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第20話 深夜の戦い。

 エリサさんが起こしてくれたおかげで、一時はすっきりと目が覚めたのだが、すぐにまた猛烈に眠くなってきた。

 眠気が波のように襲ってくる。

 眠くなってはましな時、眠くなってはましな時を繰り返す。ここで眠れたらどんなに幸せだろう。しかし、町の人たちの命がかかっているのだから、今は絶対眠るわけにいかない。全身から力が抜けていく感じに、下がるまぶた。

 私は頬を叩いて気合いを入れる。

 魔の気配が漂う町はあまりにも静か過ぎて不安になるくらいだ。もう命を落としている人がいるのではないだろうか、と。大人ならば耐えられるかもしれないが、幼い子どもやお年寄りはどうだろう。持ちこたえるには限度があるだろう。

 まだ、この町の人々は大丈夫だと自分に言い聞かせて、早く魔の居場所を特定しなくてはと足を早める。けれど、集中しなければならないと思えば思うほど眠気は強くなる。

 魔は一体どこなんだ。

 集中して気配を探っていくが、魔の気配がよく分からない。眠気が強すぎる所為だろうか。どうも調子がおかしい。

 静まりかえった繁華街を抜けて細い道の多い住宅街に入る。どこもはっきりと魔の気配がするわけではない。慎重に進んでいくと、町の外れに向かっているように感じる。人の気配がしない町に、はっきりとした気配がする。これは、魔の気配ではなく人間の気配だ。

 振り向くと、ユーリとエリサさんが走ってくるところだった。二人は宿から走ってきたのか、私の前に来ると肩で息をする。


「ユーリ、エリサさん、どうしたんですか」

「ユリウス様を起こして事情を説明しましたら、アルベルト様が心配だと仰って飛び出してしまって。慌てて追いかけてきました」

「ユーリ、心配してくれたんだ。来てくれてありがとう。エリサさん、疲れたでしょう。エリサさんは宿に戻って下さい。ここは二人で行ってきます」

「私を連れて行っては下さいませんか。足手まといにはなりません。こういう時のために魔法も習ったのです。お願いです、連れて行って下さい」

「ですが」

「皆で行こう、アル。一人で帰ってもらうのも危ないよ」

「そうだね。皆で行こう。エリサさん、危ないと思ったら逃げて下さい。それだけは約束して下さいね」

「はい、分かりました」


 ユーリが少しとはいえ、普通に話してくれたのが嬉しかった。目が合うと恥ずかしげに頬を染めて、横を向いてしまうのだけれど。それでも、少し不安だった私は大いに勇気づけられた気がする。

 住宅街も端の方になってきた頃、角を曲がった私たちの目の前に現れたのは、不自然過ぎるこんもりとした森だった。先ほど地図を見たときにはこんな森はなかったし、町の外れといえどいきなりこんな森があるわけがない。もしかして、ここに魔が巣食っているのか。

 私たちは顔を見合わせた。


「ここ、だろうね。それにしては魔の気配が弱い気がするけれど」

「でも、今まででここが一番気が感じられます」

「行ってみよう。ユーリ、眠いのかい?」


 ユーリが欠伸を噛み殺している。戻るかいと尋ねると、大丈夫と答えた。見た目にはかなり眠そうなのだが、ユーリは行くよと言って先頭切って森に足を踏み入れる。

 森に入った途端、私も眠気に襲われた。

 眠すぎて目が回りそうだ。エリサさんは何も感じていないらしく、平然と辺りを警戒している。

 森の中は迷路のようだ。木があちこち道を塞ぎ、遠回りを繰り返して進んでいく。これでは魔のいるところにつける気がしない。まさか、魔はこの森を自分の思い通りに出来るとかいう能力を持っているのか。そうでなければ、もっとまっすぐに進めるはずだ。

 風が吹くと森がざわめく。冷たい風で目が覚めるかと思ったら、眠気は覚めないままだ。魔が近づくと眠くなるとしたら、かなり近づいていると思われる。けれど、魔の気配はあまりしないのだ。何なのだろう、ちょっとおかしい。

