〜トマト農家とブラッディ・シーザー〜
今夜のバーは、いつもより少しだけ野菜の香りが混じっていた。
カウンターの向こうに座っているのは、日に焼けた大柄な男。
土の匂いを纏い、腕には農作業でできた無数の傷。
どう見ても、農家の人間だ。
「……お前さんのところ、いい酒があるって聞いたんでな」
男はゴツゴツした手で帽子を脱ぎ、汗を拭う。
そして、袋からひとつの果実を取り出した。
——トマト。
この異世界では「赤い実」と呼ばれ、特定の地域でのみ栽培される貴重な作物だ。
男が目の前に差し出したそれは、見るからに瑞々しく、完璧に熟している。
「俺の畑で採れた、最高のやつだ。……これを使って、強ぇ酒を作ってくれ」
なるほど。
農家としての誇りを込めた一杯、か。
俺は頷き、背後の棚からウォッカのボトルを手に取った。
トマトなら、王道の「ブラッディ・メアリー」もいいが……。
この男には、それよりもさらに”強い”一杯を用意しよう。
俺はシェイカーを取り出し、手際よく材料を揃える。
新鮮なトマトを潰し、レモンジュースとウォッカを加える。
さらに、ここで一味違うアクセント——クラムジュース(貝のエキス)を投入。
タバスコとウスターソースを数滴。
氷を入れて、力強くシェイク。
グラスの縁に塩をまぶし、ゆっくりと注ぐと、深紅の液体が輝くように波打った。
仕上げに、セロリを飾る。
「ブラッディ・シーザー——お前のトマトに、最高の”強さ”を足した一杯だ」
男は目を見開いた。
「……すげぇな。まるで、畑の太陽を飲んでるみてぇだ」
ゴクリ。
ひと口飲んだ瞬間、彼の表情が変わる。
「……っ! これは……!」
濃厚なトマトの旨み、ウォッカの強い刺激、レモンの爽やかさ。
そこに、クラムジュースの奥深いコクとスパイスのキレが混ざり合い、飲むほどに体が熱くなる。
「……くぅ〜ッ! これはたまらねぇ……! まるで、暑い畑仕事の後に飲む一杯みてぇだ……!」
男は顔をほころばせ、大きく息をついた。
「気に入ったか?」
「ああ……これは、農家の魂に響く酒だ」
男は満足げに金貨を置き、さらにトマトをひとつ俺の前に転がした。
「こいつは礼だ。また収穫が終わったら、飲みに来るぜ」
「待ってるよ」
男が去り、静けさが戻る。
カウンターには、もらったトマトがひとつ。
俺はそれを手に取り、思わず小さく微笑んだ。
——今夜もまた、誇りを持つ男に”強い一杯”を届けた。