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第19話 夢。

 魔の気配で目が覚めた。

 目が覚めたといっても、まだ目は開かなくて気配だけを感じている状態だ。鉛のように重い体を動かし目を擦ったが、やっぱり目は開かない。魔の気配を探りながら、起きあがる心の準備をするが、体に力が入らない。布団に体が沈み込んでいくようだ。いつになったら、私は動けるようになるのか。

 ただ起きあがるだけなのにこれだけ時間がかかるなんて、相手によっては死んでいてもおかしくはない。何故、こうも寝起きが悪いのか。本当に嫌になる。

 しかし、さっきまでこの町では魔の気配はしなかったはずなのだが、新たに魔が現れたということなのか。そうならば、犠牲者がでる前に何とかしなければならない。私は何とか上半身を起こしてから、気合いを入れるために髪の毛を束ねる。

 ユーリはどうしただろう。

 重い体を引きずってベッドから下りると、隣のベッドで眠るユーリのところへ行く。すやすやと眠っている。ユーリはあまり魔の気配に敏感ではないから、ぐっすり眠っているのだろう。


「ユーリ、ユーリ。起きて。魔が出たんだよ、ユーリ」


 体を揺すって声をかけたが、一向に目を覚まさない。いつもだったら、ちょっと揺らしたり声をかけただけで目を覚ますのに。ユーリを起こすよりも、私が魔を倒しに行った方が早いだろうか。そう思ってもう一度声をかけるが、起きることはなかった。


「ユーリ、魔を倒しに行ってくるよ」


 私は部屋を出た。魔の気配は外だ。

 手に魔法の明かりをともして、廊下を進む。エリサさんに声をかけるべきか悩んだが、ノックをしようとしてやめた。私が魔を倒せば済むことだ。わざわざ起こすこともないだろうと、下の階へ向かう。皆寝静まっているようで、音がしない。静まりかえった酒場に自分の足音が響く。

 魔の気配はどうもぼんやりとしている。

 酒場から出ると、魔の気配は強くなった。強くなったけれど、どうも場所がつかみにくい。この魔も特殊な魔なのだろうか。ここのところ出会う魔は本には載っていないような能力の者が多いようだ。そんな特殊な魔を相手に一人で戦えるのか心配になる。

 大丈夫だ。

 私はクリスと出会う前は一人だったのだ。何とかなる。そう自分に言い聞かせて、町の中を進む。

 すると人影が見えて、急に物凄い眠気が襲ってきて、意識を失った。






 音がする。

 食器がぶつかるような音だ。

 何なのだろう。

 いい匂いがする。


「アルベルト、何度言ったら起きてくるの。朝よ」


 母さんの声だ。母さんが僕を起こしにきたのだ。早く起きないとまた叱られてしまう。けれど、僕の体は鉛のように重く、動く気配はなかった。このままもう少し寝ようかとも思ったけど、多分母さんは朝ご飯を用意しているのだ。ご飯は温かいうちに食べたい。でも、眠い。どうしたらいいのだろう。布団の中で睡魔と戦っていると、耳元で母さんの声がした。


「アルベルト、いい加減に起きないと朝ご飯は抜きよ」

「待って、今起きるから。ご飯食べる」

「もう、そう言っていつもなかなか起きてこないんだから。あと少ししたら、母さん先に食べるからね」

「えー、待ってよ。今起きるから」


 僕はようやく起きあがった。

 伸びをしてからベッドから下りる。そう広くはない部屋に、ベッドと机ががおいてある。本を読むのが好きなので、机の横には本棚。母さんと二人暮らしだからあんまり買ってはもらえないけれど、それでも本があれば毎日楽しい。僕は次にどんな本を買ってもらおうかなと胸を躍らせた。

