目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第4話「怠け者の門番に、静寂の一杯を」

〜人間の門番とアイリッシュ・コーヒー〜


 扉が開き、気だるげな男がふらりと入ってきた。

 軽い足取り、無精ひげの生えた顔、鎧のベルトは適当に締められ、腰の剣は手入れがされていない。


 ——門番だな。


 異世界の城壁都市には必ず門番がいる。

 しっかり仕事をする者もいれば、適当にサボる者もいる。

 目の前の男は、後者のタイプだろう。


 彼はカウンターに腰を下ろすと、大きなため息をついた。


 「……あー、ダルい。今日も立ちっぱなしで足が棒だ。たまには楽してえよ……」


 俺はグラスを磨きながら静かに聞いていた。


 「いいねぇ、酒場ってのは。城の中の貴族たちはワインで優雅にやってるってのに、俺たち門番は水と固いパン。冗談じゃねぇ」


 「なら、何を飲む?」


 「……んー、甘くて温かくて、でもちゃんと酔えるやつ。飲んだらもう動きたくなくなるような酒がいいな」


 なるほど。

 俺は棚からアイリッシュ・ウイスキーを取り出した。

 次に、裏口から仕入れた挽きたてのコーヒーを用意する。


 「おいおい、酒にコーヒー?」門番が眉をひそめた。

 「焦るな。これはアイリッシュ・コーヒーってやつだ」


 深く淹れたコーヒーに、角砂糖を溶かし、アイリッシュ・ウイスキーを加える。

 最後に、ふんわりと泡立てた生クリームをスプーンの背に沿わせて静かに浮かべる。

 クリームの白とコーヒーの黒が美しく二層になり、ほのかな湯気が立ち昇った。


 俺はカウンターにグラスを置く。


 「飲んでみろ」


 門番は半信半疑でグラスを掴み、慎重に口をつけた。


 「……おお?」


 ウイスキーの香りが広がり、熱いコーヒーが喉を通る。

 そして、最後にふんわりとした生クリームが舌の上に残る。


 「……こりゃ……すげぇな……」


 門番は目を細め、椅子にもたれかかった。


 「甘くて、温かくて……なのに、ちゃんと効いてくる……なんだこれ、天国か?」


 「疲れた体にはちょうどいいだろう」


 門番はぐいっともう一口飲み、恍惚とした顔をした。


 「こんなの飲んじまったら、もう門番なんてやってらんねぇな……」


 そう言いながら、俺に向かって金貨を一枚放る。


 「またサボりに来るぜ、マスター」


 「ほどほどにな」


 門番は肩をすくめ、だるそうに立ち上がった。

 扉が閉まり、店内には静けさが戻る。


 ——今夜もまた、一人、怠け者が癒されていった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?