私、カレルヴォ・カイヴァントは書類の整理に追われていた。
魔に操られて冷ややかな視線を浴びなければならない上に、いなかった間の仕事は山のようだ。もう一度、仕事を投げ出したい気分である。そんなことをすれば今度こそ失職だ。この国を追放される可能性もある。
地道にこなすしかないんだろうな。
私は書類をまとめて紐で綴じる作業に手を着ける。そのくらいは部下にやらせてもいいのだろうが、いちいち呼ぶのも面倒だし、面倒くさい上司と思われるのも嫌だった。
「カレルヴォ君いるかな?」
突然現れたのは大臣のヘルレヴィ様だった。
私はこの人は少し苦手だ。よく叱られるからそう思うのかもしれない。何にしろ、長く顔を合わせていたい相手ではない。
「ヘルレヴィ様。お待ち下さい、今お茶を」
「いいんですよ、お茶なんて。私とお茶を飲みたいと思ってはいないでしょうしねえ。ちょっとした用事ですから、すぐに去りますよ」
こういうところが苦手なのだ。私の考えていることなどお見通しだ。
ヘルレヴィ様は私に数枚の紙を渡す。何かと思ってみてみると、魔力の波長の記録のようだ。これを私に渡してどうしろと言うのだろう。
「アルベルト君に陛下との連絡用の魔法鳥を作るので、カレルヴォ君に頼みたいと思ってね」
「アルベルト様と連絡を取るのですか?」
アルベルト様は私が流刑になりそうになっていたところを、国王陛下に進言して救ってくれた、いわば恩人である。アルベルト様のためならいくらでも作ろうと言うものだ。ヘルレヴィ様は私が断らないと知っていて、その話を持ってきたのだろう。
「頼みましたよ。陛下がお望みなので早めに」
ヘルレヴィ様はそういい残して出て行った。
それから少しして、またドアが開いた。ヘルレヴィ様が何か言い忘れて戻ってきたのかと思ったら、そこに立っていたのは何かに怯えるように背中を丸めた国王陛下だった。
「陛下!」
「二人きりなのに、陛下はやめろよ、陛下は」
「では、マルクス様。今は仕事中ではないのですか?」
「ヘルレヴィみたいなこというなよ。サボってるに決まってるだろ」
「私は忙しいのですが」
忙しいと知ったところで出て行くような人でもないのだが、一応言うだけ言っておく。マルクス様は部屋の隅においてあるソファに腰をかけると、大きくあくびをした。マルクス様が仕事をさぼってここに来るのは今に始まったことではなく、ソファはほぼお昼寝場所となっている。
「今どんな仕事してるんだ?」
「これから、アルベルト様の魔法鳥を作ろうかと。マルクス様がお望みだったとか」
「あ、魔法鳥作るのか。手伝うよ」
「手伝うほどのものではないですよ」
私は魔法陣を書きながら考える。どんな鳥にしようかと。お世話になった人のところに飛ばすものだ、きちんとしたものを作りたい。マルクス様は暇なのかひっくり返って、図鑑を見ているようだ。そうか、図鑑か。図鑑の鳥を作るのも良さそうだ。
「なあ、魔法鳥って鳥じゃなきゃだめなのか?」
「いえ、そんなことはないですが。鳥の方が便利なのです、空を飛べますからね」
「これとかどうだ。異国の動物らしいぞ」
「パンダ、ですか」
私は全身の力が抜けていくのを感じた。アルベルト様への手紙を携えたパンダが走っていくのを想像する。なんと滑稽な。それに、パンダは可愛いけれど、熊の仲間である。熊が追ってくるというのは恐怖ではないだろうか。それに何より目立つ。魔法鳥は秘密の文書などを運ぶことが多いため、目立たなくするのが普通だ。
私は丁寧に説明したが、分かっても諦める人ではない。
「ちょっとくらい遊び心があってもいいだろうが」
「遊び心は分かりましたが、常識に範囲内にして下さい。パンダが走って手紙を届けるのは論外です」
しまった。遊び心の部分を肯定してしまった。マルクス様の目が輝いている。物凄い早さで図鑑をチェックしていく。このくらいの勢いで仕事をすればいいのにと思う。能力はあるのに使おうとしないのだ、この人は。
「これはどうだ、カンガルーだってよ。南の島の動物らしいぞ。それと、これもいい。オカピっていうんだってさ。これは」
「あの、どうして珍獣系ばかりなんですか。せめて鳥類にして下さい」
「鳥類、つまんないじゃん」
「飛べないと困る場合もありますから」
「んー。じゃあ」
マルクス様は鳥類の図鑑を開き、吟味していく。どうせ、ロクな鳥を選ばないんだろうなと思いつつ待っていると、何かぴんときたらしく図鑑を開いて私によこした。そこに載っていたのはクジャク(オス)だった。よりにもよってこの上なく目立つ鳥を選んで。私の趣味で選んだと思われたらと思うと恥ずかしい。
「却下はさせないぞ。鳥類ってとこまで譲歩したんだ。ちょっとくらい目立つっていうのくらいは認めろ」
認めるしかなかった。
私は魔法陣の前に図鑑を置いて見ながらイメージを固めていく。そして、魔法陣に魔力を注いでいく。実際に見たことのない生き物なので、少し時間はかかったが、見事にクジャクが出来上がった。
子どものように喜ぶマルクス様を見ていると、まあこれでもよかったのかなと思う。
「で、魔法鳥なんだけど、俺用に作ってくれよ」
「誰に手紙を送るのです?」
「カレルヴォに」
「私、ですか。同じ城にいて、何の連絡をする気ですか」
「いいだろ別に」
「まあ、いいですけど」
マルクス様の目が再び輝いた。
「俺たちの魔法鳥はパンダな」
パンダ。物凄く嫌なのだが、さっき鳥類にしてもらった以上、文句を言いにくい。ここならば飛ぶ必要もないから鳥でなくてもいいといわれればそれまでである。それをいうだけのずる賢さをこの人は持っている。
私は仕方なくパンダを作った。
城内をパンダが歩き回るということで苦情もあったが、一ヶ月もすると皆慣れてしまったようだった。
マルクス様との文通は今も続いている。