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第7話「優雅な貴族と寡黙な従者、黄金の泡を」

〜貴族と従者、フレンチ75〜


 今夜の扉が開く音は、いつもより静かだった。

 入ってきたのは、優雅な貴族と、その後ろに控える寡黙な従者。


 貴族の青年は、絹のように滑らかな金髪を整え、仕立ての良い服を身に纏っている。

 高貴な香水の香りが微かに漂い、彼の一挙手一投足には育ちの良さが滲んでいた。


 一方、後ろの従者は黒衣に身を包み、無表情で静かに主に付き従っている。

 剣の柄を隠し持つような仕草から、ただの従者ではなく護衛の役割も果たしているのだろう。


 貴族の青年はカウンターに腰を下ろし、微笑んだ。

 「……ふふ。なかなか趣のある店だね。こんなところに”本物”のバーテンダーがいるとは」


 俺は肩をすくめる。

 「光を浴びるばかりが酒じゃない。静かな場所で、静かな酒を楽しむのもまた一興さ」


 「面白いことを言うね」貴族の青年は目を細めた。


 「さて、何を作ろうか?」


 「そうだな……気高く、それでいて鋭く、飲む者の心を震わせるような一杯を頼もうか」


 なるほど。

 彼の言葉の端々には遊び心があるが、同時に強い自信も感じる。

 それに応えられる一杯——ならば。


 俺は、棚からシャンパンのボトルを取り出した。

 「フレンチ75……気品と鋭さを兼ね備えた、特別なカクテルだ」


 シェイカーにジン、レモンジュース、砂糖を入れ、しっかりとシェイク。

 冷えたシャンパングラスに注ぎ、最後にシャンパンを静かに満たす。

 黄金の泡が立ち昇り、グラスの中で美しく輝く。


 俺はカウンターにそれを置いた。

 「フレンチ75——気高く、そして鋭く。“大砲の一撃”とも称される一杯だ」


 貴族の青年は面白そうに目を輝かせた。

 「ほう……これは、なかなか期待が持てるね」


 彼はグラスを持ち上げ、一口。


 「……っ!」


 ジンのキレのある刺激、レモンの爽やかさ、そしてシャンパンの気品ある泡立ちが一体となる。

 口の中に広がる爽快な味わいとともに、わずかな甘みが余韻を残す。


 「……これは、素晴らしい」


 貴族の青年は笑みを深めた。

 「確かに”大砲の一撃”だ。だが、それはただ荒々しいわけじゃない。精密に計算され、狙い澄まされた一撃だ」


 「気に入ったか?」


 「ああ、実に優雅で、実に力強い……いいね」


 青年が満足げにグラスを傾ける傍ら、後ろの従者は一歩も動かないまま、無言でその様子を見ていた。

 貴族の青年は彼をちらりと見て、くすっと笑う。


 「君も何か飲んだらどうだい?」


 従者は静かに首を振った。

 「私は、主の護衛ですので」


 「つまらないやつだな」青年は少しだけ肩をすくめた。

 「だが、それが君らしい」


 そのやりとりを聞きながら、俺はふともうひとつのグラスを用意した。


 「なら、アルコールなしで一杯作ろう」


 俺はジンの代わりにノンアルコールのトニックウォーターを使い、レモンジュースと砂糖をシェイク。

 仕上げに炭酸水を満たし、黄金の泡が立つもう一杯を作った。


 「ノンアルコールのフレンチ75もどきだ。戦場にいるときでも、気持ちを落ち着かせるのにいい」


 従者は一瞬、迷うように俺を見た。

 貴族の青年が面白がって言う。

 「ふふ……君も飲んでみたらどうだ?」


 従者は無言のまま、グラスを取ると、静かに一口。


 「……悪くない」


 それだけ言うと、彼は静かにグラスを置いた。


 貴族の青年はその様子を見て、満足げに笑った。


 「今日は楽しい夜だった。……また来るよ、マスター」


 そう言って金貨を置くと、彼は従者とともに静かに店を後にした。


 扉が閉まる。

 残ったのは、まだかすかに立ち昇るシャンパンの泡の余韻だけだった。


 ——今夜もまた、優雅で鋭い一杯を届けた。

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