〜道化師とカーニバル〜
扉が開いた。
軽快な鈴の音とともに、派手な衣装を纏った男がくるくると回りながら店内へ入ってきた。
道化師だ。
赤と紫の衣装、金の刺繍。
その顔には白粉が塗られ、唇には大きな笑み。
——だが、その目はどこか“笑っていなかった”。
「おやおや、こんな静かな店があるとはねぇ!」
彼は軽やかにカウンターへ腰を下ろし、ひょいと片足を組む。
「マスター、“陽気な酒”を頼むよ!」
俺は微笑み、棚からボトルを取り出す。
「カーニバル——仮面の奥に隠れた一杯だ」
シェイカーにラム、パイナップルジュース、ライムジュース、グレナデンを注ぐ。
氷を加え、リズムよくシェイク。
——シャカシャカ、シャカシャカ。
冷えたグラスに注ぐと、鮮やかなオレンジと赤が混ざり合い、まるで祝祭の光のように輝く。
仕上げに、軽やかな泡を生むためソーダを注ぐ。
「どうぞ」
道化師はグラスを眺め、くるくると回す。
「……ふふ、これは楽しいねぇ! まるで舞台の上みたいだ!」
そして、一口。
「……っふ!」
ラムの甘さと、パイナップルのフルーティな香り。
ライムの酸味が心地よく、ソーダの泡が舌の上で弾ける。
まるで、カーニバルの夜そのものだ。
「——うん! 実に”陽気”だ!」
彼は拍手しながら笑う。
だが、グラスを揺らしながら、ふと呟いた。
「……さて、マスター?」
「なんだ?」
「この酒、“陽気な味”の奥に、どこか“ほろ苦さ”があるね?」
俺は微笑む。
「“道化”の役目と同じさ」
彼はグラスを見つめ、くすくすと笑う。
「……なるほどねぇ。陽気に笑いながら、その実、“誰よりも冷静”でなくちゃいけない」
最後の一口を飲み干し、彼はふっと笑った。
「いい酒だった! さて、私はまた”舞台”に戻るとしようか!」
懐から金貨ではなく、一枚の仮面を取り出し、カウンターへそっと置く。
「これが支払いさ。次に来たときは、また”楽しい嘘”を聞かせてくれよ?」
「待ってるよ」
扉が開く。
道化師は最後まで笑顔の仮面を崩さぬまま、闇へ消えていった。
——今夜もまた、一人の”笑う仮面”に陽気な泡を届けた。