目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第21話 夢から覚めて。

 ヤロヴィーナを発った私たちは、転移所のある北の町へ向かっていた。

 次の町は距離的に近くて、ハイキングのような感覚である。道の両脇には花が咲き、空は抜けるような青空だ。そんな穏やかな空の下、ユーリは少し落ち込んでいるように見えた。

 声をかけようかとも思ったが、昨日のことがあるのでちょっと声がかけづらい。ユーリから話してくれるのを待った方がいいだろうか。どうしたものか考え込んでいると、エリサさんがユーリに聞こえないように大丈夫ですよと言った。その言葉に、何だか少し落ち着く。

 エリサさんはこんなに私やユーリのことを気にしてサポートしてくれるのに、一時でも魔として警戒した過去の自分が、今更ながら恥ずかしい。

 のんびりと歩いていると視線を感じる。ユーリがちらちらとこちらを見ているのだ。一瞬目が合うと、唇を噛んで視線を逸らす。何か言いたいんだろうなと思いつつも、視線を逸らされると少しショックだ。エリサさんは

 目線だけで慰めてくれる。


「アル、あのさ」

「何だい、ユーリ」

「その、あの。昨日は怒っちゃってごめん。嫌な思いさせちゃったでしょ」

「そんなことはないよ。私の方にも問題があったわけだし、そんな顔をしなくてもいいんだよ」

「僕、少しはアルに頼って欲しくて。アルって何か嫌なことがあっても我慢しちゃうでしょ。それで僕には大丈夫って言うんだよね。顔見たら全然大丈夫じゃなくて。でも、アルは何も言ってくれないし、僕が子どもだからかなって」

「ユーリはそんな風に思ってたんだね。それじゃあ、何かあったらきちんと相談するよ。ちゃんと相棒として」

「それならいいけど。あんまり無理しないでよ。突然体調崩されても困るんだからね」


 ユーリはそう言って頬を赤く染め、少し黙ってそれから笑った。これですっきりと解決というわけだ。よかった。やはり、ユーリとあまり話が出来ないと、心配になるしストレスもたまる。口を利かなかった間、ユーリの方も相当気まずかったようだ。

 ユーリはにこにこと笑っているが、その目は完全には笑ってはいないように見える。それにはエリサさんは気づいていないようだ。何か、まだ話したいことがあるのだろうか。


「ユーリ、まだ話したいことがあるのかい?」

「んー。あるといえばあるけど、やめておこうかなって思ってる」

「どうしてだい。何か気を遣っているのかい。私はユーリがそんな顔をしているより、ちゃんと話してくれた方が嬉しいよ」

「んー」

「ユリウス様、私に聞かれたくないことがおありでしたら、離れていますけれど」

「あ、エリサさん。気を遣わないで。話すから」


 ユーリは話すとは言ったものの、もごもごとなかなか話し出そうとはしない。私はゆっくり待つことにした。急いで話さなければならないことではないのだろう。ユーリは足下の石を蹴り、大きく息を吸ってから話し出した。


「昨日の魔の力ではエリサさんは夢を見なかったんでしょう?」

「ええ、私にはああいう魔の能力は効果がないです」

「だよね。あのさ、アルベルトはどんな夢を見たのって、聞いてもいいかな」

「ああ、私は」


 母親の夢だよと答えた。ちょうど、十二歳の誕生日のあたりの夢。あれは私が幸せだった最後の時の夢だ。そう言うと、ユーリは聞いてはいけなかっただろうかというような顔をしたので、頭を撫でた。

 確かに、嫌な思い出ではあるが、いい夢ではあった気がする。今ではもう会えない母親の顔を見ることが出来たのだから。

 ユーリはごめんと言った。


「あれは多分、人の印象に残った場面を見せているとか、そういうのじゃないかな」

「印象に残った場面かあ」


 そんなところだと思った。私の夢だって、エリサさんが起こしてくれなければ嫌な場面に突入していただろうし。あれをあのまま見ていたら、私は今頃笑って話せていないだろう。

