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第3話「戦場の疲れを癒す、琥珀の一杯」

〜オークとオールド・ファッションド〜


 扉が開き、重たい足音が店内に響いた。

 来たのは、大柄なオークの戦士だった。


 鍛え上げられた肉体に、無骨な鎧。

 肩にはまだ乾ききらぬ血の跡がこびりついている。

 きっとどこかの戦場から帰ってきたばかりなのだろう。


 オークは無言でカウンターに腰を下ろし、腕を組んだ。

 大きな手が、静かに拳を握りしめている。


 「……重い酒をくれ」


 低く、響くような声。

 強い酒を求める客は多いが、「重い酒」とは珍しい注文だ。


 俺は少し考え、やがてグラスを手に取った。

 「重い酒——なら、これがいい」


 棚からウイスキーを取り出す。

 選んだのは、しっかりと樽香の効いた一本。

 琥珀色の液体をグラスに注ぎ、角砂糖を一欠片。

 そこにアンゴスチュラ・ビターズを数滴落とし、バースプーンでゆっくりとステアする。

 氷をひとつ加え、最後にオレンジピールをひねって香りを乗せた。


 静かに、グラスを差し出す。


 「オールド・ファッションド——戦場の疲れを癒す、一杯さ」


 オークはゴツゴツした指でグラスを掴み、一口。

 喉を通ると同時に、表情が僅かに変わる。


 「……深い味だな」


 アルコールの刺激だけではない。

 ウイスキーのスモーキーな香り、角砂糖の甘さ、ビターズの苦み。

 それらが混ざり合い、じんわりと身体に染み込んでいく。


 オークは静かに目を閉じ、もう一口。

 そして、ぼそりと呟いた。


 「……戦場にいると、血の臭いと鉄の味ばかりが染みつく。……こういう酒は、心に効くな」


 「だろうな」俺は静かに頷く。

 「これは歴史あるカクテルだ。戦いに明け暮れた男たちが、静かに飲むための酒さ」


 オークはしばし黙り、ゆっくりと酒を楽しむ。

 やがて、わずかに微笑んだ。


 「……悪くない」


 グラスを空にし、彼は大きな手で金貨を置いた。

 「また来る。お前の作る酒は、気に入った」


 俺は笑い、グラスを磨きながら見送った。

 扉が静かに閉まり、また静寂が訪れる。


 今夜もまた、ひとり——戦士が癒されていった。

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