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第5話「俺の誇りで、最高に強い一杯を」

〜トマト農家とブラッディ・シーザー〜


 今夜のバーは、いつもより少しだけ野菜の香りが混じっていた。


 カウンターの向こうに座っているのは、日に焼けた大柄な男。

 土の匂いを纏い、腕には農作業でできた無数の傷。

 どう見ても、農家の人間だ。


 「……お前さんのところ、いい酒があるって聞いたんでな」


 男はゴツゴツした手で帽子を脱ぎ、汗を拭う。

 そして、袋からひとつの果実を取り出した。


 ——トマト。


 この異世界では「赤い実」と呼ばれ、特定の地域でのみ栽培される貴重な作物だ。

 男が目の前に差し出したそれは、見るからに瑞々しく、完璧に熟している。


 「俺の畑で採れた、最高のやつだ。……これを使って、強ぇ酒を作ってくれ」


 なるほど。

 農家としての誇りを込めた一杯、か。


 俺は頷き、背後の棚からウォッカのボトルを手に取った。

 トマトなら、王道の「ブラッディ・メアリー」もいいが……。

 この男には、それよりもさらに”強い”一杯を用意しよう。


 俺はシェイカーを取り出し、手際よく材料を揃える。

 新鮮なトマトを潰し、レモンジュースとウォッカを加える。

 さらに、ここで一味違うアクセント——クラムジュース(貝のエキス)を投入。

 タバスコとウスターソースを数滴。

 氷を入れて、力強くシェイク。


 グラスの縁に塩をまぶし、ゆっくりと注ぐと、深紅の液体が輝くように波打った。

 仕上げに、セロリを飾る。


 「ブラッディ・シーザー——お前のトマトに、最高の”強さ”を足した一杯だ」


 男は目を見開いた。

 「……すげぇな。まるで、畑の太陽を飲んでるみてぇだ」


 ゴクリ。

 ひと口飲んだ瞬間、彼の表情が変わる。


 「……っ! これは……!」


 濃厚なトマトの旨み、ウォッカの強い刺激、レモンの爽やかさ。

 そこに、クラムジュースの奥深いコクとスパイスのキレが混ざり合い、飲むほどに体が熱くなる。


 「……くぅ〜ッ! これはたまらねぇ……! まるで、暑い畑仕事の後に飲む一杯みてぇだ……!」


 男は顔をほころばせ、大きく息をついた。


 「気に入ったか?」


 「ああ……これは、農家の魂に響く酒だ」


 男は満足げに金貨を置き、さらにトマトをひとつ俺の前に転がした。


 「こいつは礼だ。また収穫が終わったら、飲みに来るぜ」


 「待ってるよ」


 男が去り、静けさが戻る。

 カウンターには、もらったトマトがひとつ。

 俺はそれを手に取り、思わず小さく微笑んだ。


 ——今夜もまた、誇りを持つ男に”強い一杯”を届けた。

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