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第25話「消えない傷に、赤き誓いの一杯を」

〜仲間を失った冒険者とブラッディ・ブル〜


 扉が開いた。


 いや、“押し開かれた”というべきか。

 重い足取りで入ってきたのは、一人の冒険者だった。


 傷だらけのマント。

 泥と血にまみれた革の鎧。

 剣は鞘に収められているが、その柄を握る手が小さく震えていた。


 彼は何も言わず、カウンターにどさりと座る。


 「……強いのを」


 ただ、それだけ。

 声は乾いていた。


 俺は黙ってボトルを手に取る。


 「ブラッディ・ブル——戦士の血に捧げる一杯だ」


 ロックグラスに氷を落とし、

 ウォッカ、トマトジュース、ビーフブロスを注ぐ。

 そこにレモンジュースとウスターソースを数滴加え、ゆっくりとステア。


 最後に、ひとつまみの黒胡椒を振り、仕上げる。


 琥珀と深紅が混ざり合い、どこか“血と戦場”を思わせる色になった。


 「どうぞ」


 冒険者は無言でグラスを取り、一口。


 「……っ」


 トマトの濃厚な旨み、ウォッカの鋭い刺激。

 ビーフブロスのコクがそれを支え、黒胡椒の香りが余韻に残る。


 「……血の味がする」


 かすかに笑った。

 だが、その笑みは苦いものだった。


 「……死んだよ。あいつら」


 俺は黙って、彼の言葉を待った。


 「あと少しだった。あと少しで、帰れたのに……」


 手の中のグラスが小さく揺れる。


 「俺だけが生き残った。……何もできなかったくせに」


 俺は静かに言う。


 「なら、その酒を”誓い”にすればいい」


 冒険者は顔を上げた。


 「“誓い”?」


 俺はグラスを拭きながら答える。


 「“ブラッディ・ブル”はただのカクテルじゃない。

  ウォッカは”冷たい現実”、トマトは”流れる血”、ビーフブロスは”戦士の力”を意味する。

  ……つまり、これは”血を超えて生きる者の酒”だ」


 冒険者は、しばらく無言でグラスを見つめる。


 そして、ゆっくりと飲み干した。


 「……なら、この酒に誓うよ」


 最後の一滴を飲み干し、彼はグラスを置く。


 「俺は、もう一度”生きる”ってな」


 俺は微かに笑った。


 「それでいい」


 冒険者は金貨を置き、立ち上がる。


 「また来るよ。……次は”生きて帰った祝い”の酒を頼む」


 「待ってるよ」


 扉が開く。

 夜風の中へ、彼は静かに歩き出した。


 その背中にはまだ”傷”があった。

 だが、その歩みはもう、倒れはしない。


 ——今夜もまた、一人の”生き残り”に誓いの一杯を届けた。

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