空間転移の術でヒュヴァリネン領へやってきた。
町の転移所を使ったため、ヒュヴァリネン城の転移陣ではなく、着いたのは城下町の真ん中にある転移所である。そこからどこにも寄らずに真っ直ぐ城を訪ねた。城下町の魔の気配を探っておこうかとも思ったが、情報を得てからの方がいいだろうと判断した。
城に着いた時の私は具合の悪さが最高潮で、どれだけ具合が悪そうに見えたのか、すぐに部屋に通されて休むように言われ現在に至る。薬は着いてすぐに飲んだので、もう効いてくる頃だ。最初はベッドで横になっていたが、しばらくすると起きていられるようになった。
部屋は私とユーリで一部屋、隣にエリサさんである。今は私のことが心配だと言って、エリサさんはこちらの部屋に来ている。
部屋はそこそこ広く、シンプルな中にポイントポイントで豪華な調度品が置いてあって、ごてごてはしていない。この国はラヴィネン城もあまり派手ではなかったし、質素を心がけているのかもしれない。目が回るくらい派手な城もあるので、こういう落ち着いた城はいい。
何とか目眩と吐き気が治まってきて、重怠い体も少し軽くなった。人と話が出来る程度に回復したようだ。本当にクレメラの薬はよく効く。
落ち着いたのを見計らったかのように、ドアがノックされる。
入ってきたのは三十代前半くらいの男性だった。背は高く、顔立ちも整っている。
「お初にお目にかかる。体の調子はどうだろうか」
「部屋で休ませていただいたので、だいぶよくなりました。この町の魔についてのお話は」
「魔については領主から話があるので、動けそうならば執務室においでいただきたい」
「分かりました」
私たちは男性の後について領主の執務室へ向かった。城内は程良い金の装飾が施されていて、さりげなく豪華だ。でも、華美ではない。階段をのぼっていくと木製のドアがあり、男性は迷うことなくノックをした。中からはどうぞと若そうな声が聞こえてくる。
中に招き入れられた私たちは、正面の机に向かう人物を見て驚いた。私たちを見て立ち上がったのは、ユーリよりも五つくらい上の十代の少年だったのだ。この少年がこのヒュヴァリネンの領主のようだ。
「よく来て下さいました。僕はヒュヴァリネンの領主、セヴェリ・ヒュヴァリネン。そこにいるのが僕の補佐をしているクラウス・ハーヴィストです。よろしくお願いします」
「私はアルベルト・リンドロース。金髪の少年がユリウス・ペルトネンで、こちらの女性がエリサ・エルヴァスティです。こちらこそよろしくお願いします」
自己紹介が終わると、領主のセヴェリさんは具合悪そうに申し訳ないと言って座った。その顔色は青白く、目の下にはうっすらクマが出来ている。美少年だけに、それが目立っている。どうやらセヴェリさんは体調がよくないようだ。
話は手短にした方がいいだろうかと思い、私は早速本題にはいる。
「このヒュヴァリネン領で魔が出ると聞いたのですが、状況はどうなんですか?」
「状況ですか、どうなんでしょう。それが僕にもよく分からないんです」
「分からないとは?」
「町の住人に聞いたのだが、魔を見かけたという人は一人もいなかったし、魔なんかいないと思いたかった。だが、確実に人は殺されている。被害者は何人もいるんだ。これでは魔がいると言わざるを得ない」
「姿の見えない魔なんているのかな」
「どうなのでしょう。僕にはよく分かりません。そこで貴方たちをお呼びしたのです。城下町を救っていただけないでしょうか」
「分かりました。全力でやらせていただきます」
私の言葉にセヴェリさんは安心したように、小さく微笑んだ。けれど具合が悪そうで、どこか寂しそうだった。元々あまり笑わないのか、それとも今は愛想笑いすら難しいのか。私たちは最低限のことだけ話すと、執務室を後にした。