 部屋を出ると、母さんが笑顔で皿を並べている。僕はいつもの席に座ると、母さんを待った。てきぱきと朝食の準備をしながら、母さんは金色の髪を束ね直す。

 母さんと僕は似ていないってよく言われる。髪の色も違うし、瞳の色だって母さんは紫で僕は深い緑色だ。近所のおばさんはお父さんに似たのねと笑う。

 けれど、僕が本当に父さんに似ているのかどうかは分からない。父さんは僕がまだ小さい時に死んでしまったから。


「アルベルト、食べましょう」

「いただきます」


 今日の朝ご飯はパンとチーズに温かい野菜のスープ。僕は母さんの作ってくれるスープが大好きだ。美味しい朝御飯に僕は大満足だった。いつも美味しいからいつも満足なのだけれど。美味しいよというと母さんは、笑顔で当然よと胸を張った。こういう表情の時の母さんは可愛らしいと思う。母さんは少し荒れた手で私を撫でた。


「そうだ、アルベルトはもうすぐ誕生日なのよね。今年は何が欲しいのかしら。また本が欲しいの?」

「うーん。何にしようかな」

「母さんの誕生日の時にご飯を作ってくれたから、お礼にいい物を買ってあげるわよ」

「いい物かあ。そんなに無理しなくていいよ」

「無理とか言わないの。母さんにだってちょっといい物くらい買えるわ。父さんがいないからって遠慮しなくてもいいの。子どもなんだから、少しは素直に甘えなさい」


 そう言って母さんはチーズを食べた。母さんは甘えなさいと言うけれど、僕はもう十分に母さんに甘えていると思う。でも、母さんが甘えなさいと言うなら甘えた方がいいのだろう。

 誕生日のプレゼントは何がいいだろう。本がいいかな。読んでみたい本はたくさんある。楽しい冒険の本も読みたいし、大人が読むような魔法の本も読んでみたい。

 そうだ、十二歳になるのだからもう子供の本ではなく、大人が読むような本がいいだろうか。

 母さんは私の顔を覗き込んで微笑む。


「なあに。欲しい物がいっぱいあって悩んでいるの?」


 僕には欲しい物がいっぱいある。


「僕はそれなりの家に住めて、それなりの仕事が出来れば、それでいいよ」


 何故そんなことを言ったのか分からない。

 けれど、それが僕の望みだった。母さんは驚いて目を見開いている。多分、本が欲しいというと思ったのだろう。僕自身、本が欲しいと言うつもりだった。僕は自分で言ったことなのに、自分の言ったことの意味が分からなかった。


「アルベルト、ずいぶん大人びたことを言うのね。母さんびっくりしちゃったわ。いいのよ、背伸びしなくても。まだ、子どものままでいいの。ゆっくりと大人になって」

「僕なんかよりも、ユーリの方が大人だよ」

「ユーリって誰。新しいお友達?」


 ユーリ、ユーリって誰だっけ。凄くいい子なんだよ。優しいし大人だし。ユーリは僕の新しい友達じゃないよ。あの子は相棒だ。とっても頼りになる僕の相棒。

 母さんはそんなこと知らない。

 知らないはずだ。とっくの昔に死んでいるんだから。

 僕は、いや、私は十二歳のアルベルトじゃないんだ。






 私ははっと目を覚ました。

 夢、だったのか。

 気が付くと、目の前には涙を流すエリサさんがいる。夢を見ている私をずっと見守っていてくれたのか。私はエリサさんに大丈夫と言って起きあがる。私の手を握るエリサさんの手は冷たくて震えていた。


「ずっと、そばにいてくれていたんですか?」

「殺気を感じたのでアルベルト様部屋に行ってみたのですが、お姿が見えなくて。ユリウス様は気持ちよさそうに眠っていたので、取り敢えずアルベルト様をお探ししなければと」

「そうしたら、私が町の真ん中で倒れていたということですか」

「はい。無事でよかったです」


 エリサさんはあふれる涙を手で拭うと、よかったですと繰り返した。

 どうやら、これが魔の能力のようだ。人に夢を見せる能力。体が少し怠いところをみると、眠っている人間からエネルギーを吸い取っているのだろう。


「エリサさんは大丈夫なのですか?」

「私には魔のこういう能力は効きません。だから、自由に動けました」

「エリサさん、ユーリを頼みます。私は魔を探してきます」

「分かりました。ユリウス様のことはお任せ下さい」


 エリサさんは軽く頭を下げると、くるりと背を向けた。

 私は大きく深呼吸して、神経を研ぎ澄ませる。魔を倒さないと、皆エネルギーを吸い取られて死んでしまう。早くしなければ。

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