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第22話「死者に捧ぐ、黄泉帰りの一杯」

〜幽霊とコープス・リバイバー No.2〜


 ——扉は開かなかった。


 だが、店内の空気がふっと冷たくなった。

 まるで冬の夜風が入り込んだような感覚。


 カウンターの席に、“いつの間にか” 一人の客が座っていた。

 透き通るような姿、白く霞む輪郭。

 その目は静かに俺を見つめ、寂しげな微笑みを浮かべた。


 幽霊だな。


 「……よく気づいたね」


 「この店には色んな客が来る。お前みたいな客も、珍しくはないさ」


 幽霊はくすりと笑った。

 「そうか。なら、歓迎してもらえるかな?」


 「もちろん。酒が飲めるならな」


 「飲めるさ。……“生きていた頃”と同じようにな」


 なるほど。

 ならば、ぴったりの一杯を用意しよう。


 俺は背後の棚からボトルを取り出す。


 「コープス・リバイバー No.2——死者を蘇らせる一杯だ」


 シェイカーにジン、コアントロー、リレ・ブラン、レモンジュースを注ぐ。

 そして、最後に一滴のアブサン。

 氷を加え、しっかりとシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 冷えたグラスに注ぐと、透明感のある淡い金色が揺れた。

 アブサンの仄かな香りが、まるで幽霊の囁きのように漂う。


 「どうぞ」


 幽霊はグラスを見つめ、微かに笑った。


 「……ふふ、“死者を蘇らせる”酒か。私にぴったりだ」


 そして、静かに口をつける。


 「……っ」


 ジンの鋭いキレ、レモンの爽やかな酸味。

 コアントローとリレ・ブランの甘やかで複雑な余韻。

 そして、最後に残るアブサンの仄かな苦み。


 「……生き返るような味だな」


 俺は微笑みながら、グラスを拭いた。


 「そいつは何よりだ」


 幽霊はグラスを揺らしながら、静かに呟いた。


 「……生きていた頃、酒場で飲むのが好きだったんだ」


 「どんな酒を?」


 「忘れたよ。でも……こうして飲んでいると、なんとなく思い出せそうな気がする」


 グラスの中で、琥珀の液体が揺れる。


 「……いい店だな。生きていたら、通っていたかもしれない」


 「幽霊だって、客に変わりはないさ」


 幽霊はくすりと笑い、最後の一口を飲み干した。


 「……不思議だな。今夜は、少しだけ”生きていた頃”を思い出せた気がする」


 静かに立ち上がり、微かに透けた手でカウンターをなぞる。


 「ありがとう、マスター。また”生き返りたくなったら”来るよ」


 そう言い残し、彼は霧のようにゆっくりと消えていった。


 扉は開かなかった。


 だが、そこには確かに、“一人の客がいた”証が残っていた。


 ——今夜もまた、一人の”死者”に蘇る一杯を届けた。

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