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第33話「笑う仮面に、陽気な泡を」

〜道化師とカーニバル〜


 扉が開いた。


 軽快な鈴の音とともに、派手な衣装を纏った男がくるくると回りながら店内へ入ってきた。

 道化師だ。


 赤と紫の衣装、金の刺繍。

 その顔には白粉が塗られ、唇には大きな笑み。

 ——だが、その目はどこか“笑っていなかった”。


 「おやおや、こんな静かな店があるとはねぇ!」


 彼は軽やかにカウンターへ腰を下ろし、ひょいと片足を組む。


 「マスター、“陽気な酒”を頼むよ!」


 俺は微笑み、棚からボトルを取り出す。


 「カーニバル——仮面の奥に隠れた一杯だ」


 シェイカーにラム、パイナップルジュース、ライムジュース、グレナデンを注ぐ。

 氷を加え、リズムよくシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 冷えたグラスに注ぐと、鮮やかなオレンジと赤が混ざり合い、まるで祝祭の光のように輝く。

 仕上げに、軽やかな泡を生むためソーダを注ぐ。


 「どうぞ」


 道化師はグラスを眺め、くるくると回す。


 「……ふふ、これは楽しいねぇ! まるで舞台の上みたいだ!」


 そして、一口。


 「……っふ!」


 ラムの甘さと、パイナップルのフルーティな香り。

 ライムの酸味が心地よく、ソーダの泡が舌の上で弾ける。


 まるで、カーニバルの夜そのものだ。


 「——うん! 実に”陽気”だ!」


 彼は拍手しながら笑う。

 だが、グラスを揺らしながら、ふと呟いた。


 「……さて、マスター?」


 「なんだ?」


 「この酒、“陽気な味”の奥に、どこか“ほろ苦さ”があるね?」


 俺は微笑む。


 「“道化”の役目と同じさ」


 彼はグラスを見つめ、くすくすと笑う。


 「……なるほどねぇ。陽気に笑いながら、その実、“誰よりも冷静”でなくちゃいけない」


 最後の一口を飲み干し、彼はふっと笑った。


 「いい酒だった! さて、私はまた”舞台”に戻るとしようか!」


 懐から金貨ではなく、一枚の仮面を取り出し、カウンターへそっと置く。


 「これが支払いさ。次に来たときは、また”楽しい嘘”を聞かせてくれよ?」


 「待ってるよ」


 扉が開く。


 道化師は最後まで笑顔の仮面を崩さぬまま、闇へ消えていった。


 ——今夜もまた、一人の”笑う仮面”に陽気な泡を届けた。

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