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第30話「死を告げる者に、闇の杯を」

〜処刑人とブラック・マジック〜


 扉が開いた。


 店内の空気が一瞬、張り詰める。

 理由はわからない。だが、確かに“死の匂いが流れ込んできた。


 カウンターに座る影。

 漆黒の外套、無骨な革手袋。

 フードの奥に覗く瞳は、感情を捨てたかのように冷たい。


 ——処刑人だな。


 彼は静かに口を開く。


 「……苦い酒を」


 俺は黙って棚からボトルを取り出す。


 「ブラック・マジック——“闇の杯”の名を持つ一杯だ」


 ロックグラスに氷を落とし、

 ダークラム、コーヒーリキュール、ビターズを注ぐ。

 静かにステアし、最後に黒胡椒をひとつまみ。


 琥珀と闇が混ざり合い、グラスの中に沈む。


 「どうぞ」


 処刑人は無言でグラスを持ち上げ、一口。


 「……苦いな」


 ラムの濃厚なコク、コーヒーリキュールの深み。

 そこに、わずかにピリリと刺激的な黒胡椒の余韻。


 「……だが、悪くない」


 彼はグラスを見つめる。


 「処刑人にとって、“死”は日常だ。

  誰かが裁きを下し、俺が剣を振るう」


 「その手に、何人分の血が染み込んでる?」


 俺が問うと、彼は静かに指を握る。


 「……数えたことはない。

  だが、一度も忘れたこともない」


 グラスの中の漆黒をじっと見つめる。


 「……俺が人を殺さねばならないなら、

  せめて、その死を無駄にしないと誓うだけだ」


 俺は微かに笑った。


 「それが、お前にとっての”ブラック・マジック”か」


 処刑人は苦笑し、最後の一口を飲み干す。


 「……いい酒だった」


 銀貨を置き、ゆっくりと立ち上がる。


 「また来るさ。……俺がまだ”人”でいられるうちにな」


 扉が開く。


 彼の背中が夜に溶け、消えていった。


 ——今夜もまた、一人の”死を告げる者”に闇の杯を届けた。

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