〜やさぐれた作家とゴールデン・フィズ〜
扉が開き、荒れた足取りで客が入ってきた。
カウンターに腰を下ろしたのは、一人の作家。
無精ひげ、乱れたシャツ、煤けたコート。
指先はインクで汚れ、目の下には深い隈。
テーブルに原稿用紙の束を無造作に放り出す。
「くそ……またボツだよ」
ため息とともに、彼はぼそりと呟いた。
「一文字ずつ削って、積み上げて、それでもダメだときた」
彼は乱暴に頭をかきむしる。
「何のために書いてるんだか、もうわかりゃしねぇ」
俺は黙って棚からボトルを取り出す。
「ゴールデン・フィズ——言葉に迷う者へ捧げる一杯だ」
シェイカーにジン、レモンジュース、砂糖を入れ、氷を加える。
しっかりとシェイク。
——シャカシャカ、シャカシャカ。
泡立つ黄金色の液体を冷えたグラスに注ぐ。
そして、最後にソーダを満たすと、
細かい泡が立ち昇り、まるで”言葉が踊るような”輝きを見せた。
「どうぞ」
作家はグラスを手に取り、ぐっと一口。
「……っはぁ」
レモンの爽やかな酸味、ジンのキレ、
そこにソーダの泡が軽やかに弾ける。
「……あぁ、くそ……なんかスッキリしてきた」
彼はぼんやりとグラスを見つめる。
「まるで、頭の中のごちゃごちゃが”泡”になって弾けていくみたいだ」
俺は微笑む。
「そいつは”リセット”のための酒さ。
言葉が詰まったら、一度全部流してしまえばいい」
作家は苦笑しながら、指で原稿をとんとんと叩く。
「……言葉を削るのは得意だが、“迷い”までは削れないもんだな」
俺は静かにグラスを磨く。
「なら、酒に任せりゃいい。言葉が泡になるように、迷いだって弾け飛ぶさ」
作家はグラスを傾け、最後の一口を飲み干した。
「……ありがとよ。もう少しだけ、書いてみるか」
彼は金貨を置き、原稿を抱えて立ち上がる。
「また迷ったら、“泡立つ答え”を頼むぜ」
「待ってるよ」
扉が閉まり、店内には微かに炭酸の泡の音だけが残った。
——今夜もまた、一人の”言葉の旅人”に道標の一杯を届けた。