェステル。

 長い銀髪に冷たい赤い瞳をした魔。

 クリスを、殺した魔だ。

 一番印象に残っているが、一番思い出したくない出来事。封印したはずなのに、私の心の中はその名前で揺れている。シュルヴェステルのことを考えていると、全身から力が抜けていく。私は気分を紛らわせるため、起きあがって水を飲もうとするが、体に力が入らないのでやめておいた。繊細な細工のガラス製の水差しなので落として割ったら大変なことになってしまう。

 私はあの名前を頭から追い出そうと必死だった。


「アル、水飲みたいんでしょ。言ってよ」

「あ、ごめん。体にあまり力が入らなくて」

「いきなり倒れたから、皆びっくりしたんだよ。国王陛下は慌ててお医者さん呼んじゃうし」

「力を使いすぎたみたいだね。今度からは気をつけるよ」

「ちゃんと気をつけてよ。今回はたまたまお城の中ですぐにお医者さんにみてもらえる状況だったけど、これが森の中とか平原のど真ん中なら死んでるよ」

「そうだね。ユーリには心配をかけてしまったね」


 ユーリは私の体を起こすのを手伝ってくれて、ぶつぶつと文句を言いながらもコップに水を注ぐ。私はそれを受け取ると、一口飲んだ。からからだった喉が潤って、大きく一つ息を吐く。

 きっと、ユーリは気を遣っているのだろう。勘のいい子だから、私がシュルヴェステルという名前を聞いて倒れたことは分かっているはずだ。けれど、ユーリはその話をしない。避けているようでもある。

 もしかしたら、ユーリはシュルヴェステルという名前がクリスを殺した魔のものだということに気づいているのかもしれない。


「ユーリ、退屈じゃないかい?」

「んー、退屈かな。部屋にこもりきりだからね」

「エリサさん」

「何でしょう、アルベルト様」

「ユーリを気晴らしにどこか連れて行ってくれないかな。王都で見ておくべきところとかありませんか?」

「アル、僕はアルのそばにいるよ」

「ユリウス様、気晴らしも大切です。王都には見ておくべきところはたくさんあります。城内にも、城下町にも」

「そんな。魔が出て町が大変なことになったばかりなのに、僕一人観光なんて出来ないよ」

「ラヴィネン王国の王都なんて滅多にこれないんだから、見るべきものは見ておいで。いい勉強にもなるよ」


 ユーリは渋々といった表情でエリサさんの後についていった。

 一人残された私はゆっくり休まなければと布団に潜る。しんと静まり返った部屋に自分の呼吸音だけが聞こえる。普段、休みたいゆっくりと寝たいと思うけれど、こうして一人でいるとなかなか休めない。

 どことなく落ち着かないし、シュルヴェステルという名前がちらつく。ぽつんとしていると、嫌なことばかりを思い出してしまう。ユーリがそばにいればとも思うが、気晴らしをしないとストレスがたまってしまうだろう。

 私はどうしても眠れなくて、上半身を起こす。

 静かにドアをノックする音が響き、ヘルレヴィさんが顔を覗かせる。私は起きあがろうとしたが、そのままでと言われてしまった。


「昨日倒れたばかりなのですから、休んで下さい」

「ちょうど、起きようと思っていたところなんですよ。ゆっくり休むのは性に合わないようです」

「そうですか。では、男二人でお茶でもしますか。おじさんとお茶をしてもつまらないですかね」

「そんなことはありませんよ」

「おや、そうですか。それではお茶にしましょう」


 ヘルレヴィさんはメイドを呼びお茶の支度をさせる。部屋の真ん中にあるテーブルにお菓子とお茶が用意される。お茶菓子はクレメラ名物の桜餅のようだ。お茶もクレメラ辺りでよく飲まれている緑茶らしい。ヘルレヴィさんは満面の笑みを浮かべてテーブルにつく。私が席につくと、さあさあとお茶を勧めた。


「私はこの桜餅が好物なんですよ。国王陛下も大好きで、料理人をクレメラに行かせて、作り方を習得させたくらいで」

「私もこのお菓子は好きですよ。元の相棒も好物でした」

「クリスティアン君かな。もしやとは思いますが、シュルヴェステルというのはクリスティアン君を」

「ええ、そうです。力を使い切っていた上にその名前を聞かされて、ショックを受けたようです。国王陛下にも心配をかけてしまいました」

「いえいえ、回復しているのならばいいのです。嫌なことを聞いてしまいました。申し訳ない」


 ヘルレヴィさんは頭を下げると、緑茶を口にした。ほうと一息ついて、どうぞどうぞとお茶を勧める。

 ヘルレヴィさんはクッキーのような乾いた硬いお菓子より、桜餅のようなしっとりしたお菓子が好きなのだという。満面の笑みを浮かべて頬張る。私も桜餅を食べる。クレメラで食べたものより甘さが控えめで上品な味である。

 しかし、ヘルレヴィさんはただお茶をしに来たわけではないだろう。


「何か、お話があるのではないですか?」

「おお、気づかれていましたか。実は、国王陛下がカレルヴォを救った貴方たちを気に入りまして、おそばに置きたいとのことなのです。杖を持つ者がいれば国内に魔が出ても大丈夫でしょうし、ユリウス君は大変優秀な魔道士だとお聞きしました。残ってはいただけませんか」

「ユーリを連れて行きたいところもありますし、もうしばらくは旅を続けるつもりです」

「そう言われると思っていました。残って欲しいというのは国王陛下のわがままですのでお気になさらず」


 残って欲しいといわれたことは嬉しく思う。

 けれど、私はまだユーリをクリスの眠る場所へも連れて行っていないのだ。せめて、それが終わるまでは旅を続けていたい。ここからの距離ならば、行こうと思えばいけるのだろうけれど、気持ちの整理が全然出来ていない。もうしばらく旅を続けるのだろう。

 杖を持つ者がいれば安心なのは確かだが、この国には大魔道士カレルヴォがいる。結界を張れば、魔の侵入をある程度防げるだろうし、カレルヴォさんにはそれだけの能力がある。だから、そんなに心配しなくてもいいだろうというと、ヘルレヴィさんはそうですねと言ってお茶を飲む。


「近くに来たときには顔を見せにきます。何かあったら魔法鳥を飛ばしてくれれば駆けつけます」


 魔法鳥とは魔法で作られた鳥のことで、伝書鳩のように手紙を運ぶものだ。個人の特定は魔力の波長で区別するようなのだが、詳しいことは分かっていない。魔法に詳しい人ならば魔法鳥を作れるので、魔道士団の人でも紹介してもらおう。


「そうですか。もし気が変わってここで暮らしたいと思ったら、いつでも言って下さい。いい家としかるべき役職を用意しましょう」

「そう言って下さると嬉しいです」


 そこへ、ユーリとエリサさんが戻ってきた。


「どうしたんだい、ユーリ」

「雨が降ってきたんだよ。それで急いで戻ってきたんだ。あ、ヘルレヴィさん来ていたんですか」

「アルベルト君とお茶をしていたんだよ。ユリウス君もどうかな?」

「いいんですか。何かアルとお話があったんじゃ」

「いいんですよ。エリサ、ユリウス君のお茶の支度を」

「はい、ヘルレヴィ様」


 私たちは一日ゆっくりとしたので、明日の朝に旅立つことにした。

 何故だか、エリサさんも事情があるらしくついてくるという。ヘルレヴィさんもそのことを認めているようだし、私には断る理由もなかった。ユーリはエリサさんをすっかり気に入っていて、嬉しそうにしている。行く先で何も起こらなければいいのだけれど。

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