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第23話 魔の気配と金髪。

 翌朝、クラウスさんと町に出た。

 クラウスさんは仕事で忙しいだろうと思い、案内は他の人にしてもらうように言ったのだが、自分が婚約者を見かけた場所に連れて行きたいと言って譲らなかった。そんなに大事な人を見て、クラウスさんは大丈夫だったのか。もう一度見る勇気はあるのか。それがもし私だったら。私がクリスの姿を見かけたとしたら、案内出来るのか。多分、無理だろう。それは私のメンタルが弱いだけなのだろうけれど。

 石畳の城下町を進んでいく。店が建ち並ぶ通りを行くと、結構人がいる。ここで魔の気配に集中出来るだろうか。一旦足を止めて、ゆっくりと深呼吸をしてから歩き出す。魔の気配はまだしない。


「ユスティーナを見かけたのはこの辺だった。思わず足を止めたのでよく覚えている。セヴェリも何か見たのか、足を止めていた。私は何度も聞いたのだが、何も言ってくれなくてな」

「この辺なんですね。魔の位置が固定されているわけではなさそうなので、ちょっと探すのに時間がかかりそうですね」

「魔っていうのは同じところにいるんじゃないのか」

「私が最近見た魔は同じところにいない魔もいました。だから、ここで見たからといって、いつもこの辺にいるとは限らないです」

「そうなのか。そういうのも本には書いてなかったな。研究は進んでいないのか」

「私も同じことを思いましたよ。ちゃんと研究をしているのだろうかと」


 婚約者の姿を見かけたという靴工房の手前は人が結構いる。見かけたとは言っても、単なる見間違いの可能性も考えられる。だが、今回の場合は何かが出たと考えた方がいいだろう。クラウスさんは魔の気配に敏感な方らしいのだ。その時に魔の気配を感じていたそうだ。

 しかし、自信を持って魔がいたと断言は出来なかったらしい。魔の気配がやたら動いたためである。

 この辺に来てようやく魔の気配がうっすらと感じられた。この町には魔がいる。確実に。そのうっすらとした気配は絶えず動き回っているようで、凄く気が散る。それでも何とか魔の気配を追っていると、ふと人混みの中に金色の髪がなびいたように見えた。

 金髪の人ならたくさんいる。

 気のせいだ。そう思いたかった。


「お、お兄ちゃん」

「ユスティーナ」


 ユーリとクラウスさんは何かを見たようだ。私ははっきりとは見ていないので、まだ心の中は落ち着いていた。少し魔の気配が強くなる。

 すると、また金髪がちらついた。真昼の陽のような、綺麗な金色の髪。人混みの中、ちらっと後ろ姿が見える。背格好がクリスによく似ている。そう思って首を振る。あれは私の見間違いだろう。そうだ、そうに違いない。

 平静を装ってはいるけれど、足は止まっていた。ユーリとクラウスさんはぼうっと道の先を見ていて、エリサさんは前方を注視している。


「何かいるようですね」

「魔を追いかけなければならないけれど、気が散ってなかなか集中出来ないな。ユーリ、クラウスさん大丈夫ですか」

「また、ユスティーナ見た。これは夢なのか、現実なのか」

「恐らく、魔が見せる幻でしょう。ユーリは平気かい。無理そうなら城に戻っていてもいいんだよ」

「大丈夫。ちょっと、お兄ちゃんに似た人を見ただけ」


 それからその周囲をしばらく警戒したが、何も見えなかった。もう少しと粘ったら何か見えるのではないかと思っていると、魔の気配が濃くなるのを感じた。魔の気配が私たちに気づいたかのように離れていく。離れていくというか、感覚的には逃げていく感じだ。

 人混みの中にちらちらと現れては消える金髪の青年。この姿は。くらりと目眩がしたが、今はそれどころじゃない。私はあれが魔を探す手がかりになると思い、走り出した。


「魔が動き回っているのか」

「そのようです。それにしても、素早い」

「お兄ちゃんによく似た人があっちに走っていくよ」


 私たちはユーリの見ているクリスの影を追いかけて疾走する。

 町の中を縫うように方向転換を繰り返して、私たちを振り回しているようだ。振り回されていると分かっていても、放っておくわけにはいかない。どこまでも追いかけてやるという気持ちでついて行くが、相手の動きが早くて細かすぎる。私たちはばらばらになってしまう前に一旦追跡をやめた。

