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第29話「堕ちた祈りに、錆びた誓いを」

〜破戒僧とラスティ・ネイル〜


 扉が開いた。


 いや、“蹴り開けられた”というべきか。


 カウンターへと乱暴に腰を下ろしたのは、一人の僧侶——

 だが、その姿はとても聖職者とは思えなかった。


 乱れた法衣。

 腰には護身用の短剣。

 指には数珠の代わりに、金貨の輝く指輪。


 ——破戒僧だな。


 「……強いのをくれ」


 短く、低く、酒に渇いた声。


 俺は黙って棚からボトルを取り出す。


 「ラスティ・ネイル——“錆びた誓い”の名を持つ一杯だ」


 ロックグラスに大きな氷を落とし、

 スコッチウイスキーとドランブイ(ハチミツとハーブのリキュール)を注ぐ。

 バースプーンでゆっくりとステアすると、

 琥珀色の液体がグラスの中で揺れた。


 「どうぞ」


 破戒僧はグラスを手に取り、無言で一口。


 「……っは」


 スコッチの強烈なキレと、

 ドランブイの甘く重厚な香りが混ざり合う。


 「……なるほど、“錆びた釘”か」


 彼はグラスを傾け、苦笑する。


 「“信仰”なんてものは、一度錆びつくと二度と元には戻らない」


 俺は静かに言う。


 「だが、それでも鉄は鉄だろう?」


 破戒僧は目を細め、グラスを揺らした。


 「……そうかもしれないな」


 最後の一口を飲み干し、静かにグラスを置く。


 「いい酒だった。……少しだけ、“昔”を思い出せたよ」


 彼は懐から銀貨を放り、ふらりと立ち上がる。


 「また来るさ。——俺の”信仰”が完全に朽ち果てる前にな」


 扉が開き、夜風の中へと消えていく。


 ——今夜もまた、一人の”堕ちた者”に錆びた誓いを届けた。

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