〜辺境へ嫁ぐ八男王子とブルームーン〜
扉が開いた。
夜の冷たい風が流れ込む中、ゆっくりと歩いてきたのは、一人の王子。
だが、彼の表情には王族の誇りも、栄光の輝きもなかった。
ただ、どこか”未練”を残した影を落としていた。
彼は静かに腰を下ろし、微かに笑う。
「……最後の夜に、ふさわしい酒をもらおうか」
俺は黙って棚からボトルを取り出す。
「ブルームーン——叶わぬ恋の青き一杯だ」
シェイカーにジン、クレーム・ド・ヴァイオレット(スミレのリキュール)、レモンジュースを注ぐ。
氷を加え、しっかりとシェイク。
——シャカシャカ、シャカシャカ。
冷えたグラスに注ぐと、淡い紫がかった青が、まるで”夜空に浮かぶ月”のように静かに光る。
「どうぞ」
王子はグラスを眺め、儚げに笑った。
「……綺麗だな。まるで、あの人の瞳のようだ」
そして、一口。
「……っ」
スミレの繊細な香り、ジンの鋭いキレ。
レモンの酸味がほろ苦い余韻を残し、どこか”未練”を感じさせる。
「……これは、“叶わなかった恋”の味だな」
俺は静かにグラスを磨きながら言う。
「お前さんにとって、その結婚は”義務”か?」
王子は微笑みながら、グラスを揺らす。
「義務……か。それだけなら、こんなに苦しくはなかったかもしれないな」
グラスの中で揺れる青。
「“彼女のため”にも、俺は行かなきゃならない」
彼はふっと笑い、残りの酒を飲み干した。
「……さて、行くとしようか。月が沈む前に」
金貨を置き、ゆっくりと立ち上がる。
「また来るよ。いつか”帰ってこられるなら”な」
俺は微かに笑った。
「その時は、“ブルームーン”じゃなく、“未来を祝う酒”を出してやるよ」
王子は目を細め、扉を開けた。
外には、静かに沈みゆく青い月が輝いていた。
——今夜もまた、一人の”叶わぬ恋”に青き一杯を届けた。