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第32話「叶わぬ恋に、青き月の一杯を」

〜辺境へ嫁ぐ八男王子とブルームーン〜


 扉が開いた。


 夜の冷たい風が流れ込む中、ゆっくりと歩いてきたのは、一人の王子。


 だが、彼の表情には王族の誇りも、栄光の輝きもなかった。

 ただ、どこか”未練”を残した影を落としていた。


 彼は静かに腰を下ろし、微かに笑う。


 「……最後の夜に、ふさわしい酒をもらおうか」


 俺は黙って棚からボトルを取り出す。


 「ブルームーン——叶わぬ恋の青き一杯だ」


 シェイカーにジン、クレーム・ド・ヴァイオレット(スミレのリキュール)、レモンジュースを注ぐ。

 氷を加え、しっかりとシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 冷えたグラスに注ぐと、淡い紫がかった青が、まるで”夜空に浮かぶ月”のように静かに光る。


 「どうぞ」


 王子はグラスを眺め、儚げに笑った。


 「……綺麗だな。まるで、あの人の瞳のようだ」


 そして、一口。


 「……っ」


 スミレの繊細な香り、ジンの鋭いキレ。

 レモンの酸味がほろ苦い余韻を残し、どこか”未練”を感じさせる。


 「……これは、“叶わなかった恋”の味だな」


 俺は静かにグラスを磨きながら言う。


 「お前さんにとって、その結婚は”義務”か?」


 王子は微笑みながら、グラスを揺らす。


 「義務……か。それだけなら、こんなに苦しくはなかったかもしれないな」


 グラスの中で揺れる青。


 「“彼女のため”にも、俺は行かなきゃならない」


 彼はふっと笑い、残りの酒を飲み干した。


 「……さて、行くとしようか。月が沈む前に」


 金貨を置き、ゆっくりと立ち上がる。


 「また来るよ。いつか”帰ってこられるなら”な」


 俺は微かに笑った。


 「その時は、“ブルームーン”じゃなく、“未来を祝う酒”を出してやるよ」


 王子は目を細め、扉を開けた。


 外には、静かに沈みゆく青い月が輝いていた。


 ——今夜もまた、一人の”叶わぬ恋”に青き一杯を届けた。

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