〜ドワーフとドライ・マティーニ〜
扉が重々しく開き、冷えた夜の空気が流れ込む。
入ってきたのは、ずんぐりとした小柄な男——いや、ドワーフだった。
ごつごつした指、鍛えられた腕、無造作な髭。
彼は無言でカウンターの椅子を引き、どっかりと腰を下ろす。
「……喉が焼けるような強い酒をくれ」
開口一番、それだった。
その声は低く、酒に慣れた者特有のかすれが混じっている。
俺はグラスを磨く手を止め、ドワーフを一瞥する。
酒場を営む者にとって「強い酒」とは、あまりにも曖昧な注文だ。
「アルコール度数が高いだけの酒でいいのか?」
ドワーフは眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「強い酒にはいろんな種類がある。喉を焼く刺激の強さ、香りの奥深さ、余韻の長さ——どれを求める?」
ドワーフは無言で考え込んだ。
やがて彼は、分厚い指で顎の髭を撫でながら、にやりと笑った。
「……全部だ」
俺は微笑み、ミキシンググラスを手に取った。
冷凍庫から取り出したジンのボトルを開けると、無色透明の液体が静かに注がれる。
次にドライ・ベルモット。ほんの少量を足し、ゆっくりとステアする。
氷がぶつかる音が、静かな店内に響く。
ミキシンググラスの縁からわずかに立ち昇る冷気。
適度に冷えたところで、しっかりと冷やしたマティーニグラスへと注ぎ分ける。
最後にオリーブを沈めれば、完成だ。
俺はカウンターの上に「ドライ・マティーニ」を置いた。
「飲んでみてくれ」
ドワーフは訝しげにグラスを見つめる。
この世界の酒は、大抵がエールや蒸留酒のストレート。
カクテルという文化は、まだ知られていないのだろう。
だが、酒飲みというのは興味には勝てない生き物だ。
彼はグラスを掴むと、そのまま一気に口へ運んだ。
——そして、すぐに咳き込んだ。
「ぐっ……! つ、強い……!」
喉を焼くようなジンの刺激、乾いたベルモットの香り。
それらが一気に彼の五感を襲ったのだろう。
「だが……悪くない……!」
ドワーフは少し目を細め、もう一口。
今度はゆっくりと味わうように。
喉を駆け抜けるアルコールの熱さが、舌の奥で余韻へと変わる。
「これは……ただの強い酒じゃないな」
「そうだな」俺は頷く。
「これは”カクテルの王”とも呼ばれる酒。シンプルだが、奥深い。お前さんのような職人肌には合うと思った」
ドワーフはしばらく沈黙した後、ぽつりと言った。
「……気に入った。これは俺の求めていた”強い酒”だ」
そう言うと、彼はカウンターに金貨を数枚置いた。
少し多めに。
「また来るぜ、マスター」
俺は静かに笑い、彼を見送った。
扉が閉じると、店内には再び静寂が戻る。
「……常連になりそうだな」
グラスを磨きながら、俺はひとりごちた。
こうしてまた、異世界の片隅に新たな酒好きが生まれた——。