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第26話「言葉を紡ぐ者に、泡立つ黄金を」

〜やさぐれた作家とゴールデン・フィズ〜


 扉が開き、荒れた足取りで客が入ってきた。


 カウンターに腰を下ろしたのは、一人の作家。

 無精ひげ、乱れたシャツ、煤けたコート。

 指先はインクで汚れ、目の下には深い隈。

 テーブルに原稿用紙の束を無造作に放り出す。


 「くそ……またボツだよ」


 ため息とともに、彼はぼそりと呟いた。


 「一文字ずつ削って、積み上げて、それでもダメだときた」


 彼は乱暴に頭をかきむしる。


 「何のために書いてるんだか、もうわかりゃしねぇ」


 俺は黙って棚からボトルを取り出す。


 「ゴールデン・フィズ——言葉に迷う者へ捧げる一杯だ」


 シェイカーにジン、レモンジュース、砂糖を入れ、氷を加える。

 しっかりとシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 泡立つ黄金色の液体を冷えたグラスに注ぐ。

 そして、最後にソーダを満たすと、

 細かい泡が立ち昇り、まるで”言葉が踊るような”輝きを見せた。


 「どうぞ」


 作家はグラスを手に取り、ぐっと一口。


 「……っはぁ」


 レモンの爽やかな酸味、ジンのキレ、

 そこにソーダの泡が軽やかに弾ける。


 「……あぁ、くそ……なんかスッキリしてきた」


 彼はぼんやりとグラスを見つめる。


 「まるで、頭の中のごちゃごちゃが”泡”になって弾けていくみたいだ」


 俺は微笑む。


 「そいつは”リセット”のための酒さ。

  言葉が詰まったら、一度全部流してしまえばいい」


 作家は苦笑しながら、指で原稿をとんとんと叩く。


 「……言葉を削るのは得意だが、“迷い”までは削れないもんだな」


 俺は静かにグラスを磨く。


 「なら、酒に任せりゃいい。言葉が泡になるように、迷いだって弾け飛ぶさ」


 作家はグラスを傾け、最後の一口を飲み干した。


 「……ありがとよ。もう少しだけ、書いてみるか」


 彼は金貨を置き、原稿を抱えて立ち上がる。


 「また迷ったら、“泡立つ答え”を頼むぜ」


 「待ってるよ」


 扉が閉まり、店内には微かに炭酸の泡の音だけが残った。


 ——今夜もまた、一人の”言葉の旅人”に道標の一杯を届けた。

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