〜人間の門番とアイリッシュ・コーヒー〜
扉が開き、気だるげな男がふらりと入ってきた。
軽い足取り、無精ひげの生えた顔、鎧のベルトは適当に締められ、腰の剣は手入れがされていない。
——門番だな。
異世界の城壁都市には必ず門番がいる。
しっかり仕事をする者もいれば、適当にサボる者もいる。
目の前の男は、後者のタイプだろう。
彼はカウンターに腰を下ろすと、大きなため息をついた。
「……あー、ダルい。今日も立ちっぱなしで足が棒だ。たまには楽してえよ……」
俺はグラスを磨きながら静かに聞いていた。
「いいねぇ、酒場ってのは。城の中の貴族たちはワインで優雅にやってるってのに、俺たち門番は水と固いパン。冗談じゃねぇ」
「なら、何を飲む?」
「……んー、甘くて温かくて、でもちゃんと酔えるやつ。飲んだらもう動きたくなくなるような酒がいいな」
なるほど。
俺は棚からアイリッシュ・ウイスキーを取り出した。
次に、裏口から仕入れた挽きたてのコーヒーを用意する。
「おいおい、酒にコーヒー?」門番が眉をひそめた。
「焦るな。これはアイリッシュ・コーヒーってやつだ」
深く淹れたコーヒーに、角砂糖を溶かし、アイリッシュ・ウイスキーを加える。
最後に、ふんわりと泡立てた生クリームをスプーンの背に沿わせて静かに浮かべる。
クリームの白とコーヒーの黒が美しく二層になり、ほのかな湯気が立ち昇った。
俺はカウンターにグラスを置く。
「飲んでみろ」
門番は半信半疑でグラスを掴み、慎重に口をつけた。
「……おお?」
ウイスキーの香りが広がり、熱いコーヒーが喉を通る。
そして、最後にふんわりとした生クリームが舌の上に残る。
「……こりゃ……すげぇな……」
門番は目を細め、椅子にもたれかかった。
「甘くて、温かくて……なのに、ちゃんと効いてくる……なんだこれ、天国か?」
「疲れた体にはちょうどいいだろう」
門番はぐいっともう一口飲み、恍惚とした顔をした。
「こんなの飲んじまったら、もう門番なんてやってらんねぇな……」
そう言いながら、俺に向かって金貨を一枚放る。
「またサボりに来るぜ、マスター」
「ほどほどにな」
門番は肩をすくめ、だるそうに立ち上がった。
扉が閉まり、店内には静けさが戻る。
——今夜もまた、一人、怠け者が癒されていった。