目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第24話「嘘と真実の狭間に、悪魔の一杯を」

〜詐欺師とエル・ディアブロ〜


 扉が開く音がした。


 だが、そこに客が入ってきた気配はなかった。


 ——いや、違う。


 いつの間にか、カウンターの端に一人の男が座っていた。

 なめらかな笑み、細身の体、仕立てのいい服。

 その目はどこまでも軽やかで、どこまでも油断ならない。


 「こんばんは、マスター。ずいぶん居心地のよさそうな店だね」


 「気に入ったなら酒を頼め」


 「もちろん」


 男は指を鳴らし、微笑む。


 「“悪魔の一杯”をいただこうか」


 なるほど。


 俺は微かに笑い、棚からボトルを取り出す。


 「エル・ディアブロ——“悪魔”の名を持つ一杯だ」


 ロンググラスに氷を入れ、

 テキーラ、ライムジュース、カシスリキュールを注ぐ。

 そこにジンジャービアをゆっくりと満たすと、

 深紅と黄金が混ざり合い、まるで”血に染まる夜”のような色彩を生み出した。


 「どうぞ」


 詐欺師はグラスを手に取り、薄く笑った。


 「ほう……これはまた、妖しく魅力的な色だ」


 ゆっくりと一口。


 「……ふふ、“罪の味”がするね」


 テキーラの力強い刺激、カシスの甘く妖しい香り。

 ライムの爽やかな酸味がそれを引き締め、最後にジンジャービアの炭酸が舌をくすぐる。


 「……なるほど、“悪魔”の酒とはこういうものか」


 俺は微笑む。


 「お前みたいな”嘘つき”には、ぴったりの酒だろう?」


 詐欺師はくすくすと笑い、グラスを揺らした。


 「嘘か真実かなんて、そんなものは見る人間次第さ。

  たとえば——この金貨が本物かどうかも、ね?」


 彼は懐から金貨を一枚取り出し、指の間でくるくると回す。


 それを俺の前に弾き、静かに言った。


 「さて、これは”本物”かね? それとも”偽物”か?」


 俺は金貨を拾い、じっと眺める。


 手触り、重さ、輝き——どれも本物。


 だが、確信は持てない。


 俺は金貨をカウンターに置き、詐欺師を見た。


 「さあな。“信じるかどうか”は、こっち次第だ」


 詐欺師は愉快そうに笑い、最後の一口を飲み干した。


 「……いいねぇ、マスター。君とは気が合いそうだ」


 彼は軽やかに立ち上がると、手を振る。


 「また来るよ。次は”もっと面白い嘘”を持ってね」


 扉が開き、彼の姿は闇の中へ消えていった。


 カウンターには、残された金貨が一枚。


 ——本物か? 偽物か?


 それを知るのは、俺だけだった。


 ——今夜もまた、一人の”悪魔”に魅惑の一杯を届けた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?