 魔の気配も遠くうっすらとしかしなくなって、休憩をとることにした。クラウスさんはこの近くにいい店があるからと、肩で息をしながら歩く。私たちは走り回ってだいぶ疲れていた。

 ちょうど、お昼の鐘が鳴ったところなので、皆で昼食をとることにした。クラウスさんの分は城で用意しているのではないかと思ったが、断ってきているらしい。クラウスさんの後について少し歩くと、古ぼけた小さな食堂がある。クラウスさんがそこへ入っていき、私たちも後に続いた。

 店内は上品な、というよりは雑な印象である。雑多な物が雑に置かれて、雑なメニューが壁に貼られていた。おすすめは何かと聞くと、日替わり定食らしく、四人でそれを頼んだ。店のおばちゃんはにこにこと笑って奥の厨房に声をかけて去っていった。


「アルベルトさん、大丈夫かな」

「体に異常はありませんから、大丈夫と言えば大丈夫です。ただ、あまりに動きが早いので、疲れて集中力がゼロです。ここで少し休まないと持ちませんね」

「いや、ここで食事をして今日は終わりにしよう。長期戦になることも考えておかないといけない。アルベルトさんが体調不良では戦いにならない」

「それはそうですが、急いだ方がいいのでは?」

「こういう時は焦ってはいけない。戦える人間は限られてるんだ。その人材をまず大事にしないとな」


 確かに、ここで戦えるのは私だけだ。だが、こんなのんびりでいいのだろうか。私は焦りを感じているが、クラウスさんは先ずは食べようと言う。クラウスさんも焦る気持ちがないわけではないのだろう。婚約者の姿を見ているのなら、他の人間がそういう幻を見た時どう思うか分かるはずだから。ユーリも口数が少ないし、私は動揺を隠すのに必死だ。クリスの姿を見て平然としていられるわけがない。

 日替わり定食が運ばれてきたので、皆で食べ始める。今日のメインのおかずは海魚のようだ。沈みかけていた心がほんの少し上向く。食べ物で気分が上向く辺り、私も単純だ。ユーリもちゃんとご飯を食べている。


「ねえ、アル。あの魔って僕たちに気づいて逃げたのかな。それとも、どこかに行く途中だったのかな」

「まだ、杖も使っていないし、気づいたってことはないと思う。たまたまかな」

「たまたま、か。それにしては見事に私たちから逃げていたな」

「気づいていたとしたら、どうやって私たちのことを知ったのでしょう」


 食事の間中、魔の話をしていた気がする。

 日替わり定食の味はよかったが、ちょっと味気なくも感じてしまった。それは間違いなく話の内容の所為だろう。今度来ることがあるなら、魔の話抜きで食べたいものだ。エリサさんが食べ終わると、私たちはデザートを食べるかどうか話し合う。食べようかと結論が出そうになった時、魔の気配が濃くなった。

 慌てて外に出ると、女性がクラウスさんに手を振っている。どうやら、女性のいる方に被害者がいるらしい。走っていくと、三十代くらいの女性と、五十代くらいの男性が倒れていた。目は虚ろで人間として生きるのは、もう無理そうだ。

 私は天から杖を受け取る。祈りの力を込めて杖をかざすとあふれる光で二人を浄化する。魔に喰われた者はもう元には戻らないので、ちゃんと天に還さなければならない。


「アルベルトさん、大丈夫か。さっき魔を追うのでかなり消耗しただろう」

「大丈夫です。被害者を浄化するだけならば、そんなに力は消耗しないですよ。ゆっくりお昼を食べて回復もしていますし」

「ねえ、お兄ちゃんたちは誰?」


 突然子どもが話しかけてきた。


「さっき、そこにいたおじさんたち、死んだ人と会ったって言ってたよ」

「死んだ人と、会った」

「二人とも、死んじゃったの?」

「天へ還ったのですよ」


 エリサさんはそう言うと、少し不安げだった子どもの頭を撫でた。やはりこういう時の対応は女性の方が上手いものらしい。

 それにしても、死んだ人と会ったって。クラウスさんの婚約者だったユスティーナさんといい、ここの魔は死んだ人間の姿を見せるとでも言うのか。だとしたら、この上なく嫌な魔だ。

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