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第1話「この酒、喉が焼けるほど強烈だ!」

〜ドワーフとドライ・マティーニ〜


 扉が重々しく開き、冷えた夜の空気が流れ込む。

 入ってきたのは、ずんぐりとした小柄な男——いや、ドワーフだった。

 ごつごつした指、鍛えられた腕、無造作な髭。

 彼は無言でカウンターの椅子を引き、どっかりと腰を下ろす。


 「……喉が焼けるような強い酒をくれ」


 開口一番、それだった。

 その声は低く、酒に慣れた者特有のかすれが混じっている。


 俺はグラスを磨く手を止め、ドワーフを一瞥する。

 酒場を営む者にとって「強い酒」とは、あまりにも曖昧な注文だ。


 「アルコール度数が高いだけの酒でいいのか?」


 ドワーフは眉をひそめる。


 「どういう意味だ?」

 「強い酒にはいろんな種類がある。喉を焼く刺激の強さ、香りの奥深さ、余韻の長さ——どれを求める?」


 ドワーフは無言で考え込んだ。

 やがて彼は、分厚い指で顎の髭を撫でながら、にやりと笑った。


 「……全部だ」


 俺は微笑み、ミキシンググラスを手に取った。


 冷凍庫から取り出したジンのボトルを開けると、無色透明の液体が静かに注がれる。

 次にドライ・ベルモット。ほんの少量を足し、ゆっくりとステアする。

 氷がぶつかる音が、静かな店内に響く。

 ミキシンググラスの縁からわずかに立ち昇る冷気。

 適度に冷えたところで、しっかりと冷やしたマティーニグラスへと注ぎ分ける。

 最後にオリーブを沈めれば、完成だ。


 俺はカウンターの上に「ドライ・マティーニ」を置いた。


 「飲んでみてくれ」


 ドワーフは訝しげにグラスを見つめる。

 この世界の酒は、大抵がエールや蒸留酒のストレート。

 カクテルという文化は、まだ知られていないのだろう。


 だが、酒飲みというのは興味には勝てない生き物だ。

 彼はグラスを掴むと、そのまま一気に口へ運んだ。


 ——そして、すぐに咳き込んだ。


 「ぐっ……! つ、強い……!」


 喉を焼くようなジンの刺激、乾いたベルモットの香り。

 それらが一気に彼の五感を襲ったのだろう。


 「だが……悪くない……!」


 ドワーフは少し目を細め、もう一口。

 今度はゆっくりと味わうように。

 喉を駆け抜けるアルコールの熱さが、舌の奥で余韻へと変わる。


 「これは……ただの強い酒じゃないな」


 「そうだな」俺は頷く。

 「これは”カクテルの王”とも呼ばれる酒。シンプルだが、奥深い。お前さんのような職人肌には合うと思った」


 ドワーフはしばらく沈黙した後、ぽつりと言った。


 「……気に入った。これは俺の求めていた”強い酒”だ」


 そう言うと、彼はカウンターに金貨を数枚置いた。

 少し多めに。


 「また来るぜ、マスター」


 俺は静かに笑い、彼を見送った。

 扉が閉じると、店内には再び静寂が戻る。


 「……常連になりそうだな」


 グラスを磨きながら、俺はひとりごちた。


 こうしてまた、異世界の片隅に新たな酒好きが生まれた——。

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