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第26話 ショック。

 あれから、私はしばらく放心していた気がする。

 どうやってヒュヴァリネン城に戻ってきたか、よく覚えていない。

 私はユーリと二人で部屋にこもっていた。何もする気が起きず、話しをするのさえ面倒だ。だが、今のところユーリとの会話だけは何とか出来ている。ユーリは色々とショックを受けているようで、ちょくちょく話しかけては様子を見ている。顔色はよいとはいえず、具合が悪そうだ。

 セヴェリさんやクラウスさんとはまだ話していない。二人は魔の件や、その他諸々のことで忙しいようだ。クラウスさんはエリサさんがあちらの世界に帰って行ったのを見たはずだが、そのことについて何も聞くことはなかった。不思議に思わなかったのだろうか。エリサさんが魔だということには気づいたはずなのに。


「あの魔はアルにはお兄ちゃんに見えていたの?」

「そうだよ。クリスに見えていたよ」

「僕にもお兄ちゃんに見えてた。クラウスさんはどうだったんだろう」

「クラウスさんには婚約者さんに見えていたんじゃないのかな。推測でしかないけどね」

「アル、お兄ちゃんに何か言われたの」

「そうだね、杖をシュルヴェステルに持って行くとか行かないとか、そんな話をしていたような気がするけど、よく覚えてないよ」


 ユーリはそうだったんだと言って黙った。本当に、よく覚えていない。クリスと話したことより、エリサさんのことの方がショックだった。私があの魔に惑わされていなければ、エリサさんはあんなことにならずに済んだのに。

 エリサさんを空間の歪みに押し込んでしまったけれど、無事なのだろうか。あれだけの怪我だ、こちらでは治らないと言うし、もうあれしか方法がなかった。あちらの空気の中だからって、傷がすぐによくなるわけではないだろう。

 帰すべきではなかったのか。けれど、そうしていなければエリサさんは死んでいたはずだ。死なせないための精一杯だった。別の世界でもいいから生きて欲しかったのだ。


「エリサさんの傷は治るのかな」

「治るって思っているよ。そう思わないと」


 やっていられない。


「ユーリ、エリサさんのことを気にしていたのかい」

「そりゃあ気にするよ。でも、エリサさんのことも、気にしていたが正解かな。お兄ちゃんのことも考えるから」

「私はエリサさんのことが気になって仕方がないんだ。状況が分からないあちらに帰すのではなく、こちらできちんと埋葬するべきだったんじゃないかとか」

「それは多分、考えてもどうしようもないんじゃないかな」

「そうだよね。仕方がないことだね」


 ユーリは少し寝るよと言ってベッドに横になり、背を向けた。私は何も考えたくなくて、眠ろうとした。けれど、眠りたくない時はすぐに眠たくなるくせに、眠りたい今は全然眠くない。これでは、考えたくないことを考えてしまう。クリスのこと、エリサさんのこと。

 私は天井見つめていた。何も考えないように、何も考えないように。ただ、心を空にすることだけに必死だった。






 私は一人穴を掘っている。

 素手でひたすら土を掘る。

 泣きながら掘れるほどの余裕はない。こんなに苦しいのに、こんなに悲しいのに、何故だか涙がこぼれることはなかった。私の涙腺は壊れてしまっったのだろうか。

 土は硬い。丁寧に石をとりながら掘っていく。私の手は傷ついて血が流れているけれど、それはどうでもいい。今は掘らなければ。掘って掘って掘って、何もかも埋めてしまおう。