 それだけ、よくない意味で印象に残っている場面だった。あの十二歳の誕生日は。

 ユーリはクリスの夢でも見たのだろうか。何も言わないから、こちらとしても何も言いようがない。そんな泣きそうな顔でいられたら。


「私がもしも術にかかっていたら、家族の夢を見たのでしょうか」


 エリサさんが呟く。


「私が印象に残っているのはシュルヴェステルに家族を殺されたシーンでしょうから。きっと、その夢を見たと思います」

「エリサさん、大丈夫ですか」

「ええ。大丈夫です。私はその夢を見なくてよかったと思います。あの、風になびく長い髪や冷たい瞳を見たら、きっと落ち込んでいたでしょうし」

「そうだよね。皆、嫌な出来事抱えているんだよね。僕だけ悲しいわけじゃないんだよね」


 ユーリは天を仰いで涙をこらえていた。やはり、ユーリはクリスの夢を見ていたのか。私は単純にそう思った。けれど、ユーリの話を聞くと悲しいのはクリスが死んだことを伝えた時ではないらしい。もっと、ユーリには違う事情があるようだ。


「僕はお兄ちゃんの夢だったんだけどね、途切れ途切れなんだ。お父さんとお母さんのことは記憶にないし、お兄ちゃんも旅をしている間はそばにいなかった。だからかな。きっと、夢を見させるには情報が足りなかったんだと思う。思い出が、ないんだね」

「ユーリ」

「よくよく考えたら、お兄ちゃんの顔も曖昧なんだ。よく似てるって言われるけど、どんな顔なのか思い出せなくて。だから、僕の中のお兄ちゃんの情報ってアルに頼りきってる気がする」


 何とも言えない。記憶が足りなくて途切れ途切れなんて。

 沈黙が続いた。

 私は地面を見た。何で、この子がこんな辛い思いをしなくてはならないのだろう。クリスが死んだのは私の所為だ。紛れもなく、私の所為なのだ。それなのに、ユーリにその影響が出ているなんて。

 土の道は最近雨が降っていないのか、からからに乾いている。石を蹴ろうとすると土埃があがった。話し声がしなくなると、土を踏みしめる音と鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。春の風がまだ少し冷たい。

 空を鳥が飛んでいる。飛んでいる?

 あれは、国立図書館の図鑑で見たことのある異国の鳥だ。


「ねえ、何だろう、あの鳥。すっごい目立つ」

「ユリウス様、あれは恐らく魔法鳥ですよ。アルベルト様が魔法鳥をお作りになったとは聞いていますが」


 お作りはしたけれど、あんな目立つ鳥になっているとは。

 あれは、多分クジャク♂だ。

 本では滑空すると書いてたけれど。

 魔法鳥は連絡手段なので、もちろん秘密の情報を取り扱うことが多い。当然、目立たない鳥にするのが普通である。しかし、この魔法鳥は目立つというか、目立たせて遊んでいるというか。もう、いたずらとしか思えない。


「魔法鳥はどなたにお願いしたのですか?」

「私はヘルレヴィさんからカレルヴォさんを紹介してもらって、魔力の波長だけ記録してもらいましたけど」

「カレルヴォ様ですか。それならば、大体想像が付きます」

「もしかして、カレルヴォさんの趣味なの?」

「いえ、恐らく国王陛下の命令のままに作られたのかと。国王陛下は派手好きですので」


 そんな理由で作られたのか。クジャクは何度か頭上を旋回して下りてきた。その足には手紙がくくりつけられている。これが飛んで来るということは、王都に戻るようにとの命令だろうか。そう思い手紙を見ると綺麗で几帳面な字が並んでいる。国王陛下の字だろうか。

 エリサさんに見てもらうと、それはカレルヴォさんの字であるという。国王陛下は字が下手で有名らしく、綺麗な字のカレルヴォさんに代筆を依頼したのではないだろうかとのことだった。


「アル、何て書いてあるの?」

「ヒュヴァリネン領で魔が出たため、領主のところに急行して欲しいと書いてあるよ」

「ヒュヴァリネン領でも魔が出たのですね」

「幸い次の町には転移所があるから、そこからヒュヴァリネン領に飛ぼうか」

「アル、空間転移酔いは大丈夫なの?」

「今覚悟を決めているところだよ。薬はまだあるし、きっと大丈夫だよ」


 こうして私たちはクジャクに了解との返事をつけて、ヒュヴァリネン領へ向かうことにした。

 しかし、それにしてもクジャクは目立つな。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?