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第21話「戦場の砂に、血の一杯を」

〜傭兵とブラッド&サンド〜


 扉が重く開いた。


 歩いてきたのは、一人の傭兵。

 鎧ではなく、動きやすい革の防具を身に纏い、肩には擦り切れた外套。

 腰には無骨な剣。


 彼は無言のままカウンターに腰を下ろし、

 ボロボロになった革袋を放り投げた。


 「……なんでもいい。強い酒をくれ」


 その声には疲労と、少しの苛立ちが滲んでいた。


 「戦場帰りか?」


 俺が問うと、彼は無言で頷いた。


 「雇い主が勝ったのか?」


 「……さぁな。俺は生きて帰った。それで十分だ」


 淡々とした口調。

 金で雇われる戦士は、勝利に酔うことはない。

 生きるために戦い、死ねばそれで終わり——ただそれだけ。


 俺は静かにボトルを手に取った。


 「ブラッド&サンド——戦場の砂に捧げる一杯だ」


 シェイカーにスコッチウイスキー、スイートベルモット、チェリーブランデー、オレンジジュースを注ぐ。

 氷を加え、しっかりとシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 冷えたグラスに注ぐと、赤みを帯びた液体が光を反射し、

 まるで夕日に染まる砂漠のような色を見せた。


 「どうぞ」


 傭兵はグラスを手に取り、一口。


 「……っは」


 スモーキーなスコッチの深み、チェリーブランデーのほのかな甘さ、

 オレンジジュースの爽やかさが絡み合い、ほろ苦い余韻を残す。


 「……妙な酒だな」


 「戦場と同じさ」


 俺はグラスを拭きながら言った。


 「鉄と血と、時折紛れ込む甘い勝利。そのすべてが混ざり合ってる」


 傭兵はグラスの中の赤い液体をじっと見つめた。


 「……戦場に”甘さ”なんてあるのかね」


 「あるさ」


 俺はカウンターに手をつき、微かに笑った。


 「“生きて帰れる”っていう、最高に甘い勝利がな」


 傭兵は目を細め、ゆっくりと酒を飲み干した。


 「……そうだな」


 最後の一滴を舌の上で転がし、静かにグラスを置く。


 「いい酒だった」


 彼は懐から銀貨を取り出し、無造作に置くと、立ち上がる。


 「また戦場から戻ったら、飲みに来るぜ」


 「待ってるよ。その時も”甘い勝利”を祝えるといいな」


 傭兵は苦笑しながら手を振り、扉の向こうへと消えていった。


 ——今夜もまた、一人の戦士に”血と砂の一杯”を届けた。

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