 貴方も、貴方との思い出も。

 埋めてしまおう。

 こんな時なのに、貴方は何て綺麗な顔をしているのか。

 まるで、今にも笑い出しそうだ。

 嘘だよと。冗談だよと。

 私はこうして貴方を埋めていく。






 ふと、我に返る。

 私はほんの少し夢を見ていたようだ。ぼんやりとしか分からないけれど、クリスを埋葬した時の夢だったような気がする。

 現実逃避をしたくて、ただひたすらに穴を掘ったあの日。

 思い出したくもない。

 ふとユーリの方を見やると、こちらを見て不思議そうな顔をしている。


「ユーリ、起きたのかい?」

「いや、寝ようと思ったけど寝られなかったんだよ。そんなことより、アル、一人でぼうっと天井見つめてたけど大丈夫?」

「ああ、少しぼうっとしていたみたいだね。大丈夫だよ。ユーリは、大丈夫ではないみたいだね」


 私はユーリに歩み寄る。

 ユーリは泣いていた。

 ただ涙を流して、手で拭っている。

 ユーリが声を漏らさずに泣くんだなと気がついたのは、クリスが死んだことを伝えに行った日のことだった。私がストレートに伝えたら、ちょっと待っててと言ったきり、部屋に閉じこもったのだ。私はどうしていいか分からず、ずっと部屋の前にいた。けれど、泣き声はしなかった。泣いているなんて分からないほどに静かで、次の日泣きはらした目で出てきてようやく泣いたことを知ったくらいだ。

 ユーリは人前では泣かないのだ。悲しいことがあっても、辛いことがあっても。だから、今回はそうとうショックだったのだと思う。こんなに取り乱しているのだから。

 ドアがノックされた。

 慌てて涙を拭うユーリ。


「アルベルトさん、ユリウス君。今、いいかな」

「どうぞ」

「セヴェリの仕事がようやく落ち着いたので、話しをしたいそうだ」


 クラウスさんは後ろに隠れるユーリを見て大体察したらしく、私だけでいいと言ってくれた。ユーリに行ってくると言って早々に部屋を出る。私やクラウスさんにいつまでもいられるよりも、一人の方がいいだろう。ユーリは鼻声でいってらっしゃいと言った。

 セヴェリさんの執務室に行く途中、クラウスさんは私に聞いてもいいかと問う。


「エリサという女性は、もしやと思うが魔だったのか」

「ええ。人を攻撃しない魔です。そういう魔は結構身の回りにいるそうなんです」

「そうなのか。それは知らなかった。彼女のことはセヴェリには戦いで命を落とした言ってある。もし、聞かれたら口裏を合わせておいてくれ」

「はい。分かりました」

「セヴェリは魔が嫌いだ。人間と過ごすがいることを知らない。領主とは言え、まだ子どもだ。もう少し大人になってから知らせたい」


 クラウスさんはセヴェリさんが心配なのだろう。頭を下げて頼むといった。階段を上ると、セヴェリさんの執務室がある。クラウスさんが軽くノックして中に入る。

 セヴェリさんは少し眠れたのか、昨日よりは顔色がよかった。


「アルベルトさん、あれ、ユリウス君は?」

「ショックだったみたいで寝ていますよ」

「そうですか。仲間を魔に殺されたなら、ショックを受けますよね。どうぞこちらへ」


 私は部屋の真ん中にあるイスを進められ、促されるままに座った。正面にはセヴェリさんが座り、テーブルのそばにクラウスさんが立つ。そこへメイドが入ってきて、お茶を入れてくれた。お茶菓子はクッキーのようだ。セヴェリさんはどうぞといい、笑った。


「今回は嫌な魔だったみたいですね。クラウスは婚約者だったユスティーナを見せられてしまったようです。僕も視察の時に、幼い頃に死んだ妹をみました」

「セヴェリ、あれはヒルダを見たのか?」

「そうだよ。確かにヒルダだった。僕の可愛い妹でした」

「私も大事な人の姿を見ました」


 セヴェリさんはお茶を一口飲むと、大事な人を見せるなんて卑怯です言った。確かに、卑怯だ。クリスの姿で杖を渡すように迫ってくるなんて。きっと、クラウスさんもユーリの首を絞めた時は、婚約者の幻に何か言われたに決まっている。クラウスさんはその話をしないけれど。


「次は、どこへ行くんですか?」

「まだ決まっていません。これからユーリと決めるつもりです」

「それなら、ここに住みませんか」

「残念ですが、国王陛下のお誘いも断ったばかりなんです。私の持つ杖は魔に狙われています。私がここにいることによって、セヴェリさんやセヴェリさんの大切な人たちを危険にさらしてしまう可能性があるんです」

「そうですか、残念です。分かりました。よかったら、ここでゆっくり体を休めて下さい。出来るだけお世話をさせていただきます」


 私たちはそれからしばらくお茶を飲んだ。セヴェリさんは話し相手がクラウスさんくらいしかいなくて、つまらないのだという。それで引き留めたのだろうか。私は出来る範囲で色々と話して、ユーリの待つ部屋に戻った。

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