 急に空間の歪みの空気が漂ってきた。

 魔はここにいるはずだ。

 よく目ををこらすと、木々の間から銀髪のユーリより少し年上くらいの少年が現れる。この少年が魔なのか。少年は心底私たちをバカしきった表情をしている。


「あんたたち、何でここに来ちゃったの。いい夢を見て気分がいいまま死ねたのに、バカみたい。どうせ死ぬなら楽に死ねた方がいいでしょ」

「それはお前の勝手な考えだ。私たちは殺されなければならない理由はない」

「殺されなければならない理由。あるでしょ、理由。あんたたちが美味しいエネルギーを持っているからだよ。黙って俺たちの役に立てばいいんだよ」

「そんなことはさせない。私がいる限りは」


 私は左手を天に掲げて、月光の杖を受け取る。

 魔は笑っていた。

 そこへ少し奥の茂みから子どもが現れる。見たことのある子どもだと思ったら、王都で戦った際に現れた使い魔だった。この使い魔はシュルヴェステルに仕えている。ということは、この少年のような魔もシュルヴェステルの手下なのだろうか。


「わーい。また会ったねー。今度こそ月光の杖はいただくよ。ねえ、リュリュ。さっさとあいつらやっちゃってー」

「誰がだよ。どうせ、あんたはシュルヴェステルの使いで来たんだろうけど、俺はあいつに従うつもりはないよ。残念だったな。俺は俺でやるからとっとと消えな」

「何言っちゃってんのー。ご主人様に逆らって生き残れるとでも?」

「そっちこそ何言ってるんだよ。シュルヴェステルがなんだってんだよって伝えとけ。と、言おうと思ったけどやめた。消えろよ。うざい」


 リュリュと呼ばれた魔は右手をあげると使い魔に向けた。

 まさか、魔が仲間割れをしているのか。いや、リュリュの様子や言葉遣いからすると、仲間というわけではないのか。睨み合いをしている二人を見ている私は、眠気に襲われていた。魔を倒すならば、絶好の時だということは相手も分かっていて、手を出せないようにしているのだろう。


「うざいとか最悪ー。報告報告。ご主人様に報告ー」

「その喋りがうざいんだよ。消える気がないなら、消してやるよ」


 リュリュはあげた右手から閃光を発する。使い魔は不気味な笑みたたえたまま動かなかった。リュリュの放った閃光は使い魔を貫き、声を上げることもなく塵と化す。

 そして、そのまま私たちを攻撃してきた。

 ユーリが攻撃を弾いている間に、魔は消えていた。

 意識が遠くなっていく。






 目が覚めると、そこは私が育った町だった。

 また夢の中に引きずり込まれたようだ。私のそばにはユーリがいて、普通の夢ではないことが分かる。私は二十四歳の姿のままで、夢の中の人物は町の人ではない。ここは私の故郷を模した、全く別の場所だ。


「ユーリ、大丈夫かい?」

「うん、僕は大丈夫。それより、ここは」

「多分、夢の中だよ。エリサさんは、あのリュリュという魔の術にかからないから、ここへは来なかったんだよ」

「何で、同じ夢にいるの?」

「それは分からないけれど、急いでいたようだし、想定外の事態なのかもしれないよ」

「アル、あっちに銀髪の人が」

「行こうか、ユーリ」


 私たちは人々に紛れて揺れる銀髪を追った。

 町の真ん中の公園を通って、街道に通じる門へ向かっていく。夢の中の空はどんよりと曇っており、今にも雨が降りそうだ。私の昔の出来事を思い出すような嫌な景色である。よりにもよって、こんな景色の中リュリュの追跡をしなければならないなんて。私はなるべく周りをみないように走り続けた。

 そして、やっとリュリュに追いついた。


「よく追って来たね。これはどっちの嫌な場所かな。まあ、どうでもいいんだけど。さあ、俺のエネルギーになってよ」


 リュリュは笑いながら閃光を発する。ユーリが私の前に立って攻撃を弾く。その間に、杖を受け取り祈りの力を込める。光があふれていく。まだ祈りの力が足りない。もっと、祈らなければ。

 そこへ、幾筋もの光が降り注ぐ。これはユーリ一人だけでは対処しきれない。私はなけなしの魔力を杖に込めて、攻撃をそらす。けれど、全部はそらしきれなくて、一部は私の腕に当たってしまった。

 痛いと思ったが、今杖を手放したら、せっかくためた祈りの力が消えてしまう。耐えなければ。


「お前、アルに何するんだよ!」


 ユーリは走って向かっていくと、両手から電撃を放つ。それをよけるリュリュ。もう一度、ユーリが電撃を放つがすんでのところでかわされる。私は、その間に祈りの力をためておいた。

 それから、私は大地を杖でつき祈りの力を発動させる。

 あふれる光にリュリュが気づいた時にはもう遅かった。光はリュリュをのみ込んで塵にすると、夢の世界をかき消し、私たちを現実に戻す。ヤロヴィーナの町に現れた森も全てをかき消した。

 エリサさんが私たちを迎えてくれる。

 深夜の戦いはこうして終わった。

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