時間的にはもう夕方なので、魔を探すのは明日いうことになり、私たちは夕食を食べることになった。急な来客であっただろうに、料理はしっかりと出てきた。この辺はご飯食が普通で白いご飯に、色々とおかずがある中に焼き魚がついている。私は魚を見て、少しだけ感動してしまった。これは、海魚ではないか。私の好物だ。
「ちょっとアル、何喜んでるの」
「海魚が出ているから喜んでいたんだよ。好物なんだ」
「そうですね。この辺なら海が近いから海魚ですね。王都は内陸ですから川魚がが主流ですし」
「え、海があるの?」
「海は近くだよ。ユーリの住んでいるところには、海はなかったね。海魚は初めてかな?」
「うん、初めてだよ。海魚が好物ってことは、アルは海沿いの町の出身なの?」
「海沿いだね。国は違うけれど、この近くだよ」
海魚を口にしたユーリは、美味しいと言った。ユーリは実は魚が苦手なのである。でも、海魚は大丈夫なようだ。川魚には独特の癖があるものがあって、多分それが苦手なのだと思う。ユーリはそうそうと言って食べ続ける。
「アル、出身の町が近いんでしょ。色々終わったら、久し振りに帰ってみたらどう?」
「ユーリ、気遣いありがとう。でも、もう帰るべき町はないんだよ」
「そう、なんだ」
町がなくなることは、結構ある。それは戦争の所為だったり、魔の所為だったりするのだが、一夜にして滅んだというのもそう珍しい話ではない。
私の生まれ育った町はあっという間に灰になった。私の所為で。それを思い出すと胸が締め付けられるようだ。だが、そんな顔をしてはいけない。ユーリがただでさえ心配そうな顔をしているのに。
私たちは微妙な気分で食事を終えた。
それからは他愛のない話をして過ごし、やがて夜になって、エリサさんは何かあったらお呼び下さいと言って、自分の部屋に戻っていく。ユーリと私も寝支度を始めた時、ドアが静かにノックされてクラウスさんが入ってきた。
「話があるんだが、寝るところだっただろうか」
「いえ、大丈夫ですよ。ユーリはどうだい。眠いなら寝ていいよ」
「僕はまだ眠くないよ」
クラウスさんと私たちはテーブルにつく。私はお酒を勧められたが、丁重にお断りした。クラウスさんは心を落ち着けるお茶にしようと言って、メイドを呼んだ。何だかこう、落ち着かない人である。動揺しているというか、怯えているというか。どこか様子がおかしい。温かいお茶を飲みながら、最初は領地の話をしていた。けれど、話したいのはきっとそれではない。
「クラウスさん、何か話したいことがあるのではありませんか」
「実は、私はこの間セヴェリと町に視察に出た時、死んだはずの婚約者を見かけたのだ。セヴェリも何か見かけたようで、ここ数日ろくに食事も睡眠もとれていない」
「死んだはずの人、ですか」
「ああ。そういう魔はいるのだろうか。私とセヴェリとで書物を読みあさったのだが、そういう記述はなかった。姿の見えない魔も、婚約者に化けるような魔も」
「最近私が出会った魔は、本に載っていない能力のものばかりでした。ですから、そういう能力の魔がいてもおかしくはありません」
「解決、出来るか」
「出来るかどうかではなく、解決しなくてはなりません」
私の言葉に、クラウスさんの表情は少し明るくなった。三人でお茶を口にする。凄く香りのいいお茶だ。疲れたのか、ユーリは時々眠そうに目を擦っている。クラウスさんはその姿を目を細めて見ていた。
「セヴェリは私の異母弟なんだ。これは欲目かもしれないが、領民思いのいい領主だ。領主としてはまだ若いが、立派な領主になるだろう。だが、このままではセヴェリは体調を崩してまう」
「セヴェリさんが心配なんですね」
「弟だからな。それに、セヴェリに何かあれば、私が領主にならなくてはならない」
「嫌なのですか」
「いや。私は領主の器ではない。それに、庶子だ。セヴェリを支えるのが仕事だと思っている。どうか。どうか、セヴェリを救ってやって欲しい」
クラウスさんはそう言って頭を下げた。
セヴェリさんは具合が悪くなるほどの何をみたのだろう。
クラウスさんは死んだ婚約者をみているというし、大丈夫だろうか。