〜女王とブラック・ベルベット〜
扉が開いた——静かに、しかし圧倒的な威厳をもって。
カウンターへと歩み寄るのは、一人の女王。
真紅のマントに覆われた肩、
優雅な仕草で歩む姿は、まるで舞台の上の主役のようだった。
彼女はゆっくりと腰を下ろし、俺を見つめる。
「……興味深いわね。王城にはない雰囲気だわ」
「それは光栄だな」
「ふふ、そう言うのね」
彼女は微かに笑い、手袋を外す。
「では、“王のための酒”をいただきましょう」
なるほど。
俺は棚から二本のボトルを取り出す。
「ブラック・ベルベット——王冠の重みにふさわしい一杯だ」
冷えたフルートグラスに黒ビールを半分注ぎ、
その上からシャンパンを静かに満たす。
深い漆黒のビールと、黄金のシャンパンが交わり、
ゆっくりとグラスの中で”黒と金の絹”を織りなしていく。
「どうぞ」
女王は興味深げにグラスを持ち上げた。
「……黒と金。光と影の調和。まるで、王冠のようね」
そして、一口。
「……っふ」
黒ビールの深いコクとほろ苦さ、
シャンパンの気高い泡立ちと優雅な酸味。
「——なるほど、これは”王の味”だわ」
彼女は微笑みながら、グラスを揺らす。
「この黒は、王が背負う影。“民を導く”という光だけでは、王は成り立たない。
影を知り、影を受け入れてこそ、真の王冠を戴ける」
俺は静かに頷く。
「シャンパンだけじゃ軽すぎる。ビールだけじゃ重すぎる。
その両方を合わせることで、絶妙なバランスが生まれる」
女王はグラスを傾け、もう一口飲む。
「王も同じ……強さだけではなく、優雅さもなければならない」
最後の一滴を楽しみ、彼女はゆっくりとグラスを置いた。
「いい夜だったわ。……また来るかもしれないわね」
「いつでも」
彼女は微かに笑い、マントを翻す。
扉の向こうには、漆黒の夜が広がっていた。
——今夜もまた、一人の”王”に漆黒の泡を